142:不可解なるもの
「戻ったぞ、と」
「お疲れ様です。サタ」
最終的に、俺は新しい人形を『セクシーミアズマ』の船内に戻し、イナカイニにトドメを刺した人形についてはエーテルスペースの方で詳しく調査する事にした。
まあ、影響は殆ど受けていないはずなので、調べても分かる事はないだろうけども。
「ただいま戻りました。ヴィー様」
「お帰りなさい、メモ」
と、ここでメモクシも意識を戻してきた。
イナカイニとの戦闘中はヴィリジアニラ経由で俺がアクセスを禁じていたはずで、戦闘が終わった今はイナカイニからのサルベージと関係各所への調査をしているはずだが……。
いや、メモクシはヴィリジアニラの配下で、調査はニリアニポッツ星系に所属する帝国軍、諜報部隊、機械知性の仕事だから、これ以上は手を貸さない方がいいと判断して戻ってきたのかもな。
「基地コロニーのドックへ戻るための自動航行を設定し終えたっす。これで一安心っすかね?」
「そうですね。ジョハリスの言う通り、一段落は付いたと思います」
ジョハリスもやってきた。
ちなみにだが、俺が惑星ニリアニポッツ1にある拠点前へ転移して間もなく、『セクシーミアズマ』は基地コロニーから少し離れた場所で待機するようにしていた。
これは何かがあった時に直ぐに離脱を図れるようにするなど、様々な方面から安全を考えた時にこちらの方が良いと判断しての事である。
「では、それぞれの得た情報を一度共有しておきましょうか」
「分かった」
「分かりました」
「分かったっす」
さて、とりあえずの脅威は去った。
と言うわけで、俺は気分を良くするために、基本は黒いがよく見ると微かに虹色に光る炭酸ジュースを飲みつつ、イナカイニとの戦闘について語った。
「そうですか。帝国軍の将軍からはこのような話がありました」
続けてヴィリジアニラも、俺がイナカイニを倒した後にあった帝国軍の将軍とした話を口にした。
うん、概ね同意だな。
これほどあっさり宇宙怪獣モドキを作れるのなら、帝国中に同時多発的に出現させれば、幾らでも被害は出せる。
なのに黒幕がそれをやらないのは、それをやると利益にならないか、やったら黒幕まで一気に詰められるような何かが帝国に居るからだろう。
ただまあ……。
「期待はするべきじゃないな。今なお動かない時点で味方か怪しいし」
「同意します。少なくとも性格は善良とは間違っても言えない部類でしょう」
「悪の組織A対悪の組織Bのパターンも考えておくぐらいでちょうどいいと思うっす」
「そうですね。居るのはほぼ間違いなくても、頼れないのは確実。それならば、これまで通りに私たちが対処できる範囲は私たちで対処しましょう」
その何かは信用ならない。
と言うのが、俺たちの満場一致した結論である。
「では続けてメモから。ニリアニテック子爵の残したデータの調査には少なくとも数日はかかる見通しです。また、異端の機械知性イナカイニが宇宙怪獣モドキになった際にデータが復旧不可能な形で損壊したらしく、イナカイニが居た拠点から情報を得るのは絶望的との事です」
三番手はメモクシからの情報。
イナカイニからの情報収集は無理、か。
まあ、これについては仕方がないのだろうな。
ちなみにメモクシ曰く、俺があそこで割り込んで、イナカイニと他の機械知性たちの接続をカットしていなければ、少なくとも数人の機械知性は洗脳され、デリートしないわけにはいかない状態になっていたらしい。
なんでも、演算能力だけならイナカイニは機械知性のマザーに匹敵するものがあったそうだ。
なので、今後変な軍人や諜報部隊から今回の件で絡まれた時には、機械知性たちから全力の援護があるとの事。
うん、心配しなくてもいいという事だけ覚えておこう。
「ところでサタ様。サタ様はニリアニポッツ星系のSwを研究していたはずですね」
「ん? ああ。そうだな。完璧には程遠いし、性質上表に出せないし、俺のレポート抜きでもニリアニテック子爵家自体無くなりそうな感じだから、正直もう執筆を止めていい気もするが……あるぞ。それがどうした?」
「ニリアニテック子爵家の持つ怪しいデータの一部にかかっている錠を外す鍵として、そのデータが必要そうなのです。後で送っていただけますか?」
「なるほど、パスワードか何かに使われていたのか。じゃあ、後で送っておく」
作っててよかった、ニリアニポッツ星系のレポート、と言うところか?
合っているとも限らないから、過度な信用はしないで欲しいと但し書きは付けておこう。
「そう言えば、ふと疑問に思ったんすけど……例の黒幕って宇宙怪獣なんすかね? そうでないとOSが違う生物にしたりとか、空間跳躍とか、そんなポンポンできるようなものじゃないっすよね?」
「そうですね……どう思いますか? サタ」
「分からない。分からないが……普通の人間である可能性よりは高い気がする」
「じゃあ、なんで『異水鏡』に反応しなかったんすかね?」
「「「……」」」
最後にジョハリスからの疑問が提示され……はっきり言えば、これは爆弾だった。
「ジョハリス、メモ。今すぐに『異水鏡』の展開を!」
「わ、分かったっす!」
「かしこまりました」
「サタ。これまでのデータの再チェックを! 私も手伝います!」
「もう始めてる! ちょっと待て、折角だから、俺が空間跳躍をした際のデータもついでに回収するぞ。類似データが何処かで引っ掛かるかもしれない」
全員が直ぐに動き出し、解析を始め……それは見つかった。
「『異水鏡』を展開していたタイミングでは居なかったという事っすかね……?」
「いや、俺の転移もそうだが、イナカイニを宇宙怪獣モドキにする時の空間跳躍の残滓が残ってる。つまり、きちんと解析すれば、『異水鏡』は宇宙怪獣が居た痕跡も短時間なら探れる」
「では黒幕は宇宙怪獣ではない?」
「いえ、ジョハリスがノイズ除去を行う前のデータに微かにですが違和感があります。サタ、仮にですが『バニラOS』に酷似したOSを持つ宇宙怪獣が居た場合、『異水鏡』はどう反応すると思いますか?」
「その場合はかなり薄い反応になる。『異水鏡』は異なるOSを見つけ出すためのmodであり機械だからな。くそ、悔しいが、俺たちが持つ携帯版では精度に限度があるからな……」
「ですが、これで一つ確定しました」
黒幕の正体の一端だ。
「宇宙怪獣モドキを生み出している黒幕は『バニラOS』に酷似したOSを保有している宇宙怪獣です。それもこれまでの状況から判断するに、外見が人間に酷似しているか、サタのように人間社会に溶け込む方法を持っていると考えられます」
俺たちはヴィリジアニラの言葉に頷く。
そして、引き続き『異水鏡』によって可能な限りデータを探ろうとしたが……残念ながら、これ以上に探る事は叶わなかった。
12/29誤字訂正