155:不正な来訪者
「じゃあ、回収してもらうために連絡を入れる」
「お願いします」
ナインキュービック早指し大会の三回戦も佳境に入ってきている。
流石にここまで来るとどの試合も時間がかかるようになってきて、中々終わらないようだ。
と言うか、下手をしたら決勝とか、終わるのは日付を跨いだ先になるのでは?
うーん、過酷だ。
「よし、連絡完了」
まあ、それはそれとして。
昼食を乗せていた皿やらカートやらを回収してもらうべく、俺は連絡を入れる。
これで数分もすれば回収の人員がやってくるはずだ。
「ん? あー……」
そう、数分すればだ。
間違っても連絡して一分も経たずにやってくることはないし、やってきた人間が武装した四人組と言うのもおかしいし、人が居ない通路を走ってくるようなこともあり得ない。
「ヴィー。どうやらお客様みたいだ。俺の方で対応する」
「そうですか。あ、サタ、私の方にも連絡が来ました。外の裏でやっていた大捕物を受けた一部が一発逆転を狙って、私たちの方へ来るように誘導したとの事です」
「部屋のハッキングが行われていますね。何時でも扉は開けますし、ダミー映像も流してあります」
「あ、そんな事やってたんすね。じゃあ、一応ウチがフォローに入るっす」
うん、明らかに犯罪者だな。
と言うわけで、犯罪者たちがメモクシが管理している部屋の鍵を適度に苦労しつつ破らせてもらっている間に、俺が扉の前に立ち、ジョハリスが念の為に扉とヴィリジアニラの間に立つ。
当然ながらヴィリジアニラは既にブラスターを構えているし、俺の能力は開放済みで、メモクシも臨戦態勢だ。
うーん、誘われたにしても哀れな……。
「じゃ、処理する」
いや、犯罪者だし、哀れむ必要はないな。
それよりも俺が呼んでしまった回収の人たちが巻き込まれた方が悲しい事になる。
と言うわけで俺は自分から扉を開け……。
「よし、開いた……」
「詰み、チェックメイト、王手。どう呼んでもいいぞ」
「ぞ?」
部屋の扉と通路を塞ぐように俺の本体の腕を伸ばして取り囲む。
「な、なんだこれは!? 撃て! 撃てええぇぇ!!」
「チクショウどうなっていやがる!? 此処にいる貴族令嬢は警備が薄いんじゃなかったのか!?」
「なんだこの壁は!? シールド付与の上に強度が馬鹿げてやがる!?」
「磯臭い! なんかウニョウニョしている上に磯臭い!!」
「……」
最後の言葉にちょっとイラっと来たが、捕獲完了である。
と言うかなんだよ磯臭いって。
こちとら、消臭modまでつかって、身だしなみはきちんと整えているんですが?
本体含めて、完全な無臭ではないけれど一般的には匂わない程度の臭いしか出ないようにしているんですが?
誰が魚やプランクトンの死骸臭だ、この野郎。
墨吐くぞ。
「「「ーーーーー!?」」」
「なんだこの煙幕!?」
吐いといた。
これでmodを利用した装備は全滅です。
さて、後はどうやって制圧するかだが……。
「サタ。外から連絡が。制圧用の人員を用意したそうなので、そちらの指示に従って閉鎖を解除して欲しいとの事です」
「分かった」
いつの間にか近接戦闘による制圧を専門としているらしい部隊がやって来ていた。
と言うか、数日前に自在変形式総合演習場の5番で見たチェスト小隊だな。
全員の手に叩いた相手に電流を流して気絶させるショックバトンが握られている。
そして、スタングレネードの類も持っていると。
えーと、明示された方法は……はいはい、なるほど。
「では」
「ああ」
「感謝します」
「「「!?」」」
と言うわけで、墨を消した上で少しだけ足をずらして隙間を作り、そこから中へとチェスト小隊がスタングレネードを投げ込んで、再閉鎖。
ついでに遮音や対閃光のmodの壁も展開しておいて……爆発。
外には影響なしだが、これで中は酷い事になっているだろう。
で、俺が部屋の入り口を塞ぐ足以外を戻したところで、チェスト小隊が改めて制圧。
気絶している犯罪者たちを一斉に取り押さえる。
「サタとメモクシ以外は不要だったかもっすねぇ」
「そうかもしれませんね。とは言え、私とジョハリスは万が一への備えですから、そんなものです」
「まあ、それはそうっすね」
俺は本体の目とメモクシ経由のカメラ映像でチェスト小隊の動きを見ているが……うーん、実に手慣れている。
あの時アマチュアの試合に混ざっていたのは、完全に趣味の為だったんだな、この人たち。
「お手数をおかけいたしました。また後程事情をお伺いに来ると思いますので、その時はよろしくお願いします」
「分かりました。お勤めご苦労様です」
そうしてチェスト小隊たちは帰っていった。
痕跡は……何も残ってないな。
犯罪者たちがこの場に居たという事実ごと葬り去られる感じか。
その証拠に慌てた様子の回収業者が今更やってきている。
「申し訳ありませんお客様。こちらの不手際で回収が遅れてしまい……」
「大丈夫大丈夫。君はきちんと仕事をこなしている。何も問題はない」
「は、はあ……問題がなかったのであれば幸いでございますが……」
うーん、しかし、どんな方法で足止めをしていたのやら。
何も知らされていないっぽい。
とりあえず諜報部隊には、此処の施設の従業員に詫びをした方が良いと、後でヴィリジアニラに伝えてもらうか。
「それでは引き続き観戦をお楽しみくださいませ」
「ああ、ありがとう。昼食、とても美味しかった」
その後、何事もなくナインキュービック早指し大会は進んでいった。
優勝はヒューマンの男性で、頭脳戦専門の人造人間も、ナインキュービックに心血を捧げる機械知性も、並み居る強豪たちも、全員真正面から打ち破っての優勝だった。
なお、これは後に知った事だが、件の男性はあまりにも強すぎて、ここ数年のナインキュービック会では魔王扱いされているらしい。
人間の底知れなさが窺える話である。