153:二回戦と違反
「それにしてもクリーンな大会っすね。ナインキュービックと言うか、卓上競技だから、反則なんてしたくでも出来ないのは分かるっすけど」
ナインキュービックの早指し大会は一回戦を終えて、二回戦に移行している。
そんな中で、ジョハリスがふと思いついたように呟く。
「ジョハリス様。比較対象は何ですか?」
「昨日のレポート執筆中に垂れ流していた球技っすね。敵味方入り乱れている中で、相手の後頭部にわざとボールをぶつけた選手が退場処分を喰らってたっす」
「そう言えばありましたね。そんなことも」
「ふむ……なるほど」
反則か……まあ、肉体系の競技だと、試合内容によっては頭に血が上ってしまって、ついカッとなってやってしまう可能性はあるか。
ニリアニポッツ星系で行われるようなハイレベルの試合になると、そんな簡単に頭に血が上って我を失ってしまうような選手は殆ど出てこないんだけど、ゼロではないからな。
居る事自体はおかしくない。
それに、そこから反則の連鎖が始まっていないのなら……荒れた試合でもなく、普通の範疇だろう。
「ジョハリス様。ナインキュービックの大会でも反則自体はあり得ますよ」
「あれ、そうなんすか?」
「ええ。駒をハッキングしてあり得ない動きをさせるような振る舞いは不可能ですが、modも利用して外部からアドバイスを受ける、逆に賭けの対象として八百長をする。と言うのはあります」
「珍しいところだと……長期戦を前提として、エネルギーの供給modを使う事で、糖分不足による脳の働きの鈍化を起きないようにする。脳の働きを活性化させる薬剤を摂取して眠らないようにする、なんてのもありますね」
「へー、そんな反則があるんすね」
メモクシとヴィリジアニラがこの大会で起こり得る反則について話をしている。
ただまあ、どっちもあまり意味のある反則ではないな。
なにせだ。
「ええ。ですが意味は薄いです。まず、外部からのアドバイス程度で勝てるような勝負はこの次元の試合ではまずありません」
「言われてみればそうっすね」
外部からのアドバイスと言っても、最上位のアドバイスでもナインキュービック専門の機械知性ぐらいまで。
そして、この大会の上位陣は、そのレベルの機械知性とやり合えるか、場合によっては勝てる猛者揃い。
アドバイスがある程度で何とかなるような相手ではない。
「八百長にしても、選手生命を失ってまで得られる金銭が勝利で得られる金銭を上回るでしょうか?」
「そちらのパターンだと、むしろ脅されて、と言う話になりそうですよね」
「ああ、家族が人質とかって奴っすね。確かに八百長よりもそっちのがありそうっす」
八百長も意味は薄く。
わざと負けるならば、むしろ脅迫されている方があり得るだろう。
「エネルギーの供給modってどういう奴っすか?」
「サタ?」
「効果としては名称のままだぞ。詳しい仕様はmodごとに違うが、他の人間が得たエネルギーを対象の人物に送るって奴だな。ちなみに合法なのは、何かしらの理由で食事を摂れない上に、点滴のような方法が使えないとか、間に合わないとか、そう言う事情がある人に対してだけだな」
「流石はサタ様ですね」
エネルギー供給modは……まあ、特殊なmodではあるな。
胃腸を無くしてしまって再生治療を受けるのだが、点滴だけでは体が衰えてしまうので、それを防ぐためだとか。
機械知性が入っているアンドロイドが、きちんとしたエネルギー供給を受けられない状態で活動をするためとか。
基本的には、そう言う緊急時に間に合わせるためのmodだな。
なお、俺は人形の操作に当たって、エネルギー供給modの亜種を常時使っているのだが、これについてはセイリョー社に所属していたころに許可をきちんと取得しているため、合法である。
「それで薬剤ってのはどんなのっすか?」
「いわゆる覚醒剤ですね。つまり、シンプルに違法です」
「あ、はいっす」
俺は知っているので口を噤む。
ニリアニポッツ星系のSwの更新履歴から察する限り、ニリアニテック子爵とその一派が、その手の覚醒剤をばら撒いていた疑惑がある事を。
うん、一時期加えられて、後から外されて、と言うのを何度か繰り返している感じなんだよな。
Swの解析を出来る人間なんて殆ど居ないし、居ても個人では子爵家とやり合えなかっただろうしで見逃されてきたのだろうけど……黒いにもほどがある。
「ま、今回の大会に限っては、組織だった違反行為については考えなくてもいいと思うぞ。と言うか、今のニリアニポッツ星系の状況下でそんな事をやるだなんて、自殺行為と言ってもいい」
「ああ、周辺星系と帝星バニラシドから続々と応援が来ていたっすね」
「そうですね。諜報部隊は特に数が多いですし、粛清……まではいかなくても、内部の引き締めが図られているようです」
「ニリアニテック子爵家が関わっていた以上、ニリアニポッツ星系内に調べられない聖域などないのが現状です。もう数日ほどで一段落するかと」
なおこれは余談になるのだが、気晴らしに本体で会場周辺を眺めていると、決して少なくない数の怪しい露天商だとか、チンピラだとか、不審人物だとかが、見た目以上にガッチリ鍛えられている一般人に似た服装の人々によって制圧されている。
たぶん、私服警官、諜報部隊、休暇中の帝国軍人などなのだろうが……お仕事ご苦労様です。
此処で頑張っている貴方たちは厳しい処分の対象外だと思うので、安心してください。
さて、レポートは……何とか終わりが見え始めたな。