141:黒幕が恐れているもの ※
本話はヴィー視点となっております。
『ヴィー。俺だ。イナカイニの討伐に成功した』
「分かりました。念のために対洗脳ダミーを展開し、安全を確認してから引き継ぎの人員を送るので、サタはもう少し待ってください」
髪飾りからサタの声がします。
どうやら無事に異端の機械知性にして宇宙怪獣モドキとなったイナカイニの討伐は出来たようです。
ただ、イナカイニが洗脳能力持ちであると言う疑惑があるため、此処からの対処も気を付ける必要があります。
私はサタにその場で待つように指示しつつ、ジョハリスにもハンドサインで、帝国軍に対洗脳攻撃を意識しつつ事を進めるように連絡します。
『分かった。大丈夫だとは思うが、俺自身についても自己診断用のmodを流しておく』
「……。あるんですか? そんなものが」
『? 自分の体調を客観的に確認する術は色々な実験をするのに必要だろ?』
「それは……そうですね。あ、どのようなmodなのかは後でこちらにも送ってください。サタの精神の健全性を保証する事に繋がりますから」
『分かった』
それと、万が一を考えてサタの検査をしようと考えたのですが……。
流石と言うべきか、これもセイリョー社の教育の賜物なのか、自己診断用のmodを既に使っているようです。
OSが違う事による効きの悪さや、他にも講じている防御策の事も考えれば、サタが洗脳されている可能性は極めて低いと言えるでしょう。
それでも……そうですね、念のために一つ質問をしておきましょうか。
「今回はお疲れさまでした。ただこれでまた……レポートが増えそうですね」
『今ここでそれは憂鬱になるから勘弁してくれ……精神の一貫性を見るためだってのは分かるけども……』
「大丈夫そうで何よりです。と、準備が完了したようなので、秒間1%程度の速さで封鎖を解除してください」
『分かった』
レポートを嫌がりましたね。
でも書くのを止める気はない、と。
では大丈夫そうですね。
「ヴィー様。帝国軍の将軍から、通信での面会を求められているっす」
「分かりました。今出ます。報告を求めていると言うところですかね?」
「たぶん、そうっすね。出すっすよ」
ここでジョハリスがモニターを操作して、今回の作戦指揮を執っている帝国軍の将軍の顔がモニターに映し出されます。
『ヴィリジアニラ様。この度は多大なる協力、ありがとうございます。帝国軍を代表して、感謝の意を伝えさせていただきます』
「ありがとうございます。ですが、作戦の成功は帝国軍の皆様と機械知性の方々の力もあっての事です。ですので、私からも感謝の意を作戦参加者の皆様に伝えさせていただきます」
まずは軽い挨拶を。
全てが終わったわけではありませんので、油断など全くできませんが、それでもお互いの称賛は早めに済ませておいた方が都合がいいものです。
「それで将軍。本題は?」
『……。ヴィリジアニラ様。異端の機械知性にして宇宙怪獣モドキになったイナカイニの裏に何者が居ると思いますか?』
「……」
さて、どう答えたものでしょうか?
なにせ、相手は形どころか影すら見えていない。
なので、何を言うにしても憶測にしかなりません。
そんな話を将軍相手にすると言うのは……どうなのでしょうか?
ただそれでも言えることはあります。
「並大抵の相手でない事は間違いないでしょう。ニリアニテック子爵も、宇宙怪獣モドキとなったイナカイニも切り捨てて、自分の存在を隠すことを選べるような者なのですから」
『そうですな。並大抵の相手でない事については、コチラとしても同意するところです。ただヴィリジアニラ様、一つよいですか?』
「なんでしょうか?」
『ヴィリジアニラ様……正確に言えば、ヴィリジアニラ様がお連れしている宇宙怪獣殿の助力が無ければ、我々ニリアニポッツ星系所属の帝国軍は壊滅していた。いや、ニリアニポッツ星系全体が滅んでいた可能性も否定できません。つまり、切り捨てられたのはニリアニテック子爵までです』
「……。言われてみればそうですね。申し訳ありません。サタが対処できるのも、勝つのも当然と捉えていました」
『いえいえ』
将軍の言葉に私は少し認識を切り替えます。
言われてみれば確かに、イナカイニは切り捨てたと言うには強力過ぎる手札でしたね。
もしもサタが居なかった場合や、対処が出来ていなかった場合を考えたら、大惨事と言うレベルでは済まなかった可能性もあるぐらいには。
『しかし、初期対応を間違えれば一つの星系を容易く滅ぼせるような宇宙怪獣モドキがこんなあっさりと出現するとは……生み出しているものは何を恐れているのでしょうな?』
「恐れているとは?」
『そのままの意味です。現状では相手は何故か戦力を小出しにし、自身は観測されないように立ち回っている。ですが、これまでヴィリジアニラ殿が遭遇した宇宙怪獣モドキが一つの星系で同時に出現したらどうなりますか? 将軍である私がそんな事を言うなと言われそうですが、確実にその星系は滅びるか制圧されるかの二択になります。なのに、相手はそれをしていない』
「つまり、それが出来ない理由がある?」
『そうです。そして私は出来ない理由として、相手が恐れるような何かが帝国にあると考えます。ヴィリジアニラ様。何か思い当たる事はありますか?』
「……」
私は将軍の言葉に少し考え……首を横に振ります。
「申し訳ありませんが、私には思い当たる事はありません。ただ少なくとも、相手が恐れているのは私たちではないでしょう」
『そうですか。思い当たる節があるのなら、それを利用して今回の件を詰めてしまおうと思ったのですが……ままならないものですな』
しかし、宇宙怪獣モドキを生み出せるような何者か……黒幕が恐れているものですか。
それが何かは分かりませんが、もしもそんなものがあるとするなら……あるのは帝星バニラシドでしょう。
私の立場で触れられるとは限りませんが、覚えておきましょう。
『ではヴィリジアニラ様。部下たちの準備が整ったようですので、後はこちらにお任せください』
「分かりました。よろしくお願いします」
そうして将軍との通信は無事に終わり、それから暫くしてサタも体を新規のものに変えると言う形で戻ってきました。