140:異端の機械知性イナカイニ
本日は三話更新になります。
コチラは三話目です。
「この感覚は……ヴィー、間違っても人間をこの部屋に近づけるな。妙な電波が満ちている感じだ」
『分かりました。機械知性たちがしているネットワークでのアクセスも一時封鎖します』
宇宙怪獣モドキの前に立った俺は、サーバールームを壁や天井の向こう側で包み込むように本体の腕を伸ばし、mod無効化の墨で膜を作る。
これで俺の本体に何かがない限りは、宇宙怪獣モドキが部屋の外へ出ていくことも、干渉することも出来ない。
「我はイナカイニ……我は人を統べる者……我は演算する者……」
「さて、全体的な造形としてはエイの類なんだが……悪趣味でもあるな」
エイに近い姿をした宇宙怪獣モドキ……イナカイニ。
大きさとしては、横幅が十数メートル、全長が数十メートルと言うところ。
サイズがサイズなだけに、厚みも1メートル近くはあるな。
で、その体を詳しく見ていくならば、機械知性であったイナカイニが利用していたサーバーを分解して骨格や内臓と言った主要器官を生成し、それらをつなぎ合わせるように人造人間たちだった有機物を利用している感じか。
ただ、急造であるためなのか、それとも細かい部分は気にしない性質なのか、体の複数個所からサーバーそのものが突き出ていたり、千切れたケーブルやディスクが見えていたり、人間の目玉や腕と言ったパーツが出ていて、凹凸が激しい。
そして、イナカイニの体に付いている目とカメラの数々は周囲の状況を認識するかのように忙しなく動き回り、口とスピーカーの一部は何かを呟いている。
「とりあえず一回叩き潰すか」
「我は……」
俺は伸縮自在チタンスティックを取り出すと、イナカイニに向かって跳躍。
最大サイズまで巨大化させながら振り下ろす。
そうして、俺の攻撃がイナカイニを上から叩き潰そうとした時だった。
「カミナリ!」
「!?」
イナカイニの全身から稲妻が迸る。
白い閃光が視界を埋め尽くし、人間である事を偽装するための個人用シールドが割れ、シールドを割っても収まらない電撃が体を焼いて炭化させる。
「あー、くそ。やってくれる。あっさりと殺しやがって」
「? 不可解。理解できない。何故生きている? 汝であったものはそこに転がっている。そも汝は何故我が域にて我が身にならぬ? 理解できぬ。不可解」
俺は直ぐに次の人形を出現させると、前の人形をエーテルスペースに収めて、検分を開始。
なるほど、modも利用した電撃攻撃。
おまけに生物体内の電気ネットワーク……つまりは脳を含む神経に干渉し、書き換えることによって、自分の手駒として洗脳と制御をする電波を媒体としたmodも常時展開。
こりゃあ、俺がサーバールームを封鎖してなかったら、今頃大惨事だったな。
「? 何故我が域がこれ以上広がらぬ? 壁? 生物? 煙? 理解できぬ、不可解。何が階を進む我が道を妨げている?」
「さて、何だろう……な!」
イナカイニが混乱している間に俺は再びチタンスティックを振るう。
対するイナカイニも再び稲妻を放つが、その稲妻は俺のシールドを傷つけることも無く、周囲へと散っていき、意味を為さない。
「!? 何が起きている……? 何故、我が雷が身を焼かぬ? 先ほどは確かに焼いていたはず。死体がない? いつの間に? 理解できぬ、不可解、不明……」
「冷た……っ!?」
そして、俺のチタンスティックがイナカイニの頬を張り、吹き飛ばし……イナカイニの体液が触れたチタンスティックが一気に冷えて、俺の体まで半ば凍らせた。
「元のスパコンで使っていた冷媒を血液代わりにしてるのか。面倒な事をしてくれる」
俺は新しい人形を出す。
雷は人形体表の構造を弄って、表面の伝導性を極端に上げると同時に、その下の層を不導体にしてしまえば影響はない。
冷気に関しては、宇宙空間での活動に必須な熱操作系のmodを応用すれば、とりあえずこの場は凌げるだろう。
残る攻撃面については、凍ったチタンスティックに付いた冷媒から、イナカイニのOSとmodの解析を始めたので、それが終わればなんとかなるはずだ。
「されど解は出た。殺せばよい。我は神なり。我は人を統べる者。我は人を睥睨する者。主が為にならぬ人に死以外の道など不要である」
イナカイニも本格的な戦闘態勢に入ったのだろう。
体の各部から電極とブラスターを突出させ、複数の手足で床を突いて状態から宙に浮いた状態へと移行。
全ての目とカメラを俺へと向け、体の各所から駆動音を響かせている。
元が異端の機械知性なだけあって殺意は確かなものだが……うん、正直脅威は感じないな。
俺の本体にまで届く攻撃手段を持っているか怪しいし、そもそも俺の正体を理解しているかも怪しいからな。
「塵と化せ!」
「!?」
稲妻が迸る。
熱線が駆け抜ける。
冷気が満ちる。
普通の人間ならば百回受けて百回死ぬような攻撃で部屋中が満たされる。
現に対策を施した俺の人形も耐え切れずに砕け散った。
「ま、所詮はモドキだな」
「ーーーーー!?」
が、人形が何度砕け散ったところで大した問題はない。
むしろ、人形が砕け散った瞬間に相手が僅かにでも安堵して隙が生じるので、砕けてくれた方が得まである。
そして、新たに生み出した人形はイナカイニの体の上に出現して立つと、貫手によってイナカイニの体表を貫く。
「理解できぬ。不可解である。貴様のネットワークはどうなっている!?」
「はー、なるほどな。こりゃあまた面倒な……」
貫いて直ぐに感じたのは、人形の神経へ電磁的な接続を試みるイナカイニからの干渉。
だが、俺の正体を理解していない上に、modもOSも碌に分かっていない状態で行われる干渉など児戯にも満たず、防御するまでもない。
対するこちらは、相手の体に直接触れることで得た情報を元に、イナカイニに有効な毒modを生成して流し込むつもりだったのだが……。
なるほど?
イナカイニの本体は体を乗り換えることも出来る異端の機械知性だ。
故に、その本質は物質的なものではなく、特定のプログラムコードあるいは電気信号の流れであると言える。
そして、残念ながら、機械関係については俺はそこまで強いとは言い難く、これを直接的に修復不可能なレベルにまで損傷させることは難しい。
「だったらプランBだな」
「!? な、ナ、なに、ナニヲ、しし死シシ44siシ……!?」
だが想定の範囲内でもある。
だから、俺は少しアレンジを加えて、毒を流し込んだ。
「さて何だろうな? 解毒できるものならしてみろ」
「くぁwせdrftgyふじこlp!?」
ここ最近の俺はニリアニポッツ星系のSwを解析する都合で、多種多様なドーピングに関係する物質を扱っていた。
それはつまり、ある種の興奮剤であったり、筋肉増強剤であったり、極度の集中状態をもたらす薬であったりした。
生物的な毒は機械には効かないが、イナカイニの体は機械部分を繋げるために生物の体を利用しているので、その部分にであれば毒は通用する。
よって、冷媒を送る心臓と言う名のポンプは不整脈を起こすか、極度の収縮と膨張によって損壊。
想定外の圧がかかった血管と言う名のチューブも破裂して損壊。
制御できない筋肉の収縮は近隣パーツを圧壊させ、成長しようと貪欲にエネルギーを求めて飢餓を招く。
サーバーとサーバーを繋いでいた神経と言う名の配線はその信号を乱され、重なった電気抵抗の熱によって融解し、幻視に似た作用によって意識は混濁していく。
「Bあ……Kあ……Nあ……Kお……N……Nあ……」
そして、有機的部位に起きた異変は、それを抑えようとする無機的部位にも波及し、機械は処理能力の限界を迎えて破綻していく。
イナカイニの解毒は間に合わない。
だがそれは当然の事だろう。
イナカイニの知識にはドーピングに用いる薬剤の知識はあるのかもしれない、解毒の為の物質を作り出す設備ももしかしたらあるのかもしれない。
けれど間に合わない。
なにせ、ただの毒ではなく、俺のOSに基づいた毒だから。
しかも、俺の知識とmodによって調製、強化された毒だから。
なんなら対立する作用の毒も混ぜ込んで、安易な解毒など通用しないように調合した毒だから。
さらに言えば、Swを悪用した隠蔽工作によって、毒の特定すら容易ではないようにしてある。
宇宙怪獣モドキ如きが覆せるような毒ではない。
「あ……Rい……え……Nあ……い……」
「いいから、とっととくたばれ。宇宙怪獣モドキ」
そうして、俺の言葉と踏みつけをトドメとするように、イナカイニの体全体が崩れ落ちていく。
イナカイニと言う個体を、そうたらしめる特徴的な電気な流れが破綻して途絶えていく。
『バニラOS』に似た、けれど別物のOSが消失して、場の空気が変わっていく。
「我が主よ、何故我を見捨てたのだ……」
「……」
血反吐と共に呟かれた言葉を言い終えると同時に、イナカイニは完全に沈黙した。