161:黒幕への手がかり
「サタ様、ヴィー様。確保をするならば、バレないように細心の注意を払ってください。宇宙怪獣モドキの黒幕が関わっているのなら、何処に罠があるのか分かりませんので」
「分かっています。そうですね……競技運営、選手、観客、カメラ、いずれの目にも触れないようなサンプルはありますか?」
「ちょっと待ってくれ。んー、サイズが大きいパーツや精密な動作を要求されるパーツだと、一つ一つ分けられているから、今は良くても後でバレそうだな……」
さて、modの残滓に偽装された質量変換modの断片、そんなものが含まれている古式ライフルがある事は分かった。
ある事が分かった以上、万が一の完成を防ぐ意味でも、そんなものを仕込んできた黒幕を探るためにも、件のパーツを回収する必要がある。
だが、古式ライフルレースはパーツ選びも競技を進める上で重要なポイントであるため、殆どのパーツは衆人環視の下に在り、こっそり手元に転移させることも難しい状態だ。
「サタ様。薬莢はどうでしょうか? あちらはサイズごとに分かれていますが、一人の選手が幾つも使う都合上、数が多く用意されています。その中から一つであれば……」
「えーと、ちょっと待ってくれ……うん、あるな。例のmod断片が含まれている薬莢が幾つか混ざっている」
「全部の回収は無理っすよね?」
「無理。流石にバレる」
と、メモクシから助言があったので、薬莢の方を見てみる。
薬莢とはつまり弾丸本体、火薬、雷管と言ったものを詰めるための容器なのだが、レース内容の都合で様々なサイズのものがあり、そのどれもが相応の数だけ用意されている。
質量変換modの断片が含まれている薬莢は……うん、それなりにあるな。
全部を盗んだら、流石に人目を引きそうだ。
だが全部を盗まないと万が一が怖い……本来ならば。
「ヴィー。脅威の類は?」
「感じていません。なので、私の目を信じてもらえるのなら、今日この場での完成はないのだと思います」
「流石の目っすね」
「今日以降を防ぐのについては、競技終了後に対策をすれば大丈夫でしょう。今は証拠の確保を優先するべきかと」
うん、こちらにはヴィリジアニラの目がある。
脅威の正体と威力を正確に認識してなおヴィリジアニラが大丈夫だと言ったのならば、今はまだ大丈夫なのだ。
だから、今は薬莢一つ盗る事に専念していい。
「よし掴んだ。部屋に転移させるぞ」
「はい」
「分かったっす」
「記録しておきます」
俺は薬莢の山の底にあった、質量変換modの断片を持つ薬莢を本体で掴むと、人形の手元にまで転移させる。
そうして、真鍮色に輝く薬莢を俺たち全員が認識した瞬間だった。
「サタッ!!」
ヴィリジアニラが叫ぶ。
指示は出ていない。
だが、叫び方と状況から何を望んでいるかは明らかだった。
故に俺は即座にmod無効化の墨を展開して、薬莢に含まれているmodを完全に破壊。
同時に人形の握力を本体依存のものにした上で握りしめる事で、物理的にも薬莢を完全破壊する。
「……。もう、大丈夫なようです」
「ふぅ……」
「何故の概要は分かるっすけど、詳細をお願いしたいっす」
「薬莢の画像は残してありますので、何処の誰が何時に製造したのかは調べられます」
ヴィリジアニラがゆっくりと息を吐く。
合わせて、一瞬にして高まっていた全員の緊張が和らぐのを感じる。
さて、ヴィリジアニラが何を感じたのかを聞かないとな。
「少し待ってください……。やはり、そう判断するのがよさそうですね」
ヴィリジアニラの目が会場にある薬莢置き場へと向けられる。
何かを確かめているようだ。
ただ、俺の本体の目で見る限り、会場の誰も薬莢が一つ減ったことになど気づいてはいない。
カメラが薬莢置き場を映していたようなこともない。
つまり、帝国に居る誰もが、俺が薬莢を動かしたことになど気づいているはずがないのだが……。
「私が感じたことはシンプルです。サタが薬莢を転移させた瞬間に、転移させた薬莢だけ、発している脅威が爆発的に高まりました。サタが握りつぶす直前まで高まり続けているように思えましたので、もしもサタが握りつぶしていなければ、今頃は何かしらの脅威が発生していたと思います」
「なるほどっす。サタ、薬莢をウチに見せてもらっても?」
「頼む」
脅威が高まった、か。
ヴィリジアニラの目の正確さに疑念の余地はない。
つまり、本当に何かしらの脅威が迫っていたのだろう。
となれば、何かしらの理由で宇宙怪獣モドキの黒幕に俺が薬莢を盗った事が伝わったと考えるべきなのだが……。
「念のためにこの部屋や会場などに不審な電波を発するものがないかを確認しましたが、確認できませんでした。カメラの映像も確認しましたが、サタ様が盗った瞬間は映っていません」
「ウチが調べた限りでは本当にただの薬莢っすね。発信機どころか、複雑な構造体の痕跡すらないっす」
「modについても質量変換modの断片以外には何もなかった。それは転移させる前に確認してる」
その仕掛けについては見当もつかない。
少なくとも薬莢自体に仕掛けがなかったことは確かだ。
「予め規定した動き以外をした時に感知する事が出来る、件の黒幕はそう言う能力を持った宇宙怪獣なのかもしれませんね」
「「「……」」」
そうなると、ヴィリジアニラの答えが正解となる可能性は高そうだ。
それに、そんな力があるのなら、これまでの宇宙怪獣モドキの出現タイミングにも説明がつくかもしれないな。
『ツメバケイ号』の一件の時は違法な人造人間の製造装置が破壊された直後から、少し時間が経ったタイミングだった。
グログロベータ星系の時は宇宙怪獣モドキにされた人間がアジトから逃げ出そうとした時だった。
先日のイナカイニの時は追い詰められてから少し経った後だった。
俺たちは詳細を知らないが、メーグリニアが目撃した宇宙怪獣モドキらしきものも、なんだか妙なタイミングのように思えた。
うん、今更だが、なんだかワンテンポ遅れているように感じるので、本当にそう言う能力を持っていて、感知してから宇宙怪獣モドキにするための力を放っているのかもしれない。
「サタ。この情報をセイリョー社へ。ただ、注意書きなどはしっかりと添えて、サタ自身が届けに行ってください」
「分かった」
「メモ。この情報を調べる時は細心の注意を。最悪、貴方が宇宙怪獣モドキにされかねませんので、決して直接調べないようにしてください」
「承りました」
「ジョハリス。何時でもシブラスミス星系……いえ、場合によっては帝星バニラシドへと飛べるようにフライトプランを組んでおき、準備も整えておいてください。大丈夫だとは思いますが、緊急事態に発展する可能性は否定できませんので」
「了解したっす」
なんにせよ、古式ライフルレースを悠長に楽しんでいられるような状態ではなくなってしまったのは確かだ。
俺たちは貴賓席と言う場所に及ぶ目がないのを良い事に、情報を調べ、まとめていった。