127:レース半ば
ニリアニポッツ・アステロイドベルトカップ・戦闘機16時間耐久レース開始から七時間経過。
ヴィリジアニラの予測では、そろそろ動くべきであるらしい。
「ジョハリス。『セクシーミアズマ』を観戦ラインから外してください。それから、出来る限り自然に全方位を見渡せるようにゆっくりと回頭をお願いします」
「分かったっす」
と言うわけで、ヴィリジアニラの指示に従って、『セクシーミアズマ』は観戦者の船の群れから外れて、ゆっくりと離れていく。
既にレース自体が先頭集団と後続集団で分かれているし、ちょうど4番コマキコザトノショウがクラッシュしたタイミングでもあったため、この動きに疑問を持たれることはないだろう。
ちなみにだが、先頭は未だに1番ファステストランス。
レギュレーションの範囲内で最速と言える戦闘機の速さ、卓越したパイロットの腕前、ピットインの際の素早いサポートが重なる事で、絶対的ではないが順調に距離を伸ばしているようだ。
だが、ヴィリジアニラたち曰く、これは順当な結果との事。
俺は戦闘機レース関係に詳しくなかったので知らなかったのだが、どうやら今年の耐久レースは元々ファステストランスが大本命と言われていたらしい。
そして、アクシデントの類もこれまでに起きていないのだから、こうなるのは当然だそうだ。
もう一つちなみにだが、フラレタンボ星系のお茶会でヴィリジアニラに声をかけようとして呆気なく振られたパイロットが居るチームは13番ヤマヤマラクだったらしい。
さっきピットインのモニターを見た時のヴィリジアニラの反応で俺も存在を思い出した。
そんな13番ヤマヤマラクは現在、後続集団の先頭だが、既に残り一機にまで追いつめられている。
出落ちで一機失い、一時間ほど前のクラッシュで二機目を失ったためだ。
なんと言うか……ファステストランスの下位互換みたいな感じだな。
速さはあるけど、妨害を切り抜けるパイロットの腕が足りないと言う意味で。
『クラアアァァシュ! ここで13番ヤマヤマラクが突然出て来た小隕石に反応しきれず衝突! 残りの機体も無いため、13番ヤマヤマラクはここでリタイアだぁ!!』
と思っていたらこれである。
なお、リタイアになったら、そこまで稼いだ距離で順位が決定する。
えーと……ここまでにリタイアしているチームが他にもあるから……27位か。
まあ、元々このレースは難易度が高く、完走しただけでもトップ10に入ると聞くし、それを考えれば、十分に健闘した範疇だろう。
「見えました。ジョハリス、船はそのままで」
「分かってるっす。見えたことを悟らせるわけにはいかないっすからね」
と、どうやらヴィリジアニラは目的のものを見つけ出したらしい。
『セクシーミアズマ』は回頭を終えると、小惑星帯から十分に離れた上で、ヴィリジアニラが事前に指示していたらしい方向に向かってゆっくりと飛び始める。
「サタ」
「ちょっと待ってくれ。今向かう」
そして、ヴィリジアニラは俺に情報端末の画面を見せる。
そこに映し出されていたのは、ニリアニポッツ星系全体の地図であり、地図にはマーキングがされている。
どうやらそこに何かがあるらしい。
なので俺は本体をそちらへと素早く向かわせる。
「それで? 今このタイミングでという事は、レースに対する妨害工作を目論んでいる怪しい船。という事でいいんだよな?」
「そう考えていいと思います。ただ、今はまだ手を出さずに、内部の観察と動向の監視で留めておいてください」
「理由は?」
本体目線で件の船が見えてきた。
見た目から判断する限りでは……一般的な貨物船と言うところだな。
多少、深い青よりのカラーリングではあるが、咎められるほど暗い青ではない。
「一つには、その船が本当に妨害工作に関わっているとは限らないと言うのがあります」
「それはまあ、そうだな」
えーと、何処の所属かを示すようなマークはなし。
微妙にぼろい感じはあり。
おっと、マークが消された後はあるので、個人所有で買ったばかりな中古船と言うのが、外見的には妥当なところか?
「そして本当に関わっていても、ここで実行するかどうかは分かりません」
「それも確かにそうだな」
では内部に頭を突っ込んでと。
リアクターは……なんか色々と手が加えられている感じだな。
とりあえず配管が普通のより少し多い感じだ。
「私の情報端末にはニリアニポッツ星系の治安当局、帝国軍、諜報部隊によって、妨害を目論んでいる人間の捕縛報告や監視報告が次々に入ってきていますが、その船についての情報は入ってきていません。となれば、流れ次第では妨害工作に動くのではなく、彼らの本拠地に戻る事も考えられます」
「だから、動き出すまで待った方がいい。そう言う事だな」
「そう言う事ですね。サタの力を使って無理やり止めるのは、そうしなければ被害が出ることが確定してからで十分です」
「……」
積み荷は……アウトだな。
「サタ?」
「あー、うん。件の貨物船だが、積み荷が大量の爆薬だ。しかも誘爆を防ぐような施設や装置の類は見受けられない……と言うか、たぶんだが、リアクターからのエネルギーを流し込んで、大爆発させられるようになってるな」
「……。何処から持ち出されたんでしょうね。その爆薬……」
「ははは……、完全にアウトっすねぇ」
とりあえずクロなのは確定した。
ニリアニポッツ星系に攻撃を仕掛けている誰かと関わりがあるかは分からないが、とりあえず不審な事をしたなら船ごと沈めても文句は言われないであろう相手なのは間違いなかった。
ただ、同時に思った。
「頼むから本拠地に帰ってくれ」
「本当ですね。あ、もう捕縛は無理に考えなくていいです。安全第一で行きましょう」
「爆薬の種類によっては被害が洒落にならないっすからねぇ……」
この貨物船を手配した奴は碌でもない奴だと。
俺たち三人全員がそう思った。
ヤマヤマラク=山山落=出落ち