184:真っ二つの死体
「では、被害者の方の遺体を確認しに行きましょうか。サタにmodの確認をしてもらいます」
「分かった」
「ヴィー様。メモとジョハリス様は『異水鏡』での警戒を続けます」
「っすね。反応があれば、直ぐに叫ぶっす」
俺たちは遺体が安置されている第五プライマルコロニーの病院へと向かう。
移動には車を使用。
周囲への警戒は……ヴィリジアニラ以外は全員が気を張っているような状態だ。
だがこれも当然の事だろう。
なにせ相手は亜音速と言っても支障のない速さでの移動が可能なのだから。
「サタ、メモ、ジョハリス、それに他の皆さんも、大通りに居る間は大丈夫だと思いますよ」
「その心は?」
「異なるOSの現れ方からして、相手は隠れて犯行に及ぶと言う行動を選んでいます。そんな人間が少し包囲網が厳しくなった、警戒が厳しくなった程度で、表通りで暴れるように方針を転換すると思いますか?」
「それは……そうだが。油断は出来ないだろう?」
「そうですね。油断は出来ません。ですが、最大限の警戒は継続できる時間にも限りがあります。今はまだ、その時ではありません」
「分かった」
まあ、ヴィリジアニラの言う通りではある。
なので俺たちは少しだけ警戒を緩める。
変わらずなのは、『異水鏡』と言う特殊な警戒方法を用いているメモクシとジョハリスくらいだが……いや、ジョハリスはリラックスしてるか?
後、メモクシは機械知性かつ新品のボディなので、最大限の警戒を続けても問題はないのだろう、たぶん。
「さて着きましたね」
「だな」
さて、そんなやり取りをしている間に何事もなく到着。
メモクシが手続きを行って、俺は検視官の方々に見守られながら、奇麗に真っ二つにされた男性の死体の前に立つ。
「本当に奇麗に真っ二つだな」
「ええ。長年、この仕事をしている私たちでも、こんな遺体を見たのは初めてです。顔を見ていただければわかりますが、被害者の方は斬られたことに気づくこともなく亡くなったのではないかと、私たちは思っているくらいです」
「斬られた頭蓋骨の断面も恐ろしいほどに奇麗なのですよ。いったいどのような刃物を用いればこんな傷口になるのか……」
「しかし……お聞きしていたので驚きはしませんが、本当に傷口に素手で触るし、血をお舐めになられるのですか……」
「そう言う能力なものでして」
うん、資料にあった通りで、想像以上に奇麗に真っ二つな死体だ。
刃の進路上にあったものだけが両断されていて、傷口から細胞一つズレれば、もう生きているのと変わりのないような体になっている。
さて、こんな斬られ方をしたならば、普通ならほんの僅かにでも刃が欠けて傷口に残ったり、斬っている最中から被害者の体へと何かしらのmodによる干渉が行われているわけだが……。
「……」
俺は血を舐める。
一般的な血液成分、ほろ酔いにもならないであろう程度の僅かな酒精、日常的に服用していたであろう薬品の成分は感じる。
modは……ああ、OSが違うシールド貫通modはあるな。
「何か分かりましたか?」
「……」
だがそれだけだ。
それしか、modは感じない。
一応確認だ。
この男性はシールドmod、環境安定mod、言語翻訳modについては一般的帝国民らしく、外部機器に付与する形で使っていたので、血や肉に含まれていないのは当然だ。
日常的に使用していたり、先祖から受け継いだり、肉体改造としてmodが付与されていないのは、この男性の来歴からも確認できる。
なので、この男性の体に含まれているmodは犯人から与えられたmodだけに限られる。
「……」
「あのー」
再度血を舐める。
ついでに少しだが傷口の肉も採取して舐める。
やはりmodは感じない。
これは……ヤバいぞ。
「サタ。結果を」
「……。ああ。信じがたい事だが、シールド貫通modしか使われていない」
「「「……!?」」」
俺の言葉に検視官たちは驚きの表情を露わにし、ヴィリジアニラも眉を寄せる。
「つまり、単純な技術。という事ですか?」
「ああ。と言っても、傷口に欠けた刃とかも感じられなかったから、使っている刃物が尋常な代物でない事も確かだな」
切断の際に利用されるmodは幾つかある。
斬ったものを支障なく別けるものや、刃筋をしっかりと立てるもの、単純に刃物の強度を上げるものに、刃に液体が着かないようにしたり、摩擦係数を弄るものなんかもあるか。
全てのmodが被害者の体に干渉するわけではない以上、俺の舌に引っかからないmodもあるわけだが……。
シールド貫通modしか感じないのは異常だ。
「……。サタ、犯人は人造人間ですか?」
「それはない。と言うか意味がない。こんな精度で刃物を扱える人造人間を作り出すのは無理があるし、持たせてもコストの無駄遣いだ。人を殺すだけなら、こんな達人級の技量は必要ない」
「そうですよね……」
はっきり言おう。
本当に極一部の場でしか必要とされないレベルの精度で凶器の刃物が使われている。
だから人造人間はない。
人造人間にそこまでの教育を施す意味がないし、そんな技術もない。
男性に恨みがあるにせよ、愉快犯的な通り魔にせよ、もっと精度を下げていい。
「では一体誰が……」
では、帝国に認識されていない達人の仕業か?
そっちはもっとない。
そこまでの人物が本当に居るなら、快楽殺人の類という事になりそうだが、それならば、多少精度は下げてもいいが、同種の事件がこれまでに起きていなければおかしい。
しかし、今回の事件は最初から、この異常な精度で発生している。
突然、虚無から達人が湧いてきてしまっている。
「……まさかとは思うが、刃物型の宇宙怪獣か?」
「「「!?」」」
「イナカイニのように人間を操り、その体で……異なるOSの件もありますし、無くはないですね」
残された可能性は?
思いついたのは、主と従が逆のパターン。
つまり、人間が刃物を使って犯行に及んだのではなく、刃物が人間を使って犯行に及んだ形。
そんな理不尽な事がと思われるかもしれないが、そんな理不尽が許容されてしまうのが宇宙怪獣でもある。
それならば、刃物の強度も、扱いも、異常な身体能力も、異なるOSも説明は付くが……説明がつくからと宇宙怪獣に投げてしまっている可能性も否めないな。
「ひとまず、犯人の確保に成功したとしても、凶器の刃物が見つかるまでは油断ならず、見つけても決して触れないように通知を出してもらいましょう」
「そうだな。それがいいと思う」
とりあえず、相手が真っ当な存在でない証拠はまた一つ出た。
なら、対応する人間にも注意をしてもらうべきだろう。
俺はヴィリジアニラの言葉に頷いた。