126:レース観戦の定番
ニリアニポッツ・アステロイドベルトカップ・戦闘機16時間耐久レース開始から一時間ちょっと経った。
『さて、時間的にそろそろ最初のピットインでしょうか。サポートチームとの合流、パイロットの交代、機体のメンテナンスなど、各チームの総合力が試される場面となりますね』
『同意します。と、1番ファステストランスがピットインシグナルを出しつつ小惑星帯の端に移動、上手く合流しました。流石のスムーズさです』
16時間もかかるレースなので、パイロットはもちろんの事、機体にも相応の負荷がかかるこのレースでは、だいたい一時間ごとに自分のチームの船にピットインして、各種サポートを受けるのが普通の事であるらしい。
サポートの内容としては、別のパイロットへの交代、戦闘機への燃料補充、摩耗した部品の交換などなど、かなりの幅があり、このピットインをスムーズに行えるチームは、優秀なパイロット一人だけを有しているチームよりも好成績を収める傾向にあるようだ。
そのため、このピットイン風景もレース観戦においては見どころの一つになっているらしい。
「うーん、ファステストランスの次のパイロットの腕前はどうなんすかね? 最初のパイロットは凄い腕前だったっすけど……」
「どうでしょうね? 少なくとも指揮官の腕とチームの連携は確かですね。パイロットの交代自体は数秒で終わり、機体のチェックはスムーズ。作戦通達も既に済んでいるようですから、かなりのものです」
「あの技術者たちのチェックの速さは俺も見習いたいな。違和感の有無とこれまでの統計があるからこその速さなんだが、職人の輝きを感じる」
実際、見応えはあるな。
ジョハリス、ヴィリジアニラ、俺で見ている部分はまるで違うが、現在トップのチームのピットインはまるで芸術品のように鮮やかで、チーム全体で一つの生命体のような奇麗な動きだ。
そして、この場における綺麗とは無駄がないという事であり……うん、もうリスタートを切って、ピットインを少し遅らせても前に出る事を選んだチームを難なく抜かしていったな。
ちなみにだが、ピットインの際にこれまで使っていた戦闘機を破棄扱いにして、サポート船内で万全な状態にしておいた新たな戦闘機で出ると言う戦術は存在する。
だが、各チームが持つ戦闘機は予備を含めて三機まで。
破棄扱いにした戦闘機をそのレース中に再利用するのは当然NG。
よって、レース終盤、数分のタイムロスすら惜しい場面でならやる価値もある戦術だが、今この場でやる戦術ではない。
もう一つ余談だが、何かしらの理由で戦闘機が大破した場合。
新たな機体は前の機体が大破した地点まで移動してからレースに復帰しなければならない。
なので、クラッシュした地点によっては、大幅なタイムロスになる事もあり得る。
なお、大破した戦闘機に乗っていたパイロットは大会が用意しているレスキュー部隊によって素早く回収されるので、放置される心配は無用である。
「と、そうだ。ピザたちを温めてきたぞ」
「待ってたっすー!」
「うーん、いい香りですね」
それはそれとして、俺たちが動くまでにはまだまだ時間があるので、引き続き観戦をしつつ食事の時間だ。
メニューは……サラミ、チーズ、トマトのシンプルなピザ、これまたシンプルに小麦粉の衣をつけて揚げたフライドチキン、皮つきナチュラルカットで丁寧に揚げられたフライドポテトだ。
なお、ポップコーンもまだ少し余っている。
「うーん、美味しいっす」
「スポーツ観戦中と言うと、やはりこう言う食事ですよね」
「だな。どうしてか選手たちが頑張っている姿を見ながら食べるこの手の食事は美味い」
味についてはどれも上々。
まあ、当然ではあるな。
ポップコーンと違って、麻雀だったかな? とりあえず特徴的な駒がトレードマークな、帝国全土にチェーン店を持つ大手の商品なのだから。
不味いはずがない。
ふふふ。
チーズが良く伸びて、サラミとトマトの風味が口の中に広がる。
衣と肉を噛み破れば熱い肉汁が口の中で広がって、modの働きによって骨まで難なく食べられる。
皮付きだからこその風味とホクホク具合が俺を楽しませる。
あー、たまらない……。
「……。ちょっと試すか」
と、此処で一つ思いついたので試す。
「サタ、何を試すのですか?」
「いやこの、余っているチリペッパー味のポップコーンをいい感じに砕いて……ピザに乗せる。よし、チーズのおかげでくっついたな」
「なるほど、試してみましょう」
「んー、ポップコーンのサクサク感で食感が変わって、これはこれで美味しいっすね。辛味もタバスコのようになって、いい感じっす!」
結果は?
うん、これはこれでありだな。
ピザのサクサクとポップコーンのサクサクは別方向のサクサクで組み合わさると面白いし、辛味もいい感じに噛み合ったな。
ピザ本体の味とポップコーンの味、双方の量、使われているmod、調整するべき要素は色々とあるのだろうけど、上手くいって何よりだ。
「と、そうだ。ヴィー」
「モグモグ。どうしましたか? サタ」
「事が動くのはどれぐらい後だ?」
「……。そうですね。実際に動くのは7時間後くらい。けれど、6時間後くらいから、動き始めてもいいでしょう。流石にレース展開を読み切る事は出来ませんし、レース展開に合わせて相手が動くなら、誤差や変動がある事は考慮するべきでしょう」
「了解。備えておく」
ふと思ったので真面目な話もしておく。
なるほど、6時間後、うん、何があってもいいように備えておこう。
そんな風に俺が考えている間にも、レースのトップを映すモニター内では、小惑星帯の中で行われている激しいドッグファイトが映し出されていた。