135:動き出す
「動き始めましたね」
「だな」
「ようやくっすか」
ニリアニテック子爵他六名がやってきてから、サバイバルゲームが二戦終了する程度の時間が経過した。
そこでようやく話が終わったのか、遂にニリアニテック子爵たちが席を立ち、部屋を出ていく。
「ウチたちは直接追わず、此処から遠隔でっすよね?」
「ええそうです。それと、サタにもメモにも追跡に集中してもらう必要があるので、少なくとも一時間ほど私とジョハリスで周囲を警戒します」
「分かったっす」
先頭と最後尾に推定人造人間が一人ずつ。
真ん中に子爵とお付き、その前にメイドと普通の男性、その後ろに機械知性か。
メイドは多少挙動不審だが、それ以外は落ち着いて歩いているな。
「ヴィー様。サタ様。確認ですが、VIPルームにいる間、物のやり取りの類は確認できましたか?」
「私は確認していませんね。サタはどうですか?」
「そんな細かいところまでは見えない。だが、子爵のお付きとメイド以外はお互いの手が届く距離にまで踏み入ってなかったはずだ。で、子爵のお付きは子爵以外には近づいていない」
「つまり、物的証拠になるようなもののやり取りはなかった可能性が高そうですか」
子爵たちは誰とも会うことなく、演習場に併設されてる駐車場まで移動していく。
なお、この駐車場も管理が行き届いているため、誰が何時出入りしたのかがきっちり記録されている。
で、メイドと普通の男性は此処で子爵たちと別れて行動開始。
俺は車のだいたいの大きさと色を記録しておく。
これでメモクシと協力すれば、あの男性がどこの誰だったのかは分かる事だろう。
「もう一つ確認です。ヴィー様の目から見て、彼らは和やかでしたか? 荒れていましたか?」
「私の目で見る限りは和やかでしたね。なので、取引の類があったならば、少なくとも表立って荒れるような流れにはならなかったのでしょう」
残りの子爵、お付き、機械知性、人造人間二人は本体の目で見ても高そうな車に乗って、駐車場の外へ出ていく。
ちなみにだが、こちらの車は間違いなくニリアニテック子爵が保有している車との事。
つまり、今日ここで誰かと会ったことは、ニリアニテック子爵にとっては隠すようなものではないという事か。
余談だが、この基地コロニーにあるニリアニテック子爵の家は別邸であり、本邸は惑星ニリアニポッツ1の首都にあるとの事。
そして、この基地コロニーの別邸のような建物を、ニリアニポッツ星系各地に幾つも持っているらしい。
で、その持っている家と言うのは表に出せるものだけであり……裏まで含めたら、かなりの数になって、とてもではないが調べ切れるものではないだろう。
「サタ。どうですか?」
「車は問題なく追えてる。地図をくれ、ルートを書く」
俺は車を追っていく。
車が何かしらの要因で止まった時には車内を確認して、間違えていない事や様子の変化がない事を確かめる。
と同時に、地図に手書きで、現在位置までのルートを書いていく。
なお、車内での彼らの位置は、子爵とお付き、機械知性で席を離している。
それと人造人間二人はどちらも車の前方にいて、運転席と助手席にそれぞれ座っているな。
「ふむふむ。あー、これはサタに任せて正解だったっすね。安全や時間の面で見ての最短最良のルートではなく、追跡が居るかどうかの確認と言う意味で最短最良のルートを通ってるっすよ」
「異端の機械知性の方も動いていますね。演習場からカメラを伝って追いかけようとすると、追跡がバレた上にカウンターを仕掛けるように罠が仕込まれています。メモは引っ掛かっていませんし、解除も不要なのでしていませんが」
「そうですか。やはり直接追わなくてよかったですね。直接追っていたら、要らぬ警戒を相手にさせていたところでした」
追跡は気にしているのか。
会合があった事は知られても問題ないが、この後何処に行くのかは知られたくないという事か?
となると、子爵にとっては、此処までが囮で、この後が本命なのかもしれないな。
「「「ーーーーーーー!?」」」
そこまで考えた時だった。
突然、俺たちが居る部屋の窓を覆いつくすように、白い壁がせり上がった。
「メモ!」
「っ!?」
「なっ!?」
「ちいっ!」
ヴィリジアニラが叫ぶ。
メモクシが表情と姿勢制御すら止めて何かをする。
ジョハリスが退路確保のために部屋の扉をぶち抜く。
俺の本体を引き戻し、部屋を守るように伸ばす。
轟音が響き、緊急事態を告げるアラームが鳴り響く。
照明は非常用電源に切り替えられ、観戦用モニターの映像は途切れた。
「何があった!?」
「演習場のブロックとmodの制御を奪われたようです。観客席を叩き潰すように柱を生成すると同時に、演習場内に居た人間を落下死させるような大穴が形成されました。ですが、メモが即座に制御を奪い返したので、柱の倒壊も落下死も概ね防げたものをと思われます」
ハッキングか。
だが、この施設の管理は帝国軍と機械知性がやっていたはず。
その防壁を突破して、メモクシが対処してもなお大惨事と言えるような事態を引き起こす?
この時点でもう異常としか言いようがないな。
「治安維持機構への通報完了したっす! それと避難を急ぐっすよ! 動ける人間は自分で安全圏まで逃げた方が、救助への負荷をかけずに済むっす」
「分かっています。三人とも行きましょう」
「サタ、運んでもらえますか?」
「分かった」
俺は演習場の制御に専念しているらしいメモクシを抱えると、ジョハリスの先導の下、ヴィリジアニラについていって部屋を後にする。
と同時に本体の足を戻し、子爵たちの追跡を再開しようとしたが……駄目だな。
完全に見失ってしまった。
後で基地コロニー内にある子爵邸は覗きに行くが、成果を得れる期待はしないでおくべきだろうな。
「しかし、誰がこんな事を……いや、そんなのは問うまでもないか」
「そうですね。演習場のハッキングに使われたプログラムの癖が、昨日メモに仕掛けてきた異端の機械知性のものと同じですので、間違いないでしょう」
「追跡がバレていたって事っすか?」
「そうだと思います。ただ、サタとメモの追跡がバレるとは思い難いので、私たち以外の誰かの追跡が、と考える方が自然でしょうね」
「だろうな。ただ、追跡を振り払うためにこんな大惨事を引き起こすか……。何を隠しているにせよ、こちらと相容れない存在である事だけは確かだな」
「私もそう思います。この際、子爵がシロであるかクロであるかは一時置いておきましょう。まずは異端の機械知性を何としてでも抑えます」
その後、警察及び救助隊が到着。
俺たちは特に何事もなく安全圏まで退避。
俺たち以外の施設利用者については、メモクシの咄嗟の制御で死者こそ出なかったものの、重軽傷者を多数出すことになった。
そして、この件を含む同時多発的に起きた事件は、基地コロニー内だけでなくニリアニポッツ星系全体を揺るがすような大事件として、報道されることとなった。