148:自称変なおっさん
「消臭modに熱操作modか。加えて遮音mod、読唇術対策の光学偽装mod、ついでに万が一の鎮火用modと……簡単には読み取れないようにするための偽装mod。どれもが軍用かつハイグレードで、おまけに専用の場所でもないのにコロニー内で火の点いた炭を使う許可。貴方は本当に何処の何者で?」
自称おっさんに近づいて、その境界を超えた時点で、俺は自分が間違っても敵に回してはいけない相手を目の前にしているのだと理解した。
なにせ、この場を維持するのに使われているmodはどれも軍用かつグレード10相当。
つまりは、ヴィリジアニラでもそう簡単には揃えられないようなmodばかりが使われているからだ。
俺のこの判断が誤りと言う可能性はない。
指だけでなく舌でも判定したからだ。
「ただのおっさんだよ。こういう新しいものへの興味が尽きないだけのおっさんだ」
こんなものを揃えられるのは……最低でも帝室か公爵の当主、あるいは帝国全土に手を広げている大企業の社長、帝国軍のトップ、それくらいだろうか。
だが、ヴィリジアニラとの付き合いに、フリーライターとしての業務都合、それと各種ニュースで流れてくる映像で、ある程度それらの人物の顔を知っているが……こんな特徴的な水色の髪に紫色の瞳を持った青年に覚えはない。
「ほら、焼ける様からじっくりと見ていこう。何処に発見できるか否かの境界があるか分からないのが世の中と言うものだ」
「それは確かにそうかもしれませんが……分かりました。見ます」
幸いなのは……この自称おっさん、正体不明実力不明ではあっても、現状見える範囲では善良でマトモな人間と言うところか。
普通に対応すれば、たぶん問題はないはずだ、たぶん。
きっとそう。
うん、そう信じるしかない。
「うっ、凄い臭いですね」
「そうだねぇ。だが体に良さそうな匂いではある」
「いや、どちらかと言えば食べてはいけない感じの臭いなんですが……」
頭を切り替えよう。
今は目の前の炭火焼ヘーキョモーリュだ。
領域に入った時点で感じたのは、スッキリとしたヘーキョモーリュの花の匂い。
その球根部分が焼かれ始めて漂ってきたのは、染みるような、焦げ臭いような、苦くて渋い感じの臭いだ。
あまり、食べ物から漂って欲しくはない臭いだな。
「うん、いい感じに焼けた。モグモグ……うーん、程よい苦味で体に良さそうな感じだ」
自称おっさんが良い感じに焼けたヘーキョモーリュの球根を食べる。
その姿を見ながら、ヘーキョモーリュには強力な毒性はなく、胃腸関係の薬効があると言う説明を思い出す。
その説明通りなら、まあ、最悪でも腹を壊す程度で済むし、いざとなれば体を乗り換えれば大丈夫だろう。
「ほら君も食べてみるといい」
「ではいただきます」
俺はヘーキョモーリュの球根を口に運ぶ。
そして、口の中に入った球根を歯で噛み切って……。
「~~~~~~~!?」
悶絶した。
「はははははっ、少年にはまだまだ早い味だったかな? 六歳児だもんなぁ、君は」
口の中に苦味、渋味、えぐみ。金属臭、焦げ臭さ、酸っぱさ、辛さ、臭さ、その他諸々食べ物から漂って欲しくはない味を筆頭として、今すぐにでも吐き捨ててしまいたいような味がする。
目尻から涙が漏れて、手足が痺れるような感覚がする。
「いやはや、これは解脱味とでも呼べばいいのかなぁ。魂に染み入るような味だ」
何が、何がどうなっている!?
悶絶している俺から切り離すように、出来るだけ冷静に分析してみる。
体に異常はない。
味覚は正常に働いていて、そこから送られるシグナルを分析すれば、多少苦くて焦げ臭いかもだが、マトモな味になるはずだった。
なのに異常な味がする。
おまけに、その異常な味はエーテルスペースに待機させているサブの人形たちに加えて、俺の本体にまで及び始めている。
これは一体どういうことだ!?
「ふぅ……うぐぅ……ぎゅううぅ……水ぅ……」
「おお、頑張ったね。食べきるとは」
それでも何とか口に収めた分は胃に送り込み……俺は直ぐに『セクシーミアズマ』の船内から適当な飲み物を持ってきて、飲み、口の中を奇麗にする。
ああ、だいぶマシにはなった。
なったが……。
「よくあんなものを平然と食べられますね」
「それは少し違う。私は君のような味を感じていないし、私以外の普通の人間も君のような味を感じていない」
「は? 俺は味覚異常では……」
「劣ると言う意味では異常では無いだろうね。鋭いと言うか、普通ではないものまで感じ取れていると言う意味では異常かもしれないが」
「……」
本当に何者だ、この自称おっさん。
俺の正体を把握しているのか?
把握してそうだな。
なんかそんな感じがする。
「何故君にとっては酷い味がしたのか、何処にどう作用して酷い味になったのか、興味があるのなら調べてみるといい。こういう不思議なものを調べることによって得られる知見は、君を強くする。そしてそれは、君が守りたいものを守る事に繋がり、見たいものを見ることに繋がるだろう」
「……」
つまりヘーキョモーリュには未知なる何かがある、と。
それはそれとしてだ。
「本当に貴方様は何者ですか? どう考えてもマトモな人間じゃない。なのに異なるOSも悪意も感じない」
この自称おっさん、もはや人間かどうかも怪しい。
だが、『バニラOS』以外の気配は感じないから、宇宙怪獣と言う感じはしない。
悪意も感じられず、善意……いや、導き手のような気配を感じるな。
訳が分からない。
「この場では私はおっさんとしか名乗らない。ああ、変な、と頭に付けてもいいか」
「……」
「まあ、その内にまた会う事になるから心配は要らない。それでは御機嫌よう、帝蘭の法に恭順せし善良なる宇宙怪獣のサタ・セーテクス君」
「っ!?」
俺は驚いた。
俺の正体を自称変なおっさんが言い当てたからではない。
一瞬にしてこの場から消え失せたからだ。
転移……ではあるのだろうが、予兆も残滓も一切感じられなかった。
まるで、隣近所にでも散歩にでも出かけるような気軽さで、自称変なおっさんの姿はこの場から消えてしまった。
そして消えたのは自称変なおっさんだけではない。
七輪も、炭も、各種modも、ヘーキョモーリュの匂いも消えて、残されたのは俺へのプレゼントらしいヘーキョモーリュの球根1ダースだけだった。
「ええっ……本当に何ものだよ……と言うか、これ本当に貰っていいものなのか……」
なお、その後にモリュフレグラー星系ブースの人に自称変なおっさんについて尋ねたところ、誰もがそんな人は見かけていないとの返答だった。
本当に訳が分からないというか……もはやホラーの領域だった。
そして、こんな事があっては会場に留まる気持ちにもなれなかったため、俺は『セクシーミアズマ』の船内に戻ったのだった。




