156:黒幕は遠く遠く
「これで今日の食事の準備は良し、と。ニリアニポッツ星系の商店は品揃えが良くて助かるな」
ナインキュービックの早指し大会の翌日。
急ぎのレポートはなく、事件関係の報告書もなく、昨日の襲撃者についての報告も簡単に終わったという事で、今日は実に平和な一日だった。
と言うわけで、今日の俺は『セクシーミアズマ』が停泊しているドック近くの商店で様々な食料を買ってきて、調理に時間がかかる料理を作っている。
『セクシーミアズマ』の船内にあるデュプリケーターで作った時短調理器具に、俺が調整した特製の時間短縮modもフル活用すれば……mod無しでは数日ぐらいかかる料理であっても、理論上は作り上げる事が出来るはずだ。
ふふふ……今から涎が止まらないな……。
「後は待つだけだし、久しぶりにニュースサイトの確認でも……」
「……」
そうして準備を終えた俺がリビングと化しているレストルームへやってくると、難しい顔をしているヴィリジアニラが居た。
その背後にはメモクシが居るが、コチラはいつも通りの表情だな。
ジョハリスは……いつもの機体から少し体をはみ出した状態で寝てるな。
「ヴィー、どうしたんだ? 難しい顔をしている事からして、何かがあったのは分かるが」
「サタ。そうですね、何かはありました」
さて、何かはあったらしい。
俺も適当に腰を下ろして、話を聞く姿勢を取る。
「サタも知っている通り、ニリアニポッツ星系では昨日、大規模な取り締まりがありました」
「みたいだな。俺たちもナインキュービックの早指し大会の会場に入り込んできたのを捕らえるのに関与したぐらいだし」
「そうですね。その結果として、明日私たちが観戦しに行くように頼まれていた大会ですが、行くかどうかが任意になりました」
「ふむふむ。泳がせていた奴が昨日の一件で捕まったとか、逆に深く潜って手を出せなくなったとか、そんなところか?」
「恐らくは」
今のところは良いニュースだな。
なお、大会の観戦が任意になってしまっても、ヴィリジアニラならそれなり以上に面白そうな大会なら結局見に行く気はするので、たぶん明日の予定は変わらない。
そして、難しい顔をしている理由は別にある事だろう。
「で、難しい顔をしている理由は?」
「宇宙怪獣モドキを生み出している黒幕に繋がる情報がまるで見つかっていません。それも元々存在しないのではなく、先回りして復元不可能な形で破壊されているようです。物も人も」
「……」
「しかも腹立たしい事に、この破壊が現場を担当した帝国軍や警察、諜報部隊のミスであるかのように扱われています」
「それは悪いニュースだなぁ……」
知っていた事ではあるが、やはり件の黒幕は一筋縄ではいかないらしい。
自分に繋がる情報を的確に潰していっているようだ。
そして、件の黒幕が恐れている何かは、この状況でもやっぱり手を貸す気はないらしい。
明確な証拠がないと動けないのか、他に何かあるのか……まあ、やっぱり信用も信頼も出来ない相手のようだな。
「でもそうやって悪いニュースとして扱っている連中を締め上げていけば……」
「そこも含めて、追えないように破壊されているようです。何重もの情報隠蔽を乗り越えて辿り着いたら、既にもぬけの殻だった。と言う形ばかりのようです。なので、ニリアニポッツ星系は奇麗に出来ても、本当の脅威には辿り着けていないという事で、現場も上層部も頭が痛いようですね」
「なるほど」
うーん、本当に厄介だな。
しかも、ヴィリジアニラが追えないと断言している辺り、本当に念入りに破壊されているようだな。
「ま、俺たちに何かできる事があるわけじゃないんだ。だったら、俺たちは俺たちに出来る事をやるしかないだろ」
「そうですね。その通りではあります。ただ、私たちのこれまでの遭遇率を考えると、この念入りな情報隠滅をどうにか出来る方法は考えておいた方がいいとも思っているのですけど……」
「あー、なるほど……それは確かに」
情報隠滅をどうにかする方法かぁ……。
電子的な修復なら機械知性たちがどうにでも出来るはずで、そこに俺たちが関われることはないだろう。
破壊痕からの逆算にしても、時間は多少かかっても、俺の舌よりも高精度な解析方法なんて帝国内には幾らでもあるはずだ。
それらが通用しないような情報隠滅をどうにかするとしたら……もはや時間の巻き戻しか、客観的な過去視でも出来なければ、証拠としては不十分だろうな。
ちなみに時間の巻き戻しはmodを使ってもかなり難しいというか、現実的にはほぼ無理だったはずだ。
時間の停止と加速と違って、巻き戻しは桁違いに難しいのだ。
理論は……、何処かにあったかなぁ……うーん、セイリョー社に送られてきたパチモンmodからの類推ぐらいか?
とりあえず俺が作れるようなものではないか。
過去視については……その場の痕跡から逆算した結果を目視できるようにするというものなら覚えがある。
けれどあれも主観的で、証拠としては微妙なものだった気がするな。
「とりあえず俺にはそういう方法についての心当たりはない。せいぜいがメーグリニアの時に作った、外部干渉を防ぐmodくらいだな。今後機会があった時のために、何個かストックを作っておくか?」
「そうですね。そうしましょうか」
まあ、無理なものに頼らず、俺に出来る事をやるとしよう。
本音を言えば、気兼ねなく食事を楽しむためにも、人間社会の輝きを楽しむためにも、とっとと件の黒幕には捕まってほしいし、力があるのに遊んでいるようにしか見えない黒幕が恐れている何かは一発ぐらいぶん殴りたいところなのだが……それも現状では無理だからな。
やれる事、やれない事、出来る事、出来ない事の取り分けはせざるを得ないのが現実と言うものだ。
その時が来た時に全力で躊躇いなく動くためにも、今は気にしないでおくのが正解だ。
「とりあえず晩飯に本来なら数日かかるスープと角煮が出来ているから、食べよう。きちんと飯を食わないと、思い浮かぶものも思い浮かばない」
「ですね。では準備しましょうか」
では、夕食にするとしよう。