152:一回戦と観戦者たち
「ちょうど一回戦が始まったところのようですね」
「バチバチな感じっすねぇ」
「当然ですね。この大会はトーナメント形式、一度でも負けたらそれで終わりと考えたなら、初戦こそが正念場と言えますので」
「二回戦以降の為に出来るだけ早く自分の試合を終えたいという思いもありそうだな。俺でも分かるくらいの速攻編成も居るし」
さて、ナインキュービックの早指し大会は既に始まっている。
会場に用意されている32の盤に64人の選手が着き、先手と後手が定めて、自分の駒のセットが終わり次第、それぞれの対局を始めている。
それを見守る観客たちの行動は様々だ。
特定の選手を追いかけているファンならば、その選手の対局が見える席に着いて静かに見守っている。
面白い対局を探しているファンならば、立ち席で目の前の対局を見つつも、手元の情報端末で他の対局の様子も見て、時々場所を移動している。
ヴィリジアニラのように特別な立場にある人間ならば、警備都合もあって個室から眺める形になっている。
「そう言えばジョハリスはどれぐらいナインキュービックを出来るんだ?」
「暇な時にちょっと駒を弄るくらいっすね。つまりは基本的なルールと駒くらいしか分からないっす」
「なるほど、俺と同じようなものか」
「そうですか。では、私やメモと打ち合うのは厳しそうですね」
ちなみにだが、俺たちのいる部屋の眼下にある対局場所は、注目選手が対局する場所であると同時に、準決勝以降の対局が行われる場所でもあって……まあ、ぶっちゃけると特等席と言う奴である。
そんな場所なので、この特等席の部屋にはかなり立派なホログラム装置が付けられていて、会場各地の様子を目の前の事のように捉えられる仕様にもなっている。
今は……ヴィリジアニラの要望という事で、眼下の物も含めて10試合ほど同時並行的に映しているな。
「でも、解説を貰えれば理解は出来るっすよ。興味はあるし、ナインキュービックは頭の色々な部分を鍛えるにはちょうどいいっすから」
「なるほど。では、私に分かる範囲で解説してみましょうか」
「メモも手伝いします」
ジョハリスが求めたことで、ヴィリジアニラとメモクシが面白そうな状況になりつつある試合の解説を始める。
俺は……聞かなくてもいいか。
それよりもヘーキョモーリュの研究を進めないとなぁ……。
他にも細かいレポートが溜まっているし、安全圏と言えるこの場に居る間に少しずつでも減らしておかないと、負債が膨らんでいく。
と言うわけで、俺はヴィリジアニラたちに声をかけた上で、研究とレポートの方に専念する。
「やっぱり上手な人たちは基本の駒の動かし方からして上手っすね」
「そうですね。この位置に高速艦がある事で、コチラの駒たちが動けなくなっています」
「ですが、守っているばかりでは勝てません。と言うより負けますね。コロニー駒が稼働しています」
「え、この駒、実戦で使えるものだったんすか!?」
「これは……ああ、乗り込まれましたね。乗っ取られました」
「隠蔽駒で隠すように自動進行を……おまけに長距離射撃ですか」
うーん、ヘーキョモーリュの球根。
これの味は単純な味覚や嗅覚だけで反応してる感じじゃないな。
汚染と言うか臭いの広がりが人形から俺の本体へと伝わる事も考えると……あまり使いたい表現ではないけど、やっぱりこういう表現になるか。
と言うか、不思議な事にmodはほとんど含まれていない感じなんだよな、ヘーキョモーリュ。
「決着っす! 大逆転っすよ!」
「針の穴を通すように王を討ちましたね。いえ、もしかしなくても……」
「そうですね。このポイントに来るように誘導していたようです。彼女も分かってはいたようですが……逃げ切れませんでしたね」
「こっちは……うわ、えげつない盤面になってるっすね」
「コロニー駒を複数運用ですか。なるほど、速攻に失敗したようですね」
「この試合の見どころは序盤ですね。ヴィー様にとっても参考になるかと」
ヘーキョモーリュの数を増やすのは『セクシーミアズマ』の船内栽培所だけじゃなくて、エーテルスペースの中に簡易の栽培所を築いて繁殖させているが、後者はこれで大丈夫なのか?
今のところ生育には問題ないようだし、グログロベータ星系のSwを参考にして作った高速成長modも機能しているが、エーテルスペースの中はOSが違うからなぁ……機能に変な影響が出ないといいんだが。
うーん、次に行くシブラスミス星系が宇宙船を含む物づくり全般を得意とする星系だったはずだな。
となれば、そこで栽培室の一つでも注文するか。
「メモクシ」
「どうされましたか? サタ様」
「シブラスミス星系で頼みたいものがあるんだけど、諜報部隊の伝手とか頼って大丈夫か?」
「どういう物を頼むか次第ですね。仕様書をメモに送ってください。それと、サタ様個人でお使いになるものの場合、経費で落とせない可能性もあるのでご注意ください」
「分かった」
なお、シブラスミス星系に行くことは既に決まっている。
シブラスミス星系では、『セクシーミアズマ』の船内を皇帝陛下の庶子であるヴィリジアニラに相応しいものに改装すると言う作業が待っているからである。
そうでなくとも、ニリアニポッツ星系から帝星バニラシドへ向かう場合、最短距離にあるのがシブラスミス星系なので……行かない理由がないとも言える。
しかし、仕様書か……。
専門じゃないから、地道に調べて書くしかないな。
うーん、業務がまた積み重なっていく。
必要だから仕方がないとは言え、フリーライターの記事を書くことに専念したいなぁ。
糖分たっぷりのジュースを飲みつつ、俺はひたすらに手を動かしていた。