136:暴走する異端
「酷い事になってるな」
「ええ、酷い事になっていますね」
「追跡を撒くためにこんな事件を起こすとか、頭おかしいっすよ」
「演習場はメモと担当の機械知性が居た上に、サタ様による防御と、巻き込まれた人間がそういう状況に少なからず耐性がある方々でしたので、死者なしで済みましたが……他はそうもいかなかったようですね」
自在変形式総合演習場の5番を出て、安全圏にまで退避した俺たちの耳に入って来たのは、基地コロニーの各地で起きた大規模な事故……いや、事件の数々だった。
俺たちが遭遇して、被害を抑えた、演習場の地形変更システム暴走による大量殺人未遂。
機械制御による個人向け宅配トラックの暴走による事故が3件。
トラムの制御が一瞬奪われた事によるオーバーラン。
信号トラブル十数件。
ガス制御システムへのハッキングによる小規模爆発が1件。
簡易のAIによって制御されていた機械が暴走して、近くに居た人間が弾かれた事件が5件。
これらの事件が、基地コロニーの各所で同時多発的に発生。
対処の為に基地コロニーの各所では誰もが忙しなく動き回る状況になっていた。
「サタ。ニリアニテック子爵の別邸はどうなっていますか?」
「慌ただしくはなっている。ニリアニテック子爵自身は……ちょうど今帰って来たみたいだな。っ!?」
「サタ?」
そして、事件はまだ起きていた。
「ニリアニテック子爵とそのお付きが殺されてる……」
「っ!?」
ニリアニテック子爵とそのお付きは、車の中で殺されていた。
異端の機械知性が操っていると思しき機械人形によって、胸を貫かれて殺されていた。
よく見れば車を運転していた人造人間たちも殺されている。
恐らくだが、運転途中に殺されて、子爵邸までは異端の機械知性が車を操ってきたのだろう。
「例の機械知性は居ますか?」
「機体は残ってるが、微動だにしないな。もしかしたら中身はもう無いのかもしれない」
「そうですか」
機械人形はニリアニテック子爵の胸を貫く形で動きを止めている。
と、子爵家の人間がやって来て……ああうん、そりゃあ、騒ぎになるよな……。
だがそれでも機械人形が動いていない辺り、やっぱり中身は居なさそうだ。
「でもどういう事っすか。これまでの流れからしてニリアニテック子爵がニリアニポッツ星系に攻撃を仕掛けていた犯人の黒幕っぽい感じだったすよね? それなのに、そのニリアニテック子爵が殺されるってどういう流れっすか?」
「一応の想像は付くが、詳細までは俺には分からない。メモはどうだ?」
「メモにも分かりません。異端の機械知性の思想は、一般的な機械知性とかけ離れているようですから。ヴィー様、これからどうしましょうか?」
「異端の機械知性を追う事が第一である事は間違いありません。そして、此処まで明らかな状況であれば、諜報部隊も他の治安維持機構も、足の引っ張り合いなどしている場合で無いのは、誰でも分かる事です。流れについては……証拠を集めてから考えましょう。捜査の邪魔になりかねません」
さて、普通に考えれば、異端の機械知性とニリアニテック子爵の間で何か揉めて、その結果として異端の機械知性がニリアニテック子爵を殺したと言う流れだな。
演習場の件だけでも、人を殺すことに躊躇いがない事は明らかなのだから。
問題は、異端の機械知性が自分を追わせないために演習場の件を含めた複数の事件を起こしたのか、それ以外の理由で以って起こしたのか、こっちか。
「メモ。一般の機械知性たちは?」
「既に厳戒態勢に入っています。ですが、異常は見つけられません。恐らくですが、相手はネットワークに繋がっていない場所に居ると思われます。ですので、それを念頭に行動を開始しています」
前者なら、安全圏に逃げ切るまで異端の機械知性は暴れ続けるだろうな。
後者なら……下手をすればニリアニテック子爵はトカゲのしっぽで、異端の機械知性も消されて、本当の黒幕は雲隠れ。
此処まであり得そうか。
うーん、ニリアニポッツ星系に攻撃を仕掛けている何者かについては、根が深い上に複雑に絡まり合っているみたいで、何処が元なのか分からないんだよな……。
「あら? ……。そうですか」
「ヴィー、何があった?」
「ニリアニテック子爵と話していた男が諜報部隊と機械知性に保護を求めて来たそうです。その男は自分の事を『黒の根』のメンバーだと名乗っていて、違法賭博とその取り立てに関わっている程度の小物だそうです」
「異端の機械知性が起こした事件に気づいて、逃げて来たって事っすかね?」
「そう捉えていいと思います。本格的な事情聴取はこれからになるようですね」
どうやらヴィリジアニラの所に情報が流れて来たらしい。
だが、本当に訳が分からなくなってきたな……。
とりあえず一にも二にも異端の機械知性の身柄を取り押さえて、行動できないようにしないと拙いと言うのだけは確かなのだけど、それ以上は何も分からなくなってきた。
「サタ。惑星ニリアニポッツ1にあるニリアニテック子爵の本邸を見に行ってもらえますか?」
「分かった。本体を向かわせる」
「ありがとうございます。それと、もしも本邸で何か異常が起きていたのなら、その時は私の護衛はいいので、人形を転移させて、正確な状況を把握してきてください」
「……。ヴィーたちが『セクシーミアズマ』の船内に居るなら、受け入れる」
「分かりました。ではそうしましょうか」
俺は本体をニリアニテック子爵の本邸とやらに向かわせる。
そして、ヴィリジアニラたちは現状で一番安全な場所であろう『セクシーミアズマ』の船内へと移動し始めた。
さて、本邸で何も起きていないと良いんだが……ここでわざわざヴィリジアニラが向かわせたという事は、何かあると思うべきなんだろうな。