162:辺境・シルトリリチ星系
「薬莢の出元が分かりました。シルトリリチ星系です」
まず調べ終えたのはメモクシだった。
「シルトリリチ?」
「聞いたことがないっすね?」
だが、その星系の名前は俺が聞いたことがないものであり、ジョハリスも反応からして知らない星系のようだ。
「シルトリリチ星系……また厄介なところの名前が出て来ましたね」
「はい。考え得る中では最悪の名前だと思います。ですが、古式ライフルレースの運営が持っていた資料ですので、間違いはありません」
ヴィリジアニラは知っているようだ。
だが、悩まし気な表情をしている事からして、普通の星系ではないらしい。
「ヴィー様、そのシルトリリチ星系に乗り込むっすか? 乗り込むならフライトプランを組んで……え、何っすか、この星系……」
「ジョハリス。シルトリリチ星系へ向かうのは絶対に無しです。向かうのが私たちだけでは話になりませんから」
質量変換modの断片を探して、記録し、その内容を特定ルールの変換を挟みつつもレポートに記載していっている俺には、シルトリリチ星系を調べる余裕がないので、調べられない。
だが、調べたジョハリスが絶句している時点で、俺の中では厄介さの段階がさらに上がった。
しかし、それでも説明が欲しいところではある。
「ヴィー。どういう事なんだ?」
「説明します。まず、シルトリリチ星系は現在の帝国の領域内で見た場合、極めて辺鄙な場所にある星系です。なにせ、シルトリリチ星系とガイドビーコンで繋がっている星系はたった一つで、その一つとの行き来には超光速航行の中でも更に高速なものを使っても、一週間近くかかります」
「なるほど」
どうやらシルトリリチ星系とやらは、フラレタンボ星系を鼻で笑えるぐらいに僻地にあるらしい。
ヴィリジアニラの言っている通りなら、鈍足の貨物船だと超光速航行でも二週間か三週間くらいはかかる事になるからだ。
「そして、シルトリリチ星系と他の星系の間には多数の宙賊と宇宙怪獣が徘徊しているらしく、明らかに他の星系間航路よりも危険度が上です」
「ふむふむ。つまり、向かうなら、最低でも宙賊程度はどうとでも出来るような戦力は必須なわけか」
どうやら僻地過ぎて、間の治安維持すらマトモに出来ていないらしい。
「そんな僻地過ぎる場所ですので、一々中央の裁可を待っていられない、下手な横やりをさせるわけにはいかないという事で、ネモフィラ公爵家が統治を任されているわけですが……現地に限定すれば、帝室と同等か、それ以上の権利を有しています」
「つまり、他の星系と違って、ヴィーが持っている権力では通じない、と」
「そう言う事です」
相手側の権力は十分すぎるもの。
この分だと帝室の威光が現地では通じない可能性も高そうだ。
と言うかだ。
「つまるところ、シルトリリチ星系とは半分以上、別の国のようになりつつある土地です。そして、そんな場所に宇宙怪獣モドキを生み出せ、『黒の根』やギガロク宙賊団とも繋がりがあるであろう黒幕が根を張っているという事は?」
「ああ、確かに俺たちだけで踏み込むのは無理があるな」
「飛んで火に入る夏の虫って奴っすねぇ」
「そう言う事です。確実にヴィー様たちはロストさせられることになります」
星系全体が黒幕の手駒にされている可能性まで考えてもいい案件だな、これはもう。
うん、俺にはもう、そうとしか思えない。
出入口が一つだからすごく守り易いし、行き来には往復で一月以上かかるから行方不明にもしやすいし、行方不明になっても疑われない理由もあるし、生半可な口出しは権力で潰される。
そんな状態だ。
「サタも理解したと思いますが、シルトリリチ星系は既に黒幕の手に落ちていると考えていいでしょう。イナカイニと同じ能力を持った宇宙怪獣モドキが居れば、星系全体の人間を洗脳して、表面上は異常なしとさせることは可能でしょうから」
「他の宇宙怪獣モドキも居れば、並大抵の反乱は発生したところで瞬殺っすよね。戦艦一隻程度でどうにかなる相手じゃないっすから」
「ネモフィラ公爵が飼い殺しならばまだマシ。公爵自身は既に死んでいて黒幕が成り代わっているまでは想定していいとメモは考えます」
「ああ、俺の人形みたいにか。此処までのmod使いや犯罪経歴を考えれば、その程度は何と言う事もないだろうなぁ」
つまり、仮に手を出すならば、星系全体が真っ黒である前提で動くべきという事だろう。
「はぁ……。それにしても、シルトリリチ星系は他星系を開拓する拠点として始まった星系で、開拓が上手くいかないのは無数の宇宙怪獣と宙賊のせいと聞いていましたが……もはやそこから怪しくなってきますね」
「それはまあ、そうだな。こうなってくると、開拓の為に流されていた物資が黒幕たちに渡って、犯罪行為に使われていたようにしか思えない……」
「と言うか、ほぼ間違いなくそう言う事っすよねぇ。これ」
うーん、星系一つが敵となると、これはもう俺たちだけでどうにかなる問題じゃないな。
もう素直に皇帝陛下に話して、対処をお願いするべき案件だろう。
最低でも一個艦隊ぐらいの兵力はないと、どうにもならないだろ。
「とりあえずここまでの事をセイリョー社の方に伝えてくる」
「お願いします。私の方もバニラゲンルート子爵家の独自ルートで伝えようと思います。相手がネモフィラ公爵家では、諜報部隊もどこまで信用できるか分かりませんから」
そして、今この状況で最も恐ろしいのは、俺たちが得た気づきが誰にも伝わらずに、俺たちごと握り潰されてしまう事だ。
なので俺もヴィリジアニラも、普段は使わない手段で情報を届けることにした。