146:ンホホホパーダ
本日は三話更新になります。
コチラは二話目です。
「マジか……」
近づいていくことで理解した。
なるほど、此処にあるのは珍品の中でもゲテモノに属するものである、と。
ブースを出している星系の名前はンホホホパーダ星系。
情報端末を使って調べても碌にデータが出てこなかったのだが……どうやらあまり評判がいい星系ではないようだ。
犯罪が多いと言う意味ではなく、普通に食べられるものが殆ど無いと言う意味で。
噂レベルでしか情報を仕入れることは出来なかったが、星系内で生産される食糧のほぼ全てがそのままでは有毒で、一週間以上の発酵を挟まないと食べられないそうなのだ。
「消臭mod込みでこの臭いだと……!?」
そう、発酵だ。
全ての発酵が臭いを伴うわけではないし、匂うにしても臭いと言う評価になるとも限らない。
だが、ンホホホパーダ星系のブースからは、一般的な発酵臭に似た、腐敗臭にも近く、けれど嗅いだことがないような部類の臭いが漂ってきている。
ブース周りに設置されている消臭modの境界を超えて来てだ。
理屈は分かる。
空気中に漂っている匂いの分子は消臭modによって止められているし、出ていく人の体の表面に付いている匂いも同様だろう。
だが、中で試食し、胃に収め、胃から立ち上ってくる香気まで止められる消臭modは存在しない。
その香気によって周囲へ匂いが撒かれているようだ。
勿論、口臭を消すためのmodもまた別に用意されており、誰もが使っているのだが……ブースを出てから口臭消しまでの僅かな間の呼吸、あるいは口臭消しを使わない極一部の人間が出す香気だけでも、十分匂っているようだ。
「ふふっ、いいだろう。俺ならば最悪でも体を破棄すればいいだけの事よ!」
恐ろしい、いったいどれほどの濃さの匂いならば、これほどの匂いをまき散らせるのか。
俺は背中に僅かだが湿り気を覚えつつも、ブースの中に入っていく。
なお、俺の嗅覚は一般的な人間よりも優れている事は今更ながらに明記しておく。
なので、周囲の人間が忌避する事はあっても、排斥まではされていないのが、この場の実情である。
「いらっしゃいませー」
そうして俺は足を踏み入れ……。
「 」
しばし意識が真っ白になった。
あまりにも強烈な臭いだったために。
「……? ああ。大丈夫ですか? 感覚が鋭い方だと、目に染みるとか、色々あるらしいんで」
「はっ!? あ、はい、大丈夫です。慣れました」
どうやら人形が許容できる範囲を超えたために、嗅覚を通して感覚全体がホワイトアウトしてしまったようだ。
とりあえず人形の感覚を調整。
耐えられるようにした。
「えーと、おススメの商品はなんですか?」
「イチオシはこちらですね、『ンホホホ漬け』。原材料及び加工過程はこちらにあります」
「ふむふむ」
えーと、ンホホホ漬け。
ンホホホパーダ星系にある惑星ンホホホパーダ1の惑星上で取れる36種の材料……肉、魚、卵、野菜、果物、などなどを賽の目切りにした上でよく混ぜ、特殊なケースに入れ、宇宙空間で一か月ほど発酵させることによって出来上がる漬物との事。
ンホホホパーダ星系では一般的な漬物であるが、材料と発酵環境の特殊性から、独特の臭いを醸し出すようになっているらしい。
どうやら、このブースの臭いの殆どは、この漬物が原因であるらしい。
なお、原材料になっている36種の材料は、いずれもそのまま食べるとお腹を壊す程度には有毒である。
他に食べるものがなかったからなのだろうけど、よくこんなものを作り上げたものである。
「試食もございますよ」
「なるほど。では一口」
まあ、それはそれとして食べてみよう。
見た目は……うーん、ドロッとしていて、でも原型を保っている部分もあって、色は白っぽい黄色であり……人によってはこの時点で躊躇いそうだな。
「こ、これは……」
だが俺は行く。
食事関係の記事を書いている人間として、食わないで語ることなど許されないからだ!
試食用の一匙分を口へと運び、半端に固形な部分を噛み締め、口の中に広がっていく香気の一部を鼻へと届かせつつ舌で味わうのだ。
「美味い!?」
美味しかった。
肝心の味は不思議な感覚であるのだけれど、美味しかった。
独特と言う言葉では足りないような匂いを突き抜けた先に確かなうま味、甘味、塩味があり、それらを下地として原材料たちがハーモニーを奏で、歌い、踊り狂っている。
どことなく邪教の祝祭のような雰囲気は漂わせているが、とにかくこちらの味覚と嗅覚をいい意味で楽しませてくれている事には間違いない。
「ええ、美味しいんですよ。この匂いのせいで嫌厭されてしまうのですが、味自体は一級品であると自負しています。そして栄養価も極めて高く、吸収性も同様です。本当にただ匂うのが問題なんですよ」
「あ、うん。臭いだけじゃなくて、食感とか見た目の問題もあるんじゃないかなぁ。と、個人的には思う」
「え?」
「うん」
「そうなんです?」
「そうなんです。人の好みにもよるでしょうけど。後、自覚されている通りに臭いはきついです」
まあ、それでもなお、評価はゲテモノ分類にせざるを得ないのだが。
そのキツイ臭いとか、半端に溶けた見た目とか、嫌な感じにグニュリとしてる食感とか、味は良くても……うん、人は選ぶと思います。
最大限に気を使った表現ですが。
「そうなのですか……。あ、お買い上げはどうします?」
「匂いがきつくないのあります?」
「でしたら、コチラのンホホホパーダ星系特有の生物であるンホホホフェオフェオーの熟成ベーコンをどうぞ」
「ありがとうございます」
と言うわけで、ンホホホフェオフェオーと言う奇妙な生物の熟成ベーコンを買って退散する事にした。
そして人目に付かないところで、体は換えた。
なお、これは余談になるのだが。
ンホホホ漬け自体に消臭modを使っても効果はなく、匂いが発生しないように調整した発酵では味が悪く、指定された大きさの賽の目切りで無いと発酵そのものが上手くいかないとかで……。
ンホホホパーダ星系の住民の努力の結晶ではあるのだが、中々に難儀な代物でもあるらしい。
味は良いだけに残念な話である。
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