181:サタの温室
「さて、まずは此処が普通の温室だな」
俺は温室の扉を開けると、ヴィリジアニラたちと一緒に温室内に入る。
なお、本来ならば衛生と言うか、コンタミネーションの防止のために、ヴィリジアニラたちには新品の衣服と靴を身に着けてもらうとか、マスクを着けてもらうとか、手と腕の消毒をお願いするとか、色々とやってもらう必要があるのだが……。
今、この温室内で育てているのはヘーキョモーリュだけで、このヘーキョモーリュは原産地のモリュフレグラー星系で繁茂している事から分かるように生命力が強い植物である事を考えると、むしろ温室から出る時にこそ、体に花粉などを付けていかないようにするための処置が必要だろう。
うん、本体の方で除去用のmodを準備させておくか。
「意外と増えていますね」
「ニリアニポッツ星系で自称変なおっさんに貰ってから、『カーニバルヴァイパー』の船内で地道に育てていたからな。元々雑草と言うか野草のようなものだけあって、繁殖力が強いし、雑に育てても増えてくれる。おかげで見た通りだ」
温室の中には水耕栽培をするためのキットが揃っていて、一枠につき一株のヘーキョモーリュが植えられている。
今の総数は……100は超えているな。
本当に繁殖力が強い。
「サタ。この水とか溶かしている栄養分は何処から持ってきたんすか?」
「この温室の周りにあるエーテルスペースからmodを使って生み出してる。俺の本体が飢えないぐらいにエネルギーに満ちている空間だから、どうとでもなるんだよな」
「それで成長して、目的通りのものになるんすか?」
「さあ? ならなかった場合はセイリョー社かモリュフレグラー星系から取り寄せて、温室の調整をして、それでやり直しだな。上手くいかなかったと言う結果もそれはそれで必要だし」
なお、今の世代からは異なるOSが展開されているエーテルスペース内で育てることになるわけだが……。
それでヘーキョモーリュから必要な性質が失われるなら、それはそれで有用な結果。
正常に育たなくなるのもまた有用な結果。
研究とはそう言うものである。
「サタ様。それよりも気にするべきは遺伝的多様性についてではありませんか? 元が6株では限界があると思うのですが」
「確かにそっちは問題だな。けど、そっちはそれこそモリュフレグラー星系から取り寄せないと無理だし、俺にはどうにもならない。完全に専門外だしな」
「そうですか」
メモクシの懸念する遺伝的多様性は……うん、目を瞑る。
世代を重ねていった結果、モリュフレグラー星系にあるものとは全くの別物になってしまう可能性もあるから、本当は目を瞑りたくないのだけど、俺にはどうしようもないので目を瞑る。
レポートを書く時に原初の親株が6株しかなかったとはきちんと書くけど。
「それにしても、この香り……なんとなくですけど、気分が良くなってきますね。サタ? こっちの部屋は?」
と、ここでヴィリジアニラが部屋の奥の方にある二つの扉に気づいて声を上げる。
なお、どちらの部屋にもmodによる封印をかけてあるので、解除しない限り開くことはない。
部屋の内容は……。
「片方は保存部屋だな。何かがあった時に備えて、比較的若い世代の株をmodで眠らせてある。当然ながら、部屋に入るのは俺以外は禁止だ」
「ふむふむ。もう片方は?」
「促進栽培部屋だな。グログロベータ星系のSwを基に組んだ植物を急速成長させるmod、ニリアニポッツ星系やシブラスミス星系のSwを基に組んだ照明mod、その他内部で必要なものを調査し、調製し、調整する自動生育modを組んで発動させてある。倍率は……たぶん100倍くらいか?」
「「「……」」」
俺の言葉にヴィリジアニラたちが戸惑っている。
まあ、大したことをやっているのは否定しないが、完全に止まるほどのものだろうか?
「えと、サタ……」
「一応言っておくが。これは相手がヘーキョモーリュと言う雑に育てても、目に見えるような問題が起きない植物だからこそだぞ。本当に異常が出ていないかの検査はこれからやるから、その結果が出るまでは上手くいく保証だってない」
「そう、ですか」
実際のところ、この促進栽培部屋はヘーキョモーリュのような雑に成長させても問題がない植物にしか使えなさそうなんだよな。
繊細な植物だと、外で一時間経つ間に枯れているくらいはありそうだし。
ちなみに、増えすぎる事が無いようにするためのmodも組んでセットしてあるので、増えすぎて温室が割れるなんて事にはならない。
「後は、ちょっとした研究用の設備を置くためのスペースがあるぐらいだけど……この辺はセイリョー社から不用品を融通してもらうしかないな。個人で買うには流石に高すぎる」
「それはそうでしょうね」
さて、温室についてはこれくらいだな。
今日動き出したので当然だが、見せられるものなんて、無いも同然なのだ。
「サタ様」
「なんだ? メモクシ」
「現状から見るに、温室自体にはまだまだスペースがあるという事でよろしいですか?」
「まあ、そうだな。設備を置いても、数種類の植物を育てるスペースくらいなら有ると思うぞ」
「では、機会を見て種類を増やしましょう。折角ですので」
「素人でも育てられるような植物ならいいぞ。後、食べられるものになる保証はないから、そこはもう今の内に踏まえておいてくれ」
なお、空きスペースでは幾つかの香辛料と言うか、スパイスになるような植物を育てることになり、後日、種や苗木を買いに行くこととなった。
エーテルスペースで生育した植物が普通の人間でも食べられるようなものになるのか、そもそもちゃんと育つのか……まあ、そこら辺も含めての実験だな。
どういう結果になろうとも、セイリョー社に実験結果を売りつければ、元を取れるくらいの収入にはなる事だろう。