165:掘るほどに黒く
「こいつは?」
「自在変形式総合演習場の5番で、ニリアニテック元子爵、イナカイニと会話をしていた『黒の根』の男ですね」
「そう言えば居たな。そんなのも」
俺の頭の中にその男の姿が……浮かばないな。
まあ、関わりが殆どなかった奴だしな。
えーと、罪状としては、違法取引、違法賭博、殺人の教唆、横領、人身売買……幾らでもあるな。
ただ、それでも本人は『黒の根』の末端でしかない、実行犯程度でしかないと。
「宇宙船レースの事件でレースそのものを台無しにするような火薬満載の船が使われたのはこう言う事だったんすね」
「そうですね。レースを大きく乱し、違法賭博に賭けた人間たちを負けさせ、借金まみれにするつもりだったようです」
俺たちに関わりのある範囲だと……ジョハリスの言っている通り、ニリアニポッツ・アステロイドベルトカップ・戦闘機16時間耐久レースでの一件か。
アレの妨害に使われようとしていた火薬満載の貨客船はこの男の手配で用意されたもののようだ。
勿論、中に居た人造人間も同様。
また、阻止はされたが、他にもあったらしい違法な妨害行為の数々の幾つかもこの男の手配だったらしい。
結構な悪党だな。
ちなみに、こいつらが行っていた違法賭博では、レースが中止された場合にはレースが中止されるに賭けておかなければ負け扱いだそうだ。
当然ながら結構な額のお金、物品、人材などが動いていたらしく、更には賭けを成立させるために警察や諜報部隊の人間も巻き込んでいて……今もまだまだ慌ただしいようだ。
「で、負けた人間は見た目が良ければそう言う奴隷。見た目が悪ければ僻地の違法労働者。態度などによっては人造人間の原材料やら、犯罪組織の使い捨て人員。中々の真っ黒具合だな」
「ですね。それにしても、どうして最終的にはこうなると分かっていて、違法賭博に手を出すのか……私には分かりませんね」
「俺も分からん」
「ウチも理解が及ばないっす」
「メモにも理解不明です」
なお、ニリアニポッツ星系には正規のギャンブルを扱っている組織もちゃんとある。
と言うか公営のグループで存在している。
なのにどうして違法賭博に流れるのかは……たぶん、掛け金とか、掛けられるものとか、倍率とか、税金とか、色々とあるのだろうけど……うん、理解できないな。
犯罪組織が客を勝たせるわけないじゃないか。
「しかし、本当にニリアニテック子爵は手広くやっていたんだな。俺たちに関係のない犯罪の資料もかなり多い」
「ええ、本当にそうですね。流石にこれを全部見ているのは時間が足りませんね。私たちがこれ以上かかる事はないでしょうし、ニリアニテック子爵についてはこれで切り上げましょう」
資料は……本当にまだまだあるな。
俺に関わりがある範囲でもだ。
ナインキュービックの早指し大会で襲ってきた連中の身元、品評会の裏で行われていたらしい恐喝行為、古式ライフルレースに参加する予定だった暗殺者の正体。
うん、色々とあるな。
物が多すぎるので、半分くらいは読み飛ばしてしまおう。
「まあ、再教育案件だよなぁ。今回のニリアニポッツ星系の一件は」
「当然ですね。あまりにも規模が大き過ぎましたし、不和と言う毒に対しても為す術がなかったようですから」
「協力するべきところは協力できないと駄目っすよね」
と、これは諜報部隊の処分についてだな。
えーと、諜報部隊の人間を問題がなかったもの、問題があったもの、犯罪者の三つに仕分けて、適切な処分を下していくようだ。
なお、問題がなかった人間でも再教育そのものはされるらしい。
うんまあ、不和の毒の件もあったし、仕方がないな。
「ん? シルトリリチ星系の関わり?」
「バニラゲンルート子爵家の手のものが調査をしていた部隊に入り込んでいて、私たちにだけ資料を渡してくれたようですね。なので、この資料に書かれている事は表に出さないようにしてください」
「分かったっす」
「分かった」
「分かりました」
次に見たのは、シルトリリチ星系がイナカイニの後ろにいる可能性が高いと言う事実を知った上で、調査に臨んでいた諜報部隊員からの報告のようだ。
調査対象はイナカイニが居た施設。
あそこではパワードスーツ、サーバー、戦車、ブラスター、宇宙船、人造人間製造装置など、様々な機械が使われていた。
それらの機械の大半は宙賊が奪い取って来た品か、『黒の根』の違法取引によって流れて来た品である。
だが、そうした違法な品々は、施設に着くまでの取り扱いが粗雑な場合もあって、そのままでは使えない状態のものもあったようだ。
「シルトリリチ星系の品は繋ぎ合わせるのに適しているようで、よく使われていた」
「繋ぎ合わせに使われた品を戻していくと、ほぼ完全な一体が出来上がる事もあった」
「繋ぎのパーツとして重宝されていた節がある、っすか」
「ですが、そんな品に限って取引記録はきちんと破棄されている、だそうです」
そこで活用されていたのがシルトリリチ星系の品だったらしい。
そういう風に作られていただけと言ってしまえばそれまでだが、イナカイニの裏に居た可能性が高いと知った上で見ると、自分の手駒となってくれる組織に必要な部品を供与していたようにしか見えなくなってくるな。
うーん、怪しいことこの上ない。
「これだけ怪しくても証拠がないから、表立っては踏み込めないんすね」
「ええ、踏み込めません。それぞれの星系の自治と言うものがありますから」
「秘密裏に調べるのも物理的に閉鎖的な星系だから難しい、と」
「そうですね。皇帝陛下たちならそれでも調べているとは思いますが」
が、怪しい止まりだ。
決定的な証拠はない。
繋ぎ合わせに使われたパーツにしても、宙賊に奪われたものですと言い張ってしまえば、それで通るだろうしな。
「……」
「メモ?」
と、ここでメモクシが妙な反応を見せている。
どうやら何かがあったようだが……訝しむような表情を見せているのは珍しいな。
「ヴィー様、サタ様、ジョハリス様。緊急ニュースが入ってきました」
「緊急ニュース? 内容は?」
「シルトリリチ星系に存在する超光速航行のガイドビーコンが破壊されたそうです。なお、破壊された原因は不明です」
「「「……」」」
それは……なんとも反応に困るニュースだった。