186:刀はいずこへ
「それでは状況を整理いたしましょう」
刀型宇宙怪獣を一応退けた後。
警察の現場検証と事情聴取に協力していた俺はヴィリジアニラに回収され、第五プライマルコロニーの警察署の一室に案内された。
部屋の中に居るのは俺たち四人に、警察の方数名に、シブラスミス星系のお偉いさんと思しき方が数人リモートで参加している。
「先ほど起きた事件ですが……」
警察の方が、俺が割り込んだ事件の概要について話してくれる。
それによればだ。
まず、犯人が第五プライマルコロニー、第八葉エリアと呼ばれる場所にやってきたらしい。
この時の犯人は顔色の悪い状態でふらつきながら歩いていたそうだ。
その様子を不審に思ったか、救護の為なのかは分からないが、とにかく現場で警戒に当たっていた二人の警官は犯人に声をかけた。
すると犯人の様子が豹変し、抜き打ちで警官の一人を殺害し、返す刀でもう一人を殺害。
そうして騒ぎが起き、人々が逃げ始め、犯人が三人目へと襲い掛かるために一歩踏み込み……そこで俺が現れて、後は俺も知っている通りの展開のようだ。
『なるほど。ヴィリジアニラ様、そしてサタ様、メモクシ様、ジョハリス様。シブラスミス星系の治安を預かる者として、貴方がたに心よりの感謝をお伝えさせていただきます。そして、心苦しい事ではありますが、引き続きご助力を願いたい。受け取った情報通りであるならば、まだ脅威が去っていない事は明らかですので』
「感謝、ありがとうございます。そして、私たちの力の及ぶ範囲に限られますが今後も協力させていただきます。帝国の安寧こそが私たちの望みですので」
さて、此処からどうするか。
とりあえず治安維持に関わっている方から感謝の言葉をいただけたし、ヴィリジアニラが今後も協力する事を受け入れたのなら、その方向で動く事に俺としては異論はない。
だが、方針は決まったとして、具体的にどう動くかは……この場での話し合い次第か。
「さて、こちらから出せる幾つかの情報があります。まずは先ほどお伝えしたとおり、私たちが持つ特殊なmodによって、刀型の宇宙怪獣と思しき存在がどちらの方向に逃げたのか、その途中までは追えています。メモ」
「はい。ヴィー様」
メモクシが『異水鏡』による観測データを提供する。
なお、この場に居る人たちは俺の存在を知っているので、エーテルスペースに居る俺の本体の姿もしっかりと映っている。
で、肝心の刀型宇宙怪獣と言えば……。
「第五プライマルコロニーを脱出し、宇宙空間で反応をロスト。自分の宇宙怪獣としての反応を消して慣性による飛行へと移行したならば……」
俺の呟きに合わせたのかは分からないが、メモクシが提供したデータを基に、シブラスミス星系の何処に刀型宇宙怪獣が居るかの予測をするホログラムの状況も変わっていく。
範囲内のどこかに居る事を示す球が少しずつ大きくなりながら、ホログラムの中をスライドしていく。
合わせて、幾つもあるガス惑星や各種コロニーの位置も動いていく。
「第六プライマルコロニーに接触の可能性ありか」
「はい。あくまでも可能性の一つですが」
「刀型宇宙怪獣が暴れた第八葉エリアには宇宙港がありました。第五プライマルコロニーからの脱出を目論んでいた可能性は十分にあります。ですので、相手の知性次第では、狙って宇宙空間を移動している可能性も考えていいかと」
『知性、知性か……宇宙怪獣とは言え、刀に知性があるのか? 目や耳どころか脳もないのだが……』
そうして、刀型宇宙怪獣が接触する可能性があるコロニーたちが示されていく。
なお、これらのコロニーへの注意や通達は既に終わっているとの事。
流石はヴィリジアニラだし、シブラスミス星系を治めている貴族である。
で、接触する可能性があるコロニーの一つに第六プライマルコロニーがあり、それはつまり建造中の戦艦である『ジチカネト』に接触する可能性もあるという事。
ま、警戒は現場の人間がする事だな。
それよりも俺が気にするべきはだ。
「宇宙怪獣の知性についてですが、俺から少し報告があります」
『サタ君だったか。聞こう』
宇宙怪獣が使っていたmodについてだ。
「あの刀型の宇宙怪獣ですが、極めて強力な身体制御modを持った人間に付与しているようでした。それを使えば、宇宙怪獣自身に知性や感覚器が最低限しかなくても、十分な情報を得て、動き回れると思います」
「「「???」」」
俺の言葉に多くの人が疑問符を浮かべている。
えーと、もうちょっと詳しくやらないと駄目か?
「ヴィー……」
「サタ。私にも分かるように順序だててお願いします。まずは極めて強力な身体制御modと言う部分からです」
「あ、はい」
うん、やらないと駄目らしい。
ヴィリジアニラ自身は理解しているっぽいけど、ちゃんと説明しよう。
「では順に。まず刀型宇宙怪獣を持って暴れていた犯人ですが、彼の体には極めて強力な身体制御modが付与されていました。このmodは『バニラOS』下でも機能しますが、根本的には異なるOSでの稼働を前提としたものだったので、刀型宇宙怪獣が付与したものと考えていいでしょう」
「それで? 肝心の効果は?」
「簡単に言えば、刀型宇宙怪獣を持っている人間を洗脳し、自分の意のままに操ります。それこそ、反動で体が壊れるような出力でもお構いなしに」
「「「……」」」
俺の言葉に部屋の中にいる人たちの顔が一気に渋くなる。
犯人の圧倒的な身体能力や技量が何処から来たのかを察したからだろう。
だが、このmodの厄介なところは、体が壊れるような出力と制御で体を動かせる事ではない。
「それと、このmodは極めて短時間で刀を持った人間を洗脳し、頭の中を書き換え、刀からの指示がない時でも、それまでの命令から考えさせて、人を動かします。また、そうして考えた結論を刀へと返すことも出来るでしょう。ですので……」
『誰かが手にすれば、その人物の頭脳を使って、周囲の把握も今後の予定も問題なく組み立てられるし、場合によっては悪辣な策を思いつく可能性もある、か』
「そう言う事です」
「「「……」」」
脳の中を駆け巡る電気信号も制御対象という事だ。
つまり、あの場で死んだ犯人はただの被害者であった可能性もあると言う事である。