128:目的は達した
「しかし安全第一か……俺と周囲の安全が保障されているなら、捕縛や確保を狙ってもいいんだよな?」
「勿論です。ですが、可能ですか?」
「んー……相手が最悪手を選んでくれるなら、と言うところだな」
俺は改めて爆薬満載の貨物船を観察する。
リアクターと積み荷の爆薬は恐らくだが直結されている。
先ほどはリアクターからエネルギーを流すことで爆薬を爆発させると言ったが、その逆もありそうだし、単純に連動させることも出来そうだ。
うん、本体の視界じゃ、判別が付かないな。
「最悪手って具体的にはどんな感じっすか?」
「自爆用コードや自決用コードを外部から飛ばせない仕組みになってる。これだな」
「ああなるほど。制圧自体は楽勝なんすね」
そして、残念ながら、外部からの指示を受け付けるような仕組みがあるかも不明だ。
ただまあ、こんなものを用意する連中が、万が一に備えていないとか考えられないので、証拠隠滅用の仕掛けとして自爆するぐらいは出来て当然だろう。
一応、その自爆がmodによるもの、あるいは外部からの指示自体がmodならば、俺の墨で妨害する事も可能だが……化学的な作用による自爆や、指示の加速だけをmodでやっている場合には無駄だからなぁ。
そういう部分でも、相手が悪手を打ってくれるのが、確保できる前提にはなるか。
「サタ。パイロットの様子はどうですか? 窺える範囲で構いませんのでお願いします」
「パイロットか? んー……たぶん、ヒューマンの成人男性。怯えの類は見られない。だから……」
「知らない、と言う事ですね」
「ああ。ただ知らないのか、教えられていないのかで微妙に意味が変わってくるけどな」
「どっちにしろ酷い事をするっすね。あの貨物船のサイズから算出出来る量の爆薬相手じゃ、確実に木っ端微塵っすよ」
パイロットは淡々と動いているように見える。
普通の運送業者を騙して働かせている……よりは、宇宙船の操縦技術と命令だけを与えた人造人間を使っている方がありそうだな。
確証がないから口にはしないが。
なお、人造人間が使われる理由としてはだ。
まず、パイロットが居なければ、その時点で不審に思われるから。
自動航行を使わないのは、自動航行ではどこかへ突っ込むと言うような違法な挙動を取れないから。
機械知性はこの手の犯罪を許容しないし、ただのAIでもハッキングによって阻止される可能性が高いから。
そしてなにより……機械よりも生物の方が、口を封じやすく、死骸から漁れる情報に限りがある。
だから、この手の犯罪には違法製造された人造人間が使われがちだ。
必要な知識は製造と一緒に入っていて、製造直後なら反抗どころか口答えする可能性すらないのだから。
嫌な話この上ないが。
「解放は済ませました。動きがあったら、容赦はしないでください」
「勿論だとも」
ヴィリジアニラが髪飾りに手を当てて、俺の本体の力を行使できるようにしてくれる。
合わせて俺も、相手が撤退ではなく犯行を選んだ瞬間に仕留められるように備える。
そうしてレース開始から8時間経過した時だった。
「っ!?」
「サタ!」
「亜光速航行っす!」
件の貨物船が亜光速航行に移行。
進路は……小惑星帯であり、先頭集団のど真ん中に突っ込むと思われる軌道。
警察などの貨物船を止められる公的集団の姿は周囲にはない。
ならばもう俺が動くしかない。
「ふんっ!」
俺の本体が腕を動かす。
一本目の脚で貨物船のシールドを剥がす。
二本目の脚で貨物船の貨物部分とコクピット部分を切り離すように破壊する。
三本目と四本目の脚を叩き合わせて、貨物船のスラスターを破壊する。
五本目の脚でコクピットを亜光速航行状態から通常航行状態へと無理やり引き剥がすと共に、船の周囲に俺の墨を漂わせておく。
六本目、七本目の脚で、貨物部分とコクピット部分の間に壁を作る。
八本目の脚は想定外が起きてもいいように備えていたが……不要そうだな。
「上手くいきましたか?」
「ああ。ただ……」
貨物船の貨物部分が爆発した。
想定通りに並外れた爆発であり、もう暫くしたら、ヴィリジアニラの目や観測機器でなら、此処からでも観測できる事だろう。
とは言え、俺のシールドを突破できるほどではないので、俺は無傷だ。
「やっぱり甘い相手ではなかったみたいだな」
そして、その直後にコクピット部分も爆発したし、俺の本体の目が確かならコクピットが爆発する前にパイロットは痙攣を起こし、絶命していた。
確保失敗だ。
「そうですか……。サタ、コクピット部分は出来る限りひとまとめにしたままでお願いします。可能性を捨てるわけにはいきませんから」
「分かった。墨を纏っていれば、遠目には俺の存在に気づかれないと思うし、たぶん大丈夫だろう」
「現地警察に通報したっす。名目はウチの観測機器が妙な反応を捉えた、にしておいたっす」
「ありがとうございます。ジョハリス」
はー、そう来るだろうなとは思っていたが、やっぱり分かり易い証拠を取らせてくれるような相手ではなかったか。
だが、事件は未然に防がれたし、証拠が全くないわけでもない。
誰に情報を渡すかを考える必要はあるが、多少の進展はあったと思いたいところだな。
「なんと言うか、こういう時にメモクシが居ればなと思わずにはいられない」
「そうですね。メモクシが居ればサタに連れて行ってもらって、丸ごと確保する事も出来たと思うと、惜しい事をしたと思います」
「居ないものは仕方がないっす。それにヴィー様がもっと優先するべき事があると判断した結果、メモクシを送り出した訳っすから、これはもうどうにもならないっす」
さて、メモクシは今何をやっているんだろうな?
情報漏洩警戒の観点から、メモクシが何をやっているかは、ヴィリジアニラとメモクシしか知らない。
しかし、こちらがこんな事になっている事を考えると……あちらにはクリティカルな情報を期待したいところではあるな……。