119:状況を把握していく
「突然悪い。本当にすまないんだが、本社へデータを送るのと、これからの話し合いの為に部屋を一つ借りたいんだがいいか?」
「……」
セイリョー社の派出所に入った俺たちは、カメラに映らないように注意をしつつ、店員の男性に身分証と書類を見せる。
具体的には、セイリョー社生まれの人造人間、元セイリョー社の社員、今もフリーライターとしてセイリョー社系列の会社に関わりがある事を示せる俺の身分証。
バニラ宇宙帝国の子爵位を持ち、帝国軍諜報部隊に所属している事と、俺と契約している事を示せるヴィリジアニラの身分証。
それから、借りる部屋には、十分な防諜設備と炊事できる場所が欲しいと言う要望を表示した画面だ。
さて、相手の対応は?
「此処はそう言うサービスの為にあるんじゃないと言う抗議は後で送っておきます。が、同期の誼って奴だ。今回だけは構いませんよ。五番の部屋へどうぞ。あそこが一番施設が整っている」
「感謝する」
無事に通してくれた。
そして渡されたのはよくある電子キーではなく物理キー。
なるほど確かに、下手な鍵よりも信頼できそうだな。
と言うわけで、俺たちは指定された部屋へと移動する。
「じゃ、実際にデータは送っておくぞ。レポート自体は本当に溜まってるからな……」
「ありがとうございます。サタ」
部屋へ入った俺は早速、部屋の防諜状態を確認。
一般的な諜報手段では部屋の中を窺えない事を確かめると、セイリョー社へレポートを送信していく。
「ふぅ、疲れたっす」
「お疲れ様です。こちらへどうぞ」
「ああー、汚れをこし取るの気持ちいいっすー」
その間に何処かの配管から室内へと潜り込んできたジョハリスが、メモクシの用意したフィルターを通って体を奇麗にした上で、普段使っている機体の中へと戻っていく。
うん、これで、ジョハリスが分かれていたことを知られずに合流完了だな。
「お疲れ様ですジョハリス。それで情報の方は?」
「一応貰えたっす」
「そうですか。メモは?」
「多少の支障はありますが、取得自体は出来ました」
「サタ」
「検証の方はもうちょっとかかりそうだ。ただ、その過程で分かってきたこともあるから、順次報告させてくれ」
「分かりました」
では、話を進めていこう。
「では順番に確認していきましょう。サタ、メモ、ジョハリス、この建物の周囲に怪しい人物などは居ましたか?」
「怪しいと言うか、明らかに監視しているっぽいのが何人か居るな。ただ犯罪者な感じはしない」
「メモも同意します。ただ彼らはお互いの存在に気づいていないようですね」
「ウチも帰ってくる途中に見かけたっす。ただ方向性は護衛と監視で分かれていそうだったっす」
「なるほど。それを確認できただけでも、この部屋を借りたのは正解でしたね。『セクシーミアズマ』の船内では厳重過ぎて、誰も寄ってきませんから」
まず俺たち……と言うより、ヴィリジアニラを監視している、または護衛している人間は居るようだ。
所属についてはいずれも帝国軍の諜報部隊であることまでは一緒だろうが……その先は別々らしい。
つまり、ヴィリジアニラを犯罪組織から護衛しているもの、何か怪しい事をしないかと監視しているもの、それらの度合いが強いもの、弱いもの……あるいは本人はそうと知らずに犯罪組織の目として使われているものも居そうか。
「なんと言うか、思った以上に混迷を極めている感じだな。ニリアニポッツ星系の諜報部隊は」
「そうですね。誰が敵で誰が味方……いえ、もしかしたら全員味方ではあるけれど、過度の競争を……それを利用して効率を……と、すみません。まずはジョハリスたちの話を聞くべきですね」
とりあえず中の様子まで窺ってくる気がありそうなのは一人か二人くらいで、この部屋の設備からして実際に窺われることはなさそうだな。
modを使われたなら、俺が分かるし。
「ではジョハリス。『エニウェアツー』の様子はどうでしたか?」
「ウチの基準がフラレタンボ星系っすから、それと比べてと言う話になるっすけど……なんと言うかピリピリとしている感じだったっすね。足を引っ張るまではいかないけれど、出し抜きはしてやろうと言うか、少しでも自分たちの成果を上げようと言うか、そんな感じの空気だったっす」
「なるほど」
まずジョハリスの報告。
どうやらニリアニポッツ星系の『エニウェアツー』に普段は居る諜報部隊は、成果を上げることに積極的であるらしい。
それ自体は悪い事ではないが……出し抜こうと考えるってのはちょっと気になるな。
「メモクシ。機械知性たちの方はどうでしたか?」
「他の星系のネットワークに比べると、個人の領域として規定され、中に踏み入れる事が出来ないスペースが多いように感じました。ヒューマンで言うなら隠し事が多い、あるいは個人主義が強いと言う事ですね。とは言え、競争を主としているニリアニポッツ星系なら、おかしい事でもないでしょう」
「ふむふむ」
続けてメモクシの報告。
どうやらニリアニポッツ星系の機械知性たちは、他の星系の機械知性たちに比べて我が強いようだ。
ただこれも当然と言えば当然だな。
競技と言うのは競う相手があってこそのもので、競う相手に一から十まで説明する必要があるかと言えばNoだし、場合によっては一すら教えられないのだから。
でもまあ、不穏な部分はあるな。
「サタ。報告できる範囲でお願いします」
「Swによる特定分子の発光現象は、条件を満たせば打ち消すことが可能だ。ただそれはニリアニポッツ星系の統治機関も把握済みなんだろうな。Swには過去100年の範囲でも十数回の微妙な改変が行われた形跡があった。たぶん、不定期に少しだけSwを動かすことによって、打ち消しを上手くいかないようにしているんだろう」
「分かりました」
最後に俺の報告。
詳しい原理は今は省くが、俺のような特殊な存在で無くても、発光現象を打ち消すこと自体は出来てしまった。
そして、ニリアニポッツ星系のSwには積極的と言ってもいいレベルで改変の痕跡が残されていた。
となればたぶんだが、この打消しを利用している何者かと、打消しを利用させたくない統治機関の間でいたちごっこが発生しているのだろう。
此処まではほぼ間違いない。
「……」
そうして俺たちの報告を聞いたヴィリジアニラが少し考え、幾つかの資料を確認し、それから口を開いた。
「やはりニリアニポッツ星系の諜報部隊……いいえ、ニリアニポッツ星系の統治機関全体が、サボタージュによる攻撃を受けていると考えてよさそうですね」
そして、今現在、ニリアニポッツ星系は姿が見えない何者かによって攻撃をされていると、ヴィリジアニラは告げた。
12/08誤字訂正