151:早指しナインキュービック
「今日はナインキュービックの大会を見に行きます」
「分かった」
「了解っす」
「では参りましょう」
俺が品評会に行った翌日。
今日はヴィリジアニラが見に行きたいという事で、ナインキュービックの大会を見に行くことになった。
どうやらナインキュービックが帝国軍の演習に用いられる事もあって、基地コロニーの一角で大会が開かれるらしい。
と言うわけで、もはや慣れた感じにトラムに乗って、大会が開催される場所まで移動する。
「大会日程から見る限り、今日行われるのは早指しの大会か?」
「ええ、その通りです。持ち時間はお互いに10分だけ。それが無くなれば10秒以内に次の手を打つことになります。ですから、決着がつくまでに早ければ30分ほど、長くても2時間はかからない程度ですね」
「ふむふむ。そしてそれを帝国各地から集まった64人の棋士でやる訳っすね。過酷な戦いになりそうっすねぇ」
「実際過酷です。優勝候補が一回戦、二回戦で強敵にぶつかって死力を尽くし、三回戦で倒れる。という事も普通にあるようですから」
今日行われるナインキュービックの大会は早指しと呼ばれる、テンポ重視の大会だな。
ただ、盤上競技の性質上、一回戦の開始時刻は決まっているが、二回戦以降の開始時刻は不定。
大会出場者が帝国各地から予選を突破して集まった人間であり、弱い打ち手なんて存在しない事も考えると……。
本当に過酷な戦いになるな。
うーん、どれぐらい過酷なのかを、なんとか想像できそうな範囲で例を出すなら……イナカイニやメーグリニアと言った宇宙怪獣とモドキたちとの六連戦か?
いや、mod関連のレポートをセイリョー社の社員相手に発表するのを、一日六本の方がイメージしやすそうか。
うん、あまりにも過酷過ぎて、胃がキュッとしてきた。
「へー、駒の組み合わせも事前に大会側に申請しておくんすね。となると相性ゲーで蹂躙なんてこともありそうっすね」
「お互いに相手が得意な戦術を調べていますし、時々そう言う事もありますね」
「ヴィー様に同意します。ただ、組み合わせは三種類まで申請しておけますし、盤上での配置は自由ですから、蹂躙と言えるほどになるのは稀でしょう」
なお、今更ながらに改めて説明しておくが。
ナインキュービックは9×9×9の盤をホログラムで表現した盤上遊戯の一種。
公式の物だけでも729種類存在する駒の中から27の駒を選び、自陣に配置し、基本的には自分の手番に一つの駒を選んで動かし、相手の大将駒を先に討った方が勝ちとなるゲームである。
そして、この場に居る面々のナインキュービックの腕前について話すのなら。
俺は本当に偶に嗜む程度。
ヴィリジアニラは趣味でやっているがかなりの上手。
メモクシは機械知性と言う時点で分かるように大得意。
ジョハリスは……此処まで話題にしたことはないが、ヴィリジアニラと楽しそうにしているのを見る辺り、少なくとも嫌いではなさそうだ。
とりあえず、見ていてつまらないなんて事にはならないだろう。
「ん? よく見たら参加者に人造人間も居るのか。それも製造から3年……まさかとは思うが、これって」
「ナインキュービック……いえ、正確には頭脳労働に特化した人造人間の方のようですね。違法性はありません」
「まあ、負けたら処分。なんてことをしてないなら合法か」
と、出場者名簿を見ていた俺は、出場者の中に人造人間が混じっている事に気づく。
メモクシ曰く、どうやら頭脳労働に特化させた人造人間であるらしい。
んー、まあ、人造人間の製造過程から考えて、そう言う特化型の人造人間を作る事は難しくないし、教育するのも問題はないか。
人造人間が造られる理由としてよく挙げられるものからズレてはいるが、待遇に問題が無ければ、確かに違法性は存在しないな。
「え、と言うか機械知性も出場しているんすか? これ、勝ち目有るんすか?」
「機械知性? うわ本当だ。メモクシ、どうなんだこれ」
「勿論合法ですよ。そこに名前があるのは、機械知性の中でもナインキュービックに特化した変わり者ですね。勝ち目については……大会が開けているという事からお察しください」
ジョハリスが示した相手は確かに機械知性だった。
普通、この手の知的競技に機械知性が参加する事は無いんだが……どうやら、この大会では許されているらしい。
そして、メモクシの言葉も合わせて考えると……普通の人間にも勝ち目があるという事か。
「勿論、最後の詰むか否かの場面で機械知性が誤る事は、確率系が絡まない限りはあり得ません」
「ああなるほど。逆に言えば、最後以外は機械知性と言えども読み切れるとは限らないのか」
「考えてみれば、700以上の駒からピックしてー、配置してー、動かしてーっすからね。定石はあるっすけど、それが全てでもない訳っすから、機械知性でも読み切るのは確かに無理っすか」
「そう言う事ですね。ですので、対機械知性の場合、実質的には中盤で終局になります」
うーん、この手の競技で機械知性に勝てるとは……人間の底知れなさを感じるな。
「さて、そろそろ駅に着きますね。席は周囲の一般客から隔離されたものになっているはずなので、今日はゆっくりと観戦しましょうか」
「だな」
「分かったっす」
「承りました」
さて、トラムが会場近くに到着。
俺たちは他のナインキュービックを見に来た観客たちから少し離れて、別の入り口から会場へと入っていった。