182:唐突な事件発生
「ふむふむ……」
俺が温室を購入してエーテルスペースへと送った翌日。
温室を墨で隠してからエーテルスペースに送った件については、怪奇現象としてシブラスミス星系のインターネットの一部で少し騒ぎになっているようだ。
が、しばらくすれば帝国軍に関係のある男の話と合わせて、帝国軍の秘密兵器やら秘密技術やらの一つという事で話が落ち着き、消える事だろう。
さて、他のニュースについては……。
「む……」
「「「……」」」
ヴィリジアニラが何かに反応したな。
それを察した時点で、俺はニュースサイトを見るのを一時停止したし、ジョハリスも何時でも出発できるように機体のチェックを開始、メモクシも一度ヴィリジアニラに視線を向けてから仕事に戻ったので……たぶん、シブラスミス星系の機械知性たちと連絡を取り始めたな。
うん、慣れって怖い。
怖いが、必要な事だから、ヴィリジアニラの次の行動に備えよう。
「サタ、メモ、ジョハリス。事件が起きました」
「ヴィー様。機器の準備は出来ていますので、説明をお願いします」
「分かりました。では映しましょう」
どうやらヴィリジアニラが反応して、話し合う必要があると判断するような事件が起きたようだ。
ヴィリジアニラの情報端末からデータが送られて、部屋にあるモニターにヴィリジアニラが見ていたニュースサイトが提示される。
「第五プライマルコロニーで殺人事件か」
「犯人は不明。逃走中になっているっすね」
「ええそうです」
事件は昨夜遅くに第五プライマルコロニーの監視カメラなどがない路地裏で発生したようだ。
被害者は四十代の男性で、背後から襲われたらしい。
えーと、第五プライマルコロニーと言うと、先日の宇宙怪獣と言うか、異なるOSが一瞬だけ出現したコロニーだな。
ただ、ここまでなら普通の殺人事件なわけだが……。
「メモ」
「かしこまりました」
メモクシの操作によって映し出される映像が変わる。
どうやらニュースサイトではなく、事件を捜査している警察、帝国軍諜報部隊、機械知性たちから得た、より精度の高い情報になったようだ。
被害者や現場の位置に変わりはないが……。
「背後から一撃で、しかも頭頂部から股間に向かって真っ二つって、オイオイ……」
「これは異常っすねぇ。素人でも分かるレベルで異常っすよ」
「そうですね。だから私の目も反応したみたいです」
被害者の詳しい状況が分かった。
どうやら被害者は背後から犯人に襲われたらしい。
だが、尋常な殺され方ではない。
男性が身に着けていたシールドmodが機能しなかったのは、犯人がシールド貫通modを用いていたの一言で済む話だが、唐竹割で斬られるなんて、複数の理由であり得ない事だ。
「まず犯人は何処からそんな得物を準備した……」
「今の帝国で人を真っ二つに出来るような刃物は、携行不可能なサイズの工具が大半ですし、そうでないものは骨董品かつ許可が必要になるはずですね」
「斬られた断面が綺麗すぎる」
「そうですね。此処からも凶器が物理的な実体を持つ刃物である事が窺えます。ブラスターやレーザーを利用した刃物では、傷口に多少なりとも焦げが出来ますから」
「他の傷が無いし、刃筋が整っているにもほどがある」
「サタに同意します。ですので、刃物……それこそ刀剣を取り扱う技量と資格を持っている人間には既に調査が入っているようですが、当然ながら当てはまらないようです」
とまあ、俺でもすぐに思い浮かんで口に出せるほどには異常だ。
はっきり言うが、今の一般的な帝国民が扱う刃物は長くても包丁くらいが良いところで、中には生まれてから死ぬまで刃物に触れないで暮らす人間だっている。
そんな社会でマトモに考えれば、凶器に刃渡り1メートル以上は欲しいような殺し方が起きるとは……。
本当に異常だ。
「じゃあ、やるっすよ」
「はい、お願いします。これは……」
「反応有りっすねぇ……」
と、俺とヴィリジアニラがそんな話をしている間にジョハリスとメモクシがドッキング。
どうやら『異水鏡』で異なるOSの反応を探っているようだが……何かあったようだ。
「ヴィー様。第五プライマルコロニーに異なるOSが存在していた反応の残滓がありました。反応のパターンから見て、先日一瞬だけ観測したものと同一存在と見ていいと思われます。また、反応の残り具合から考えて、反応があったのは昨夜だと思われます」
「そうですか……」
「偶然の一致と捉えるには状況が出来過ぎているな」
「関係性はありそうっすよねぇ」
なるほど、異なるOSの反応有りかぁ……そして、異常な事件も起きている……確たる証拠はないけれど、関係性は疑ってもいい状況だな。
「ヴィー。俺が第五プライマルコロニーに飛んで、捜査に協力してくるか? 俺の舌で被害者の死体の断面を調べてくれば、色々と分かる事もあるが」
俺は警察の資料に目をやる。
流石に昨夜遅くに事件が起きたばかりとあって、シールド貫通mod以外にどのようなmodが使われたのかと言う情報はない。
だが、俺の舌ならば、例えば使われた刃物に伸縮自在modが使われていれば、それを感知する事も可能だろう。
そして、その情報があれば、犯人の絞り込みなどもだいぶ進むはずだ。
なので俺は一人で飛ぶ提案をしたわけだが……。
「いえ、全員で向かいましょう」
「その心は?」
「第三プライマルコロニーからでは、距離がありすぎて『異水鏡』の精度が上がりません。ですので、第五プライマルコロニーに入ってから使う事で、もっと詳しく相手を追えるようにします」
「分かった」
「分かったっす」
「了解しました」
なるほど確かに全員で向かうのもありだな。
この距離でも残滓がある事が分かるくらいなのだし、同じコロニー内なら、それこそ今何処にいるかまで追えてもおかしくはない。
「では向かいましょう」
そうして俺たちはホテルを出ると、一昨日にも訪れた機械知性たちが管理しているビルへと向かった。