185:刀の宇宙怪獣
「はい。ではそのように」
さて、ヴィリジアニラによる凶器に触れないようにと言う通達は第五プライマルコロニーの全域へと無事に伝わった。
もしも既に犯人と凶器が第五プライマルコロニーに居なくても、明日にはシブラスミス星系の全域へと伝わっている事だろう。
で、そんな指示が出来たなら、第五プライマルコロニーで俺たちに出来る事の残りは現場に行って、何か特殊な遺留物がないかを探すぐらいなわけだが……。
「っ!? ヴィー様! 第八葉エリアで感有りです!」
「ヤバいっす! 振り下ろしに横なぎ……暴れてるっすよ!?」
「サタ! 許可します!!」
メモクシが叫ぶと同時に、第五プライマルコロニー全景のホログラム地図を表示し、どこで反応が生じているのかを示す。
ジョハリスも叫び、反応が現場で何をしているのかを口にする。
それらを受けてヴィリジアニラが俺に許可を出す。
この場合の許可は転移許可であり、戦闘許可であり、証拠の保全よりも事態の解決……もっと具体的に言えば敵である宇宙怪獣を撃破する事を優先していいと言う話だ。
「分かった!」
故に俺はエーテルスペースに居る俺の位置を調整し、目標座標を視認し、人形の座標を書き換えて転移。
「「「ーーーーー!?」」」
「こいつは酷い」
「……」
そうして状況をいち早く把握するべく空中に転移した俺に見えたのは……逃げ惑う群衆、真っ赤に染まった床、明らかに致命傷を負っている警官二名。
それから、死体の片方の傍に立つ、片刃で細長い刃を持つ剣……刀を手にした、スーツ姿の男。
光る輪のSwが上手く働いていないのか、ノイズのようなものが輪に見える。
「だが躊躇わなくて済む!」
誰が犯人であるかを疑う必要はない。
なので俺は重力制御modの応用で空中を踏みしめると、伸縮自在チタンスティックを最大スピードで伸ばしつつ振り下ろす。
「……」
「!?」
男が動く。
足を怪我しているのか、振り返りはゆっくりとしたものだったが、腕の動きは恐ろしく速いものであり……俺のチタンスティックは刀の刃が触れたところから抵抗らしい抵抗も感じることなく斬られてしまった。
「総チタン製の棒を普通に斬るか」
「……」
俺は男から距離を取りつつ、チタンスティックを投げつける。
が、これもやはり難なく斬られ、しかも慣性を考慮するように上手く弾かれた。
切れ味が良すぎる刃物だけなら、今ので斬られたチタンスティックがそのまま体に直撃して、普通の人間なら昏倒か悶絶ものなのだが……そう上手くはいかないらしい。
「お前、何者だ? どうして人間を襲う?」
時間稼ぎも兼ねて、俺は男に問いかけつつ、様子を観察する。
男は……本当に普通のサラリーマンと言う感じの風貌だな。
スーツの仕立ての良さからして、企業の中でも上の方の人間かもしれないが、そこら辺の細かいところは良いか。
顔には身なりを整える余裕がなかったのか無精髭が生えていて、頬は僅かに欠け、目からは生気を感じられずに窪みが見える。
足には怪我が見られ、僅かだが出血あり。
ただ、衣服の乱れからして、外傷と言うよりは内側から破れた感じか。
で、肝心の刀の方は……白い刀身、細かい装飾の入った鍔に柄。
そして、異なるOSの気配。
うん、宇宙怪獣なのは刀の方と考えた方がよさそうだ。
男性の方は操られているだけだろう。
とは言え、顔などの様子からして、もはや助けられるかは怪しいわけだが。
「……」
「返答なしか」
さて、男からの返答はない。
しかし、俺が無手とは言え油断なく構えているからか、あるいは俺も宇宙怪獣であると気づいたからなのか、男に動きは見られない。
まあ、それでも構わない。
先述の通り、俺は時間稼ぎに過ぎないからだ。
「総員撃てぇ!」
「!?」
男に向かって四方八方からブラスターが撃ち込まれる。
近くに居た警官や軍人、一部は傭兵もか。
とにかく俺が居る方向以外から、男に向かって大量のブラスターが撃ち込まれる。
男は一瞬反応を見せたが、所詮は一本の刀、多方向から同時に隙間なく撃ち込まれるブラスターを刃で防げるわけもない。
残る懸念事項は強力なシールドmodを持っているかどうかだが、刀サイズの宇宙怪獣でしかないからだろう、一瞬にしてシールドは限界を迎えて破れ、更にその次の瞬間には男の全身に突き刺さって爆発を起こす。
「やったか!?」
誰かの言葉と共に、爆発に伴う煙が晴れていく。
男は……うん、木っ端みじんになっているな。
顔や手足は僅かに残っているが、基本的にはバラバラの状態だ。
「ちっ」
刀はない。
持っていた手がコロニーの床に接地したであろう場所に触れてみれば、エーテルスペースのような……けれど使い捨ての異相空間への転移を行うmodの解析が出来た。
逃げたと考えてよさそうだ。
「ヴィー。俺だ。やはり本体は刀だった。使い手にされてた男は死んだが、刀の方はエーテルスペースの亜種のような空間を使って逃げていて、俺では感知できない。メモクシなら言わなくても分かっていると思うんだが……」
『サタ。そのメモクシからの報告です。第五プライマルコロニーの外に向かって数秒ほど移動したのは捉えたそうですが、コロニーの外、数千キロメートルほど離れたところで反応が消失、追えなくなったそうです』
「そうか。分かった。現場に居る警官たちの事情聴取と現場検証に協力するから、迎えに来てくれ」
『分かりました。向かいます』
やはり刀型の宇宙怪獣は逃げたようだ。
しかし、反応消失か……厄介だな。
「あーその、すまない。私はシブラスミス星系第五プライマルコロニーの治安維持を担っている警察なんだが、君の事情を窺ってもよいだろうか」
「構いません。ただ、俺は帝国軍の諜報部隊に一応属している身ですので、全てをお話しできるかは分かりませんが」
とりあえず、刀型宇宙怪獣に操られていた男の肉片は回収出来たので、そちらの解析を進めつつ警察の事情聴取に答えられる範囲で答えるとしよう。