172:機械知性たちのビル
「さて、今日はまずメモクシの新ボディを受け取りに行くんだったか?」
「ええ、その通りです」
シブラスミス星系第三プライマルコロニー、滞在三日目の朝。
ホテルでパン、サラダ、ミルクと言う普通ながらも美味しい朝食を食べ終えた俺たちは、今日の予定を確認してからホテルの外へと出る。
「流石は機械知性が管理しているビルっすねぇ。中心にあるバイタルパートにまで届いているっすよ」
そうして向かうのは一棟のビルだ。
他のビルが高くても居住エリアの半分くらいまでの高さしか無いのに対して、俺たちが向かっているビルは円筒形のコロニーの中心部分を貫いている区画にまで届いている。
あの区画はジョハリスの言う通りにバイタルパートと呼ばれる、コロニー全体の環境を維持している区画だ。
具体的にはエネルギーの生成と供給、空気の生成と循環、水道のろ過と配分……他にも色々とあるが、だいたいはこんな所か。
そして、許可なく一般人が立ち入る事は決して許されていない場所でもある。
もしも無理に押し入ろうとすれば……最悪、死刑判決まであり得るだろうな。
で、そんな重要な場所にも繋がっているビルだから、当然ながら管理する人間にも相応の能力や信頼が求められる。
それを考えれば、俺たちが向かうビルを機械知性が管理している事は何もおかしなことではないだろう。
「さて、到着ですね」
うん、何事もなく到着した。
普通にエントランスに入って……。
「ヴィリジアニラ様御一行ですね。本日はご利用ありがとうございます。案内に従って奥へどうぞ」
「ありがとうございます。メモクシ」
「はい、ヴィー様。案内を受け取りましたので、ご案内いたします」
受付の機械知性さんが直ぐに反応してくれた。
この反応の速さは予約があっただけじゃないな。
たぶんだが、メモクシと受付の間で情報のやり取りがあって、それによって身元の確認も案内の準備も完了したという事なのだろう。
こう言うところは機械知性にしか出来ない速さだな。
「流石は機械知性っすねぇ」
「そうですね。メモたち機械知性同士なら、情報のやり取りはよほどの量で無ければ一瞬で終わります。もちろん、周囲の目を鑑みて、敢えて時間をかけた対応も出来ますが、見ているのがヴィー様たちならば不要だとメモは判断しました」
「正解ですね。私は気にしないです」
「だな」
「ウチも気にしないっす」
とまあ、頭の中でそんな事を考えつつ、口では相槌をしながら、俺たちはエレベーターに乗って下降……つまりはコロニーの外側に向かって移動していく。
本体でざっと覗いてみたのだが、このビルは上の方に行くほどに事務作業またはデータ管理だけを行っているフロアばかりになって、人通りが少なくなるようにされているようだ。
たぶん、その方がバイタルパートにまで続く道を警備をしやすいからだろうな。
「此処は機械知性の工場ってことでいいんだよな?」
「はい。サタ様の言う通りです。ただ、こちらで生産しているのはボディだけであり、メモたち機械知性の本体と言うべき部分はマザーとの兼ね合いもありますので、全く別の場所ですね」
逆に地下の方は……倉庫と工場になっているみたいだな。
機械知性の体とパーツと思しきものが何千と並べられている倉庫は見つけたし、生産をしている工場も見えたので。
ただ、確かに機械知性の本体とも言うべき回路部分は見かけないし、マザーと言う言葉からイメージできるような大規模なスパコンも見当たらない。
うん、ここは機械知性に体を与えるのと、改修をするための場所って事だな。
「あれ? そう言えばここでメモクシの改修をするって話っすけど、メモクシの生まれはバニラシドの方だったっすよね? 大丈夫なんすか?」
「ジョハリス様、何が問題なのかがメモにはよく分かりませんが?」
「んー……んー……ウチも言語化は上手く出来ないっすけど……名前が変わるとか、そんな感じの問題っす」
「ああなるほど、それならば問題はありません。機械知性の名前はボディではなく精神の生まれ場所に依存していますから」
メモクシのフルネームはメモクシ・コモン・アイチョーハ・L・バニラシドだったか。
L・バニラシドと言う事は、バニラシド星系のラボまたは工場生まれと言う事。
そして、その名前を持っているのはメモクシの肉体ではなく精神の方、と言う話だな。
まあ、メモクシの場合、バックアップと言う形で体を幾つも持っているそうだし、諜報部隊の活動で必要な使い捨ての体を用立てるようだし……うん、肉体と精神のどっちが主なのかは言うまでもないな。
なお、機械知性が無数のバックアップを用意したり、使い捨ての体を使ったりするのは……帝国としては違法である。
メモクシは何処かからか特例措置をもぎ取って、基本的には合法にしているようだが。
「さて着きましたね」
「ですね」
「ふむふむ」
「ほうほうっす」
と、目的地に到着。
部屋の中には……複数人の工作作業に特化しているらしい見た目の機械知性が居るし、中身のないボディも複数あるな。
他にも色々と工具や材料が置かれている。
「ではヴィー様、サタ様はこちらでしばらくお待ちくださいませ。内容の都合上、相当の時間がかかると思いますので」
「じゃ、行ってくるっす」
「行ってらっしゃい。メモクシ、ジョハリス」
「さて、暫く待機だな」
そして、俺とヴィリジアニラが部屋に備え付けられた柔らかい椅子に腰かけたところで、メモクシとジョハリスの二人は他の機械知性たちの下へと向かった。
「しかし、セイリョー社からよく許可をもぎ取ったな。いや、その方がメリットがあるのを示せたからなんだろうけど」
何故ジョハリスも向かうのか。
単純な話だ。
「そうですね。『異水鏡』をメモクシの体内に搭載する。まだ貴重な品で、企業秘密も満載しているはずのものに更なる加工を施すわけで……よく許可を得られたと思います」
今回の改修では、ジョハリスとの協力が必須となる『異水鏡』をメモクシの体内に搭載するからだ。