124:移動観戦者の群れ
『見えてきたっす。あれが移動観戦者のグループっすね』
「アレがそうなのか。流石に数が多いな」
「そうですね。ただ、護衛はしっかりとありますし、船の移動の同期もやってくれるので、アレに混ざるのが楽に観戦する方法になるでしょう」
移動すること暫く。
レースコロニーと呼ばれるほどにレース系の競技が行われることが多いコロニーの近くに、数十隻の宇宙船が集まっているのを見つけた。
レース開始後、彼らはレースの進行状況に合わせて小惑星帯の上を移動して、観戦する宇宙船だ。
そのため、殆どの船はこの手のレースを観戦するために作られた特製の船なのか、見れば、一面が透明な窓で、その前に数十から数百の座席が用意されている構造になっている。
ただ、一部は護衛あるいはヴィリジアニラと同様に個人用の宇宙船で来ているらしく、普通の宇宙船だ。
ちなみにだが、事故防止の為に、彼らと同道する際には移動を同期させる事が必須となる。
なので何かあった時には……彼らの護衛とか、俺とかが、どうにかする事になるな。
「今更だが、定点じゃなくていいんだな?」
「遺憾な話ですが、定点ですと、予防になってしまって、手掛かりに繋がらないようなので」
「ああなるほど……」
ヴィリジアニラは悲しそうにそう言う。
それは確かに遺憾だろうなぁ……予防と言えば聞こえはいいが、要するに次の機会に事を起こすだけで、その時は防げないのまでヴィリジアニラの目には見えているだろうし。
犯罪が起きると分かっていて見過ごすようなものなのだから、いい気分はしないだろう。
「同期完了させてきたっす。これでレース中は何か起こるまではフリーでいいっすね。ただ、『セクシーミアズマ』の構造上、観戦はコクピットでやるしかないんで、食べ物は出来るだけこぼさないように気を付けて欲しいっす」
「分かっているので大丈夫です」
「了解だ」
それはそれとして合流完了。
「じゃ、ちょっとレースコロニーの方に転移してきて、観戦に必要な物を買ってくる」
「サタ、人目に触れないように気を付けてくださいね」
「勿論」
「カメラにも気を付けるっすよ」
「大丈夫だ。いつの間にか、メモクシ謹製の安全な転移位置マップ、レースコロニー編が情報端末に入ってた」
と言うわけで、本体で先んじてレースコロニーに移動し、指定された場所に人目がない事を確認してから、人形を転移。
コロニー内にあるお店で、ポップコーン、ピザ、その他お菓子類、Swの影響で僅かにだが虹色に発光している炭酸飲料、それと夕食、と言う具合に必要な物を買いこんでいく。
で、無事に買えたところで、行きと同じように人目が無い事を確認してから、『セクシーミアズマ』の船内にまで戻ってくる。
「今更っすけど、サタの転移はこういう時には本当に便利っすね」
「そうですね。同じ星系内ならタイムラグも制限もそこまで気にしないでいいですし」
「実際便利だぞ。こういう時に好きに移動できるのは。ただまあ、使い過ぎると治安当局から怒られることもあるから、注意しないとな」
「怒られた事があるんですか?」
「ヒラトラツグミ星系で活動していた頃にちょっとな」
俺は買ってきた物の一部をヴィリジアニラに渡すと、残りを船内備え付けの冷蔵庫に収納しておく。
これで今日はもうレースと、レース中に起こるであろう何かへの対処だけでよくなるな。
「ちょっとっすか?」
「少し詳しく話すなら……一日の内に何度も転移した日があったんだが、折悪く幾つかの事件が転移先で発生してなぁ……。お前はこっちに居たのに、あっちにも居るのは物理的におかしいだろと。入って来た記録も出て来た記録も無いのはおかしいだろと。そんな感じに警察から詰められてなぁ……」
「それは……詰められますね。流石に。捜査の前提が色々と変わってしまうでしょうし」
「最終的にはセイリョー社から担当者と言うかお偉いさんがやってきてくれて、事を収めてくれたんだが……。うんまあ、迷惑をかけた。だから、今日はもう公の場所への転移は無しだな。二度三度となると流石に怪しまれそうだ」
「そうですね。それで大丈夫だと思います」
「便利すぎるからこそ気を付けないといけないって事っすか」
「そう言う事だな」
なお、俺が転移関係の結果として起こしてしまった騒動の詳細は……まあ、隠していいか。
同じ組織の人間が敵対組織の人間を同時多発的に襲って壊滅させようとした事件で、その事件の捜査途中で俺が引っ掛かってしまっただけだからな。
最終的には何人か俺の正体を知る人間を出したが、丸く収まったから問題はない。
そう言えば、あの時の警官は今どこで何をしているのやら……いや、地元の人間だったし、普通にヒラトラツグミ星系で仕事を続けているだけか。
「ま、俺の昔のやらかしについてはこれくらいにしておいてだ。そろそろ時間だよな」
「ええそうですね」
「今、各チームが最終チェックに入ると共に、スタート地点に移動しているところっす」
俺たちはコクピットに移動。
ジョハリスは念のためにパイロットの席に、ヴィリジアニラはサブパイロットの席に、俺は適当に空いている席に座る。
正面の窓には小惑星帯の中に堂々と座しているレースコロニーと小惑星帯が、窓脇のモニターには特製の発着場で準備している各チームの様子が映されると共に慣れた様子の実況と解説の声が聞こえてくるようになっている。
『それでは間もなくレース開始となります!』
そうして何事もなくレースは始まった。
なお、一般的には観戦者の船一隻につき数十人の観戦者が乗っている模様。