179:温室消失マジック
「いらっしゃいませー、どのようなご用件でしょうか?」
工房の中に入ると同時に出迎えてくれたのは店員らしいドワーフの女性だ。
種族特徴として背が低めなため、カウンターの向こうから顔と手だけ覗かせている。
「注文した品の受け取りに来ました。サタ・セーテクスと言います。こちら注文控えのメッセージです」
「かしこまりました。では、画面を表示したまま、コチラの端末にかざしてくださいませ。証明いたしますので」
「分かりました」
俺は情報端末にメッセージを表示すると、そのメッセージを読み取ってもらい、証明を完了する。
で、その間に横目で工房の中に居る他の客や店員の様子を窺うが……うん、変なのは居なさそうだな。
だいたいヒューマンで、それ以外はエルフ、ドワーフ、オーガにマーマンとより取り見取りだ。
「はい、確認できました。それではお外へどうぞ。確認と調整の後、お支払いとなります」
「はい、分かりました」
さて、注文した物が物だけに受け取りは外ですることになるようだ。
と言うわけで工房の外へと移動。
コロニーの外に係留されている温室がこちらへとゆっくり近づいてくる。
中に人は……複数人居るみたいだな。
「親方、注文者の方が来ました」
「分かった。今行く」
温室の中から出て来たのは、宇宙空間での作業に適した服と、工具の数々を身に着けた人間たち。
工房の職人たちだな。
「あんたがあの温室を注文した人か」
「ええそうです。完成はしているんですよね?」
「ああ、してるぞ。仕様書の通りには作ってある。だが、引き渡しは儂と一緒に中を確認してからだな。半端なものを客に渡すわけにはいかんからな」
「分かってます」
温室のサイズは……うん、仕様書通りに、直径50メートルほどの球体だな。
出入口は一か所だけである。
「じゃあヴィー……」
「一緒に行きましょうか」
「あ、はい」
「よし、それじゃあ行くぞ」
ぶっちゃけ、俺しか使わないので、確認するのは俺だけでもいいのだが……ヴィリジアニラたちも一緒に行くつもりであるらしい。
なので俺たちは一緒に温室へと入っていく。
「しかし、アンタも変わったものを頼むな。今時、modによる気密や強度増加を行わないで、宇宙空間に浮かべていられる小型コロニーモドキを頼むなんて」
「あー、まあ、変わってはいますよね」
「大いに変わってる。おまけに風呂やトイレと言った居住の為の施設はほぼ無し。絶対に仕様書通りに作ってくれと言われなければ、これで大丈夫なのかと顔を合わせて確認してからでないと普段なら作らん仕様だ」
「あー……」
「必要なら今からでも足せるが?」
「要らないんで大丈夫です」
「そうか」
で、温室の中を見て回っているヴィリジアニラたちを横目に眺めつつ、俺は職人と一緒に温室の中が仕様通りに作られているかを確認していく。
うん、問題はなさそうだ。
しかし、メモクシは色々と手を回してくれたようだな。
風呂やトイレがないと怪しまれるなんて話はメモクシから聞いていなかったし、大丈夫かと問い合わせが来ていると言う話も俺は知らなかった。
当時の俺は……まあ、色々と忙しかったしな。
助かったのは確かか。
「そうそう、分かっているとは思うが、ウチで作ったのはガワだけだ。水は入っていないし、電源の類も別に用意してもらう必要がある。もちろん、育てる植物もだ。そもそも持ち帰りをどうするんだと言う話もあるな。宇宙空間は広いが、好き勝手に物を浮かべていいわけじゃない」
「全部分かっていますので大丈夫です。それよりも支払いの方をしても?」
「分かってるなら儂からはこれ以上は何も言わん。支払いは工房の方でだな。額の都合で、設置式でないと扱えん」
確認完了。
俺たちは温室の外に出ると、工房へと戻って、支払いを済ませる。
なお、サイズがサイズなだけに、当然ながらとてつもなく高額な買い物になるわけだが……うん、セイリョー社から後でレポートとか、中で成長させたものを送るのとか、そう言うのと引き換えに出資をしてもらっているので、俺の懐はそこまで痛まないようになっている。
代わりに胃は痛くなるが。
「お支払いありがとうございます」
「で、本当にどうやって持ち帰るんだ? 見たところ、曳航用の小型船とかも持ってきてないようだし……」
で、購入を済ませたら……。
「あー、そうですね。実を言えば俺は帝国軍の所属に近い人間でして。ちょっと特殊な手段で送るんですよ」
「「「!?」」」
温室の周囲に墨を展開して見えなくする。
そして、素早くエーテルスペースへと引っ張り込んでから、墨を消す。
現在進行形で呆然としている職人たちの目には、煙幕が張られた次の瞬間には温室が消え去ったように見えている事だろう。
「は……はあっ!? い、いったい、何処に……」
「ははははは……」
狼狽する職人たちの前で俺は分かり易くとぼけておく。
こうする事で、温室を消し去った仕掛けは知っているが、喋れない立場である事は察してもらえるだろう。
先ほど、俺は自分で帝国軍の所属に近いと言っているし、なおさらだ。
うん、俺が宇宙怪獣だと言う真実に気付かれてはいないから、何も問題はないな。
「何も聞かないでおく。金も払ってもらっているしな。問題がある品を売ったわけでもないし、危険な物の行方が分からなくなったわけでもない。そして、客が問題ないと言っているのだから、儂らが何かを聞く必要はない。うん、それでいいな」
「賢明な判断、感謝します。次がある時はまた利用させてもらっても?」
「構わん。上客のようだしな」
と言うわけで、俺はヘーキョモーリュを育てるための温室を手に入れたのだった。
なお、エーテルスペース内では、早速普段は使っていない人形を使って作業を開始している。
無事に育ってくれると良いのだが……どうなるだろうか?