177:残念ながら……
「ヴィー様。一時間が経ちましたので、現状での報告をさせていただきます」
「分かりました」
さて、メモクシとこの場に居る……いや、恐らくはシブラスミス星系に居るほとんどの機械知性たちが、『異水鏡』によって感知した俺以外の宇宙怪獣についての調査を始めてから一時間経った。
と言うわけで、事前に決めた通り、此処で一度報告の時間になる。
なお、この一時間、メモクシたち機械知性だけが働いていたわけではない。
俺は人形の方で一般的なニュースを探りつつ、第六プライマルコロニーの近くに居る本体で外から第五プライマルコロニーの方へと目を凝らし、目に見えるような異常が起きていない事を確認している。
ジョハリスも念のためにこの部屋と周囲に、機械知性たちが把握してない監視の耳目がない事を確認。
ヴィリジアニラも未来視や脅威の判定と言った目のmodを利用して、引っ掛かる情報がないかを探している。
だが、これらの情報よりも、まずはメモクシたち機械知性からの情報だ。
コロニー内の公共の場所を探るのであれば、これ以上に早くて正確な情報源はないのだから。
「結論から申し上げますと、宇宙怪獣と思しき人物の特定には至りませんでした」
「そうですか」
「はい。幾名か怪しい人物はピックアップできましたが、反応があった瞬間に不審なものや音をカメラが捉えているという事はありませんでした。やはり第五プライマルコロニー全体の3分の1に及ぶ範囲が対象では、カメラの死角なども多く、探り切れなかったようです」
特定は出来なかった。
言い換えれば、決定的な瞬間は映っていなかった、と。
うんまあ、これについては仕方がないんじゃないかな。
俺だってヒラトラツグミ星系で一年間、極一部の人以外には宇宙怪獣だとバレずに生活できたんだし、俺より年齢が上の宇宙怪獣なら色々と隠蔽策も持っている事だろう。
なら、カメラで特定されないようにするぐらいはそう難しい事じゃないはずだ。
それこそ、俺のエーテルスペースのような空間を向こうが持っている可能性だってあるしな。
そう考えたら、分からない方が当然だろう。
「また、該当範囲内で特異な事件が発生していないかも調べていますが、現状ではそのような事件は発生していません」
「念のために事件のリストをお願いできますか?」
「勿論です。こちらが今から過去二時間ほどの間に起きて、犯人がまだ捕まっていない事件のリストです」
ヴィリジアニラがメモクシからリストのデータを受け取り、ヴィリジアニラが情報端末でリストを見ている後ろから、俺とジョハリスもリストを覗く。
えーと、傷害、窃盗、器物破損、殺人、詐欺……意外と事件が起きてるな。
とは言え、どれも突発的な事件と言う感じだな。
今はまだ捕まっていないが、もう少ししたら普通に犯人が捕まりそうな気がする。
「どうだ? ヴィー」
「特に感じるものはありませんね。被害に遭われた方には申し訳ないですが、普通の事件としか感じないですね」
「なるほどっす」
ふむふむ。
となると、宇宙怪獣は犯罪行為はしていないのかもな。
だったら放置で……。
ああいや、一応これを聞いておくか。
「メモクシ。範囲内の人間の数は合ってるのか? 後は物量もだな」
「と言いますと?」
「ほら、俺のエーテルスペースみたいなものを相手が持っている可能性もあるだろ? アレは使い方によっては誘拐や密輸にも使える。だから、人や物が不自然に増減しているならと思ったんだが……厳しいか?」
俺の言葉を受けてもメモクシの表情は変わらない。
これは調べられないと言う表情と言うよりも……。
「厳しいですね。人や物が不自然に増減しているならば調べることも出来ますが、交換、と言う可能性もありますから」
「ああなるほど……」
「ですので、範囲に入った人間、出た人間、元から居た人間、居なかった人間と言う形でリスト化しているのが、メモたちが裏で現在やっている作業になります。こうすれば、交換も含めて、不審人物を割り出せます。数台のカメラなら経路次第ではスルー出来るかもしれませんが、全てのカメラをスルーすることは出来ませんので」
「お、おう」
「また、ABCの連続するカメラでBにだけ映っていない。と言うような形の不審者も割り出しています。これはこれで、映るべきカメラに映っていないと言う不自然ですね。あるいは上下水道やエネルギーの消費具合などからも異常がないか、人の動きから見て不自然な挙動がないかと言ったものを探っている最中です」
うん、機械知性の凄まじさを見せられた気がする。
分かってはいたが、その気になった機械知性から逃げ切るとか無理だわ、これ。
少なくとも俺には無理。
しかし、今探している宇宙怪獣は一時的にでも、その無理を成立させてしまっているのか。
となると……modか?
いや、そもそもなんで『異水鏡』が一瞬しか反応しなかったのか……。
此処までは無意識にその一瞬だけ転移をしてきて、一瞬で仕事を終えた……ああ、だからメモクシたちは交換を気にしていたのか。
俺にとってのヴィリジアニラのような協力者が居るのか、それとも、普段は自身のOSを『バニラOS』に偽装と言うか隠蔽してるのか……。
「……。これは無理ですね。続報と言うより、特異な事件が起きるまでは、警戒だけ密にして放置しましょう」
「かしこまりました、ヴィー様」
うん、駄目だな。
情報が少なすぎる。
敵か味方も分からないのだし、放置するしかない。
こうして、この日は何事もなくとはいかなかったが、終わる事となった。