194:スパイスシーズ
「サタ様の温室の性質を考えると、まず必要なのは成長が早く、一般的によく知られており、少量でも判別が可能であろう植物でしょうか」
「加えて、食べられる事だな。観賞用や環境維持用を育てても仕方がないし、俺の感覚器で一番優れているのは舌だ」
「繁殖力も重要だと思うっす。一代で変わるとも限らないっすから」
「そうなると……ハーブの類になりそうですね」
俺たちは植物専門店の種子専門エリアを歩いていく。
なお、此処は正確に言えば、種子のように常温乾燥環境で長期の保存が可能な状態になった植物が売られているエリアなので、中にはmodによって特殊な加工を施された挿し木なども売られている。
「この辺りがよさそうですね。ミントだそうです」
「極めて増殖が早い奴っすね」
「なるほど」
閑話休題。
まずはエーテルスペースの影響を探るためにも、そう言う試験にも使えそうな植物だ。
と言うわけで、ヴィリジアニラが選んだのはミント。
食べ物としては爽快感を与えるハーブだな。
なお、ジョハリスの言う通り、繁殖力が旺盛な植物なので、取り扱いには注意が必要である。
過去の事例になるが。
modによる強化が入った結果、周囲の栄養と水を吸いつくしながら、増殖し続けて、日毎に倍々ゲームで増えて言った挙句に、惑星の一地域を入念に焼却する事になった事例とかもあるらしいからな。
「サタ様。バジル、タイムそれからオレガノなど如何でしょうか?」
「ふむふむ」
バジルはどんな料理とも合うとされるハーブ。
タイムは香り付けと脂の多い肉の消化を助けてくれるハーブ。
オレガノは肉の臭み消しに適したハーブ。
どれもそこまで大きくならないようだし、確かに俺の温室でも育てられそうだな。
と言うわけで、メモクシの勧めもあるので、これらも選んでいいな。
「うーん、折角だから胡椒とかどうっすか?」
「胡椒か。胡椒って教本頼みの素人でも育てられるのか?」
「少々お待ちください……品種などを選べば不可能ではないと思われます」
「自家製胡椒ですか……少し興味がありますね」
胡椒は……たぶんもっとも有名なスパイスの一つだな。
古くから商業利用されているので、人が育てる事が可能なのは分かるが、俺に育てられるのだろうか?
とりあえずメモクシが簡単にまとめてくれた資料を読む限りでは、他の植物に比べて時間はかかるようだ。
しかし、胡椒って蔓植物だったんだな。
普段あんなに利用しているのに、知らなかった。
なお、胡椒は収穫と加工の仕方によって、黒コショウや白コショウなどに変わり、それぞれに風味も変わる。
エーテルスペース内で育成したものとなれば、これまでにない何かになる可能性もある事だろう。
となれば、多少時間はかかっても、育ててみる価値はありそうだな。
そんなわけで購入する事に決定。
「ではこちらはホテルへお送りしておきますね」
「お願いします」
そして購入した種子はmodによる停止状態にした上で、ホテルへと運送。
届き次第、エーテルスペースへと移送して、栽培を始める事にする。
「出来上がりが楽しみですね」
「だな。とは言え、まずは科学的に食べられる代物になってくれるのを祈るのが第一なわけだが」
「警戒してるっすねぇ……」
「そりゃあな。未知の試みだし」
さて、これで今日の用件は終了だな。
後は幾らかの観光をしてから、ホテルへと変える事になるだろう。
「そう言えばサタ様。ヘーキョモーリュについてはどうなのですか? 温室を受け取ってから数日が経っていますし、高速栽培の物ならば既に十分育っていると思うのですが」
「うーん、そっちについては色々と検査中。なんなら第三プライマルコロニーにあるセイリョー社の出張所にも持って行って、簡易の検査をしてもらってもいる。現状だと……普通に育てたものとの差は見られないな」
と言うわけで、道を歩きながら雑談を交わす。
話題となったヘーキョモーリュについては……少なくとも俺が判断する限りでは順調に育っている。
数も十分になったので、促進栽培も既にストップしてある状態だ。
で、普通の物と差が生じていないかを確認している。
セイリョー社から普通のヘーキョモーリュがどんなものかと言う情報は受け取っているので、比較する事自体は問題ない。
「いつの間にそんな事をやっていたんすか」
「夜中にちょくちょくとな」
「そうですね。ヴィー様もジョハリス様も寝ていらっしゃる間にこっそりと」
「眠る必要がない宇宙怪獣と機械知性だからこそですね。しかし差がないのですか。だったら……」
「出元的にヘーキョモーリュだけが特別な可能性も否定できなくてな……」
「言われてみればそうですね」
で、比較結果として、現状では普通に育てたものとエーテルスペースで育てたものの間に差はない。
ただなぁ……ヘーキョモーリュは自称変なおっさんが渡してきた植物で、モリュフレグラー星系原産の新生物だ。
普通の植物でない可能性があり、その普通でない部分の結果としてエーテルスペースの影響を受けていないと言う可能性もあるわけで……。
まあ、他の植物と一緒には出来ないよな。
「と、ちょうどいい時間ですし、今日の昼食はあちらの軽食店にしましょうか」
「ブリトーか。美味しそうだな」
ヴィリジアニラに言われて時計を確認してみれば、確かに丁度いい時間だった。
指さす先にあるのはブリトーと呼ばれる、薄く大きく焼かれた小麦粉で様々な具材を巻いて作られた料理を専門的に売っている店のようだ。
俺たちはそちらへとゆっくり歩いて行った。
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