171:しばし船から離れて
「それではこちらのお荷物は大切にお預かりいたします」
「此度はご利用ありがとうございます。法令に則って、捌かせていただきやす」
「改装に参りました。よろしくお願いします」
シブラスミス星系第三プライマルコロニーに着いた翌日。
午前中は引っ越し業者と買い取り業者の方々によって『カーニバルヴァイパー』の中身が次々と運び出されるのを眺め、午後には改修業者が大型のものも含めて工具を持ってやって来たのを見た。
うん、俺は素人で、依頼者の側で、ヴィリジアニラの護衛だからな。
妙な動きをする奴が居たら見咎めるだけで、作業を手伝ったりはしない。
手伝っても、プロの業者が相手では、作業を邪魔するだけだからな。
「なるほど。予定通りに進めば、改修完了は十日後になるのですね」
「ええ、その通りです。多少の短縮はあり得るかもしれませんが、安全第一で進める以上、縮んでも精々一日ってところでしょう」
「分かりました。ではよろしくお願いします」
「はい、腕によりをかけて、お望み通りの内装にして見せます」
改修業者たちが船内へと入っていく。
なお、今回入っていった業者たちは、普段から帝室や貴族関係の宇宙船を専門に取り扱っている業者であり、俺たちが諜報部隊である事も知っている者たちだ。
つまりは帝国内でも屈指の業者と言える。
なので、彼らに任せておけば『カーニバルヴァイパー』の内装は俺たちの望み通りのものに問題なく変わる事だろう。
ちなみに彼らは諜報部隊ではない。
と言うか、何処の情報を取り扱う組織とも繋がっていない。
そして、どんな作業をしたかやどんな客が居たかを漏らすこともない。
極めて口が堅い、信頼のできる職人たちであるそうだ。
うん、そういう意味でも安心だな。
「ではメモ、サタ、ジョハリス。ホテルへ向かいましょうか」
「かしこまりました」
「分かった」
「了解っす」
さて、何時までも此処に居ても、面白いものは見れるかもしれないが、業者の邪魔にもなってしまう。
と言うわけで、俺たちは『カーニバルヴァイパー』が停留されているドックを出ると、これから改修完了まで宿泊するホテルへと最低限の手荷物を持って向かう。
移動手段は敢えての歩きで、観光をしながらの移動だ。
「此処がシブラスミス星系第三プライマルコロニーっすかぁ……なんと言うか、極端っすね」
「そうだな。俺たちが今居るこっち側は奇麗で整っているが、あっちの方はゴチャゴチャしてるし、本体で見る限り……奥の方はスラムみたいになってないか?」
「これについてはシブラスミス星系の文化としか言いようがないですね」
シブラスミス星系第三プライマルコロニーは巨大な円筒形のコロニーだ。
一番外側には各種ドック、念のための武装、外側にあった方が都合のいい施設があるのだが、今の俺たちはそれらがある区画を床とする場所に立っている。
そして、この場所に各企業のビル、店舗、住居、公園などの施設が混在している。
だが、混在していると言っても傾向はあるようで、俺たちが今居るのは貴族や富裕層向けの奇麗に整えられた地区のようで、企業のビルに外の客向けのホテルが多い。
しかし混在なので、ジョハリスから見える範囲でも、少し離れると、職人たちの住居っぽいマンションや彼らが普段利用しているであろう地元民向けの居酒屋なんかも見えている。
で、見えているのは俺の本体だけだが、遠く離れた場所にはヒューマン二人がすれ違うのがやっとのような道が何本も見えるし、限界まで拡張されたような住居群も見えている。
空気循環とか大丈夫なのか、アレ。
「文化ねぇ……うーん、地元民の住居の部屋が妙に狭いのはそう言う事なのか?」
「そう言う事のようです。シブラスミス星系は開拓されたのが帝国が始まって直ぐの頃だったので、出来るだけ空間を有効活用すると言う思想が根付いたそうです。それに自宅と言うのは寝るのと実体持ちコレクションを置くための場所と言う考え方も合わさって、自宅の広さはそこまで重視されなくなったそうです」
「え、風呂とかどうするんすか?」
「銭湯と言う公衆浴場があるそうです。食事についても三食外食と言うのが珍しくもなんともないらしく、家で必要な水も公衆の蛇口から取ると聞いていますね」
「へー」
「徹底してるっすねぇ」
長い時間をかけて形作られた独特の文化という事か。
もしかしたら、最初の頃に開拓されたシブラスミス星系がこういう独特の文化を築いたからこそ、他の星系たちもそれぞれに特有の文化を築く方向に舵が切られたのかもな。
無根拠の推論だが。
「ちなみにシブラスミス星系の文化として、『一流の職人であるのならば、他の一流の職人が築いた物にも敬意を払えるのは当然である』と言う考え方もあるそうです。なので……」
と、ここでヴィリジアニラの目が遠くの方にある街頭モニターへと向けられる。
そこでは丁度、何かの映像が流れ始めていた。
その内容は……
『貴方の胃袋に栄養満点のカボチャスープを! 魔法少女マジカル☆パンプキン・ブロス! 絶賛放送中!』
「「……?」」
なんか南瓜モチーフでフリル満載な可愛らしい衣装を身に纏った少女が決めポーズを取っている映像だった。
俺とジョハリスの頭には思わず疑問符が浮かんでいる。
「アニメ、漫画、小説と言った、娯楽を第一とした文化が他の星系よりも盛況な傾向にありますね」
「懐かしいですね。魔法少女マジカル☆パンプキン。ヴィー様が幼い頃にも別シリーズがやっていて、あのアニメのおかげでヴィー様の食事がだいぶ……」
「ゴホン。メモ、その程度で」
「かしこまりました」
「うんまあ、とりあえず人気があるのはよく分かった」
「そうっすね。ウチたちはそれだけ理解していればいい気がするっす」
聞いたところによると、この魔法少女マジカル☆パンプキンなるアニメは何作も作られているシリーズ物で、シブラスミス星系、帝星バニラシド、その他周囲の星系で人気の子供向けアニメであるらしい。
俺とジョハリスが知らなかったのは、どちらも精神年齢が早熟なタイプの種族であったことが大きい。
俺の場合は、そもそもセイリョーコロニーにはそう言うのが入って来づらいと言うのもあるが。
とりあえず、何事もなく俺たちはホテルに到着して、チェックインした。