144:レポートヘル
「レポートが終わらないっすー。『異水鏡』のノイズ除去をどうやっているかなんてウチにしか書けないのは分かるけど、根掘り葉掘り過ぎっすよー」
「レポートが終わりません……今回の事件で私が何を見たのか、どこでどう判断したのか……後の事情聴取は楽になるのかもしれませんが、書いていい事といけない事が色々と……」
「レポートが終わらない。Sw関係はひとまず終わったが、イナカイニの使っていたmodまでどうして俺のレポート範疇になるんだ……他のレポートもあるし……」
「皆様大変ですね。ですが頑張ってくださいとしか言えませんね」
翌日。
俺たち……いや、メモクシ以外の三人は揃って『セクシーミアズマ』の船内で唸っていた。
理由は言うまでもなく、今回の事件周りのレポートがとにかく多いからだ。
なお、レポートそのものはメモクシにも課されていたわけだが……。
「こういう時に機械知性は羨ましいっすよね。自分の中でソフトを起動して、誤字脱字なしの思考をそのまま書き出せるっすから」
「そうですね。羨ましいならジョハリス様も如何でしょうか? 思考読み取り執筆ソフトはお安いものもありますよ」
「煽りっすか? 煽りっすね。その手の執筆ソフトって結局は文脈調整や誤用確認で手間取られて、普通に執筆するのと変わらない時間がかかるって知っているんすよ……!」
「そうですね。あの手のは便利そうで案外不便です。ものによっては読み取り精度が悪かったり、記憶を盗み取るためのソフトだったりもしますし」
「二人は使えるだけマシだろ。俺なんて宇宙怪獣だから、そもそもその手のはソフトでもmodでも非対応だ。地道に書くしかない」
「ふふふふふ、皆様大変ですね。ではメモは邪魔をしないためにも、お茶と軽食の準備でもしていましょうか」
流石は機械知性と言うべきか、メモクシは自分に課されていた分の仕事を既に終えている。
ちなみにメモクシの機嫌が良いのは、今回の仕事の報酬として。自分のバックアップを一機増やすことを認められたかららしい。
なお、此処で言うバックアップとは内部の記憶媒体に作っておくものではなく、外部の記憶媒体で作っておくものであり、実質的には新たな機械知性を一機生み出すようなものと言える。
多様性や有機社会への理解と言った観点から、そう言うバックアップは本来認められないものなんだが……庶子とは言え帝室の一員であるヴィリジアニラに付けられているだけあって、やはりメモクシはかなり特殊……準マザーくらいの位置にある機械知性のようだ。
「う~、気分転換するっすよ。サタ、結局ニリアニテック子爵の家はSwを調整する家と言う立場を悪用して、どんな事をしていたんすか?」
「それ、気分転換になりますか? 話自体は私も気になりますが」
「悪いが、俺の立ち位置からじゃ、具体的に何をしていたのかは分からないぞ。状況証拠からおおよその想像は付くが」
全員のレポートを打つ手が一時的に止まる。
うん、休憩がてら、少し話をするか。
「知っての通り、ニリアニポッツ星系のSwは特定の分子に反応して発光すると言うものだ。で、この光と言うのは、それぞれの分子ごとに異なる波長の光を出すようになっている」
「ふむふむっす」
「さりげなく、サタが任意の分子を作れるようになってますね」
「まあ、毒生成の応用だな」
俺の右手の指の間で三色の光が発せられる。
「で、光と言うのは波だ。そして、普通の光がどうかは知らないが、Swと言うmodを利用して作られたこの光は、波を打ち消し合うように色々と調整すると……」
「おー、だいぶ光が薄くなったっすね」
そして、光と光を合わせると……どうしてか、色が極めて薄くなっていき、分からなくなっていく。
「なるほど。サタでこれならば……」
「そうだな。俺が数日研究しただけでここまで薄められたなら、専門家と言うか生みの親であるニリアニテック子爵家なら、完全に消すことも可能だと思う」
そうして俺の手はぼんやりと光る状態になった。
この状態でも、明るい場所でなら一見してそうだとは気づかないかもしれないな。
「だからまあ、俺の想像としては……完全に消える組み合わせ、完全ではないが消える組み合わせに光量を調整できるmod、この辺りをニリアニテック子爵は裏……『黒の根』経由で扱っていたんじゃないかなとは思ってる」
「なるほど大問題っすね。明らかに怪しい記録なら念入りな調査も入るっすけど、そうでないなら手も緩くなると思うっすから、色々な競技の選手と管理者どころか、ドーピング検査をしている人員にまで疑惑が入り込んでくるっすよ」
「ええ、大問題です。私たちの手に負えるような話ではありません。ですから私たちはこの件については深く関わらない事を決めました。帝星バニラシド、ニリアニポッツ星系、両方の諜報部隊が協力して事に当たるべき案件ですから」
「ヴィー様の判断は賢明なものだと思います。メモたちでは幾つ命があっても足りない話になりかねません」
とまあ、俺が見つけた組み合わせだけでも大問題な話なのだ、これは。
冗談抜きにニリアニポッツ星系全体の存続に関わりかねない。
なので、俺もヴィリジアニラの判断を尊重する。
どれだけの敵が発生するか分かったものじゃないからな。
なお、後にヴィリジアニラ経由で聞こえてきた話だが、ニリアニテック子爵家は本当に俺の予想通りの事をしていたらしい。
正確に言えば、俺の予想よりも数段あくどい事と言うべきかもしれないが。
そして、最終的にはニリアニポッツ星系を治める地位も狙っていたと言うそうだから……どうやら、今回の事件は裏では結構な大事になったようだ。
ちなみに俺の分のレポートは、どうにか一区切りがついた。
本年最後の投稿となります。
今年一年ありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。
良いお年を!