150:ヴィーから見た自称変なおっさん ※
本話はヴィー視点となっております。
「メモ」
「なんでしょうか、ヴィー様」
夜、『セクシーミアズマ』の船内にある私の部屋扱いになっている小部屋で、私は改めてサタが今日遭遇した自称変なおっさんについての資料を読みます。
そして、その上でメモに問いかけます。
「メモはこの自称変なおっさんについて、何か知っている事はないかしら?」
「……。申し訳ありません、ヴィー様。メモから話せる事は限られています」
一瞬の間に情報の制限がある事の明示。
なるほど、やはりと言うべきか、自称変なおっさんは相当の人物のようです。
機械知性のマザーに近い権限を有するはずのメモが、その正体について話せないとなれば……それこそ皇帝陛下にも比肩しうる権力者と見てもいいでしょう。
そんな人物は帝国内でも片手の指で数えられる程度にしか居ません。
「そうですか」
その上で、公に顔を出しておらず、サタが書いてくれた似顔絵と私の記憶にある人物たちとで重ならずともなれば……ほぼ断定は出来ます。
出来ますが……断定出来たところで何も出来ませんね。
あまりにも相手が強大過ぎますし、全くの無害ではないけれど、そんなものがどうでもよくなるほどに有益な存在ですから。
「ヴィー様。メモから言えるのは、その人物への対処は不要という事だけです」
「それは分かっています。むしろ考えるべきは、それほどの方がどうしてサタに接触してきて、怪しげな言動を見せ、ヘーキョモーリュと言う、つい最近発見されたばかりの植物を渡してきたのかでしょう」
偶然と言う線は捨てます。
私が想定している通りの人物なら、帝国軍の諜報部隊と研究班を合わせたくらいの情報網くらいは持っていても不思議ではない相手ですから。
そして、彼の組織の力を抜きにしても、サタに狙って会いに来ているように感じられます。
ですから、今日品評会でサタに出会ったのも、ヘーキョモーリュを渡したのも意図したことであり、ともなれば……ヘーキョモーリュを研究する事が、今後のサタにとって何か有益なものをもたらす、ぐらいはありそうですね。
尤も、それならそれで、産出地であるモリュフレグラー星系でもまだ知られていないであろうヘーキョモーリュの性質をどうして詳細に知っているのかと言うツッコミどころがあるわけですけど……それも私が想像している通りの人物なら何とかなってしまいそうな気がします。
「ヘーキョモーリュについてはヴィー様はどう思いますか? メモとしては花はともかく球根の方は近寄りがたいと感じたのですが」
「私としては花も球根もそれほど忌避するような匂いはしませんでしたね。わざわざ食べたいとも思いませんでしたが。それと。サタ曰く、焼いた球根はこの世のものとは思えない味がして、もう一度食べたくない。でしたか」
「そう言っていましたね」
「何かしら特殊な花なのは間違いないと思います。そして、表に出ている以上に有益な作用もあるのでしょう。けれどそれ以上はサタか……セイリョー社が調べ上げるのを待つしかありませんね。私たちは専門家ではありませんから」
ヘーキョモーリュの性質については私は気にしません。
こう言うのは専門家に任せる方が早いですから。
品評会への持ち出しが許可されたあたり、育成には特別なmod、Sw、環境を必要とせず、その場にあるだけで害をもたらすようなものではない。
此処まで分かっていれば十分です。
ただ、サタの研究は急がせておきましょう。
先述の通り、何かしらの意図があって渡したと考えるべきでしょうから。
「今日のサタの行動とそれに関連する事柄についてはこれくらいにしておきましょう。メモ、イナカイニ事件については?」
「捜査自体は順調に進んでいるようです。ですが、ニリアニテック子爵と言うニリアニポッツ星系の根幹に関わると言ってもいい家が、家ぐるみで動いていたこともあり、捜査する場所がただひたすらに多いようです」
「つまり、大捕物になっているわけね」
「はい。事態を重く見て、帝星バニラシド及び周辺星系から、帝国軍、諜報部隊、警察の援護要員も入り始めています。最速ならば、今日から活動を始めているかと」
「当然の流れね」
私はイナカイニ事件……異端の機械知性にして宇宙怪獣モドキになったイナカイニが起こした事件及び、ニリアニテック子爵家が長年にわたってニリアニポッツ星系内で行ってきた犯罪についてまとめた資料を見ます。
現状の資料から読み取る限りでは。
イナカイニについては、資料の大半が破壊されていてはっきりとしない部分が多いですが、一年ほど前から、ニリアニテック子爵に仕えていた節があるとの事。
ニリアニテック子爵家は、数十年前から何者かから教わったらしい不和の毒を密かに撒いていて、最終的にはニリアニポッツ星系を統治する伯爵家の地位の簒奪を目論んでいた形跡があり。
『黒の根』をはじめとする各種犯罪組織の影があり、それらと、関係者の一斉摘発が始まっている。
と言うのが現状でしょうか。
分からないのは……。
イナカイニが何処から出て来たのか。
ニリアニテック子爵に不和の毒の撒き方を教えたのは誰なのか。
イナカイニもニリアニテック子爵も切り捨てて逃げ出したのは誰なのか。
この辺りでしょうか。
ただ、この誰かが恐れた相手は何となく分かります。
ほぼ間違いなく、サタが出会った自称変なおっさんでしょう。
あの人物が私の想像通りなら……本当に成人資格証の発行機関の長を務めている人間であるなら、それほど恐れるのも分かります。
それだけの力を持っていると断言できる存在なのですから。
尤も、現状からも窺える通り、分かっているのに帝国に協力しないと言う問題人物でもあるわけですが。
「ヴィー様。今日はこれくらいにしておきましょう。明日からはまた視察と囮役です」
「そうですね。これくらいしておきましょう」
これ以上は考えても仕方がない事でしょう。
私は思考を切り上げて眠る事にしました。
あくまでもヴィリジアニラ視点での推察です。
この点にご注意ください。