120:不和と言う名の毒 ※
本話はヴィー視点となっております
「んー、ヴィー。根拠やら攻撃の内容やらを聞いてみてもいいか?」
「勿論です。サタ」
私はサタの言葉に頷くと、さっきまで見せていた資料をサタとジョハリスにも見えるようにします。
ただ、この資料は私がバニラシド帝国大学で学んでいた内容を知っていてこその記述なので、初見ではサタどころかメモでも理解しきれないでしょう。
なので、サタもジョハリスも一読したところで目を離して、私の顔に視線を向けます。
「根拠としてはニリアニポッツ星系全体の業務効率の低下とそれを改善するために行われた施策の数々の効果ですね。この資料は第三者視点でそれぞれを評価したものですが、ニリアニポッツ星系が出せる業務効率が妙に低くなっています」
「それは……業務に従事している人間の資質の問題じゃないのか? 後は上に立つ人間の能力とか」
「相性の問題もあるはずっすよ。どうしても気に食わない奴がいる。とかはあるっすから」
「二人の言う通りですね。ですが、この資料は、それらを加味してもなお、原因不明の効率低下が起きている事を示しています」
「「……」」
業務効率が低下する原因は幾らでもあります。
それこそ明確に原因があるもの、改善が可能なもの、単純な連携不足や練度不足、地政学や歴史の話が関わってくることもあれば、風土病の類もあり、本当に様々です。
ただ、ニリアニポッツ星系に仕掛けられているのは、単純ではあるけれども厄介なものです。
「ただ、原因不明なのは現場視点だからです。上に立つ者の目から見れば、原因は明らかです」
「具体的には?」
「不和です。それも問題にならない程度の」
「どういう事っすか?」
ニリアニポッツ星系に仕掛けられた攻撃の正体は不和。
それも決定的な反目を起こすようなものではなく、ほんの少しだけ仕事が遅くなってイラつく、ほんの少しだけ決断を迷わせる、ほんの少しだけ同僚を出し抜きたい……本当にほんの少しだけの不和であり、遅れです。
これはジョハリスが『エニウェアツー』で得た情報と、私たちが『バニラプレス』社で会った諜報部隊の人の態度からも、明らかでしょう。
けれど、常にイベントの準備と開催、それらに伴う諸業務に追われて忙しいニリアニポッツ星系では、そのほんの少しの積み重ねが最終的には何分、何十分にも及ぶ遅延となり、効率の低下に繋がる。
「なるほど? でもそれなら人員の配置調整とか、上からの御言葉とかで……ああいや、既にそう言うのはやっているのか」
「そう言う事ですね。ニリアニポッツ星系の統治機関は対処をしています。けれど、対処をしても……それこそ、不和と言う毒を撒いている当人を捕らえ、年月をかけた教育によって予防と解毒をしてもなお、ニリアニポッツ星系全体へと毒が撒かれ続けています。だから、私はサボタージュによる攻撃と表現しました」
「なるほどなぁ……」
しかも厄介なことに、この不和と言う毒は、ニリアニポッツ星系の競争を好むと言う性質を取り込むことで解毒を難しくするどころか、普通なら影響を受けないはずの機械知性たちにも部分的にですが影響を与えています。
これはメモの報告から分かります。
此処まで巧みなら、もはや自然発生でない事は明らかでしょう。
「でもそうなると、今ウチたちがこうしてこっそり話しているのも拙い感じじゃないっすか?」
「ええ、拙いです。今の私たちは見事に、相手の一手として使われています」
「ヴィー様の懸念通り、外の諜報部隊たちはお互いの存在に気付き始めていますね。そして、協力ではなく無視を選んでいます」
「あー、なるほど。そうして情報の共有が上手くいかず、余計な人員と時間が使わされ、最終的には不和の種を蒔いたどこかの誰かさんが不法な得をしている、と言うわけか」
「そう言う事でしょうね」
この毒が厄介なのは、根っこの誰かを捉えることが極めて難しい点でしょう。
なにせ、ほぼ間違いなく、毒は合法的にばら撒かれている。
そして、一度ばら撒いた毒は、勝手に民衆の中で強毒化していき、根っこの誰かが追加で何かをする必要はない。
幸いなのは、今回のこれが無意識的だとか、人間の業だとか、興味本位だとかではなく、意識的に自分が得をする……恐らくはもっと隠したい何かに対する捜査を遅らせ、逮捕されるのを免れるためにやっている事でしょうか。
おかげで、その隠したい何かさえ明らかに出来れば、対処できる可能性はあるでしょう。
「それで、どう対処する?」
「不和と言う毒自体をどうにかするのはニリアニポッツ星系の統治機関の仕事です。私たちの仕事ではありません。そして、このような手段を取るものが相手である以上、解決の為にと無暗に大立ち回りをしてしまえば、私たちが居なくなるまでは大人しくして、捕らえることは出来ないでしょう」
「ふむふむ」
「なので少なくとも表向きは普段通りに。そして、相手が隙を見せたところで、そこから手繰ります」
「つまりはいつも通りか」
「そうなりますね。ただ……サタに頼んだ件の報告があれば、もう少し積極的に動ける可能性もあります」
「……。分かった、何とか急いでみる」
「お願いします」
さて、そうなると問題は何が隠したいものなのかですが……サタの報告から、ニリアニポッツ星系では犯罪組織と統治機関でのいたちごっこが行われているのは明らか。
何か探るならば、そこからでしょう。
ただ……私の想像が正しいのなら、Swの調整をしている技術者を敵に回す可能性まで考えた方がいいかもしれませんね。
「では、表面上はいつも通りに動きましょうか」
此処、ニリアニポッツ星系だからこその犯罪であり、解決の難易度も高い事件として挙げられるのが、各種大会に出場する選手にドーピング違反となるような薬を秘密裏に盛ると言うものなのですから。