117:バニラプレス社
「此処がそうか」
「その通りですサタ様。此処が『バニラプレス』社のニリアニポッツ星系支社の本部になります」
翌日。
俺たちはコロニーの中を移動。
万が一ではあるが、予期せぬトラブルに遭遇した場合なども考えて早めに『セクシーミアズマ』を出たのだが、何事もなく移動は済み、予定時刻の二時間ほど前に目的地である『バニラプレス』社のニリアニポッツ星系支社本部前に着いてしまった。
「流石に早過ぎますから、そこのカフェで時間を潰しましょうか」
「だな」
「かしこまりました」
『分かったっす』
俺たちはヴィリジアニラの言葉に従ってカフェの中に入り、適当に軽食とノンカフェインのお茶を味わいながら、時間が経つのを待つことにする。
で、待ちつつ思い出すのは『バニラプレス』社についてだ。
『バニラプレス』社は、帝星バニラシドに本社を持ち、帝国全星系に支社を置いている、報道関係の大企業。
ヴィリジアニラが普段書いている記事を卸している先であり、帝国軍諜報部隊のフロント企業の一つでもある。
で、諜報部隊のフロント企業であるという事からも想像がつく通り、報道内容については基本的に皇族寄り、貴族寄りであり、帝国貴族の世論操作の一端を担っていると言っても過言ではない会社でもある。
とは言え、汚職の類は許さないし、庇い立てようの無い事件も素直に報道するし、そちら側であるとはっきりと宣言もしているので……まあ、中立公正の範疇だと個人的には思ってる。
逆説、『バニラプレス』からボロクソに叩かれる貴族は、本当にどうしようもない事をしたんだなと思えるしな。
「……。サタ、一応言っておきますが、今日の話し合いは聞いていてあまり楽しくないものになると思います。ですが、出来るだけ表情には出さないでください」
「……。分かった。いっそのこと、表情筋のパッシブ操作でも切っておくか」
「そうですね。それでいいと思います」
『途端にそっちが羨ましくなくなったっすねぇ……』
さて、俺たちが今から向かうのは、ニリアニポッツ星系各地にある支社、分社、事務所を統括している本部ビルになる。
会うのは当然ながら何も知らない一般社員ではなく、諜報部隊としての顔も持っている、それなりに上の立場の人間だ。
そういう立場の人間なら、帝国の制度上、ある程度の優秀さは担保されているはずだが……それなのに、楽しくないものになるという事は、そう言う事か?
まあ、俺は人形の表情筋を感情と連動しないようにしておけば、ポーカーフェイスぐらいは簡単に作れるし、半分くらい聞き流していて、裏でレポートを進めていればいいか。
「では行きましょう」
それでは移動開始。
カフェを出て、普通に本部ビルに入り、アポイントメントがある事を告げて、誘導された部屋へと移動。
誘導された部屋には隠し通路があり、そこから更に奥へ。
辿り着いた先にあったのは……。
「待っていたよ。ヴィリジアニラ君」
「お待たせして申し訳ありません」
外部から完全に隔絶された個室だ。
俺が見た限りでは、電波は完全に遮断、電源及び空調システムも完全に内部だけで独立している。
窓は当然のようにないが、出入り口は……たぶん五つくらいあるな。
家具は最低限の机に椅子に映像機器のみ。
その他modによる盗聴対策も施されているようだ。
うん、完全防諜と言ってもいい部屋になっているな。
そして、そんな部屋に居たのは、三十代くらいと思しき、一人のヒューマンの男性。
どうやら、ニリアニポッツ星系の諜報部隊の中でも、それなりに立場がある人間らしい。
「時間については問題ない。指定通りだ。ただ、君と違って私には時間がない。なので、単刀直入に伝えるべき事だけ伝えさせてもらう」
「分かりました」
ただまあ……俺個人としてはあまり好ましく感じない人間だな。
悪党と言う意味ではない。
付き合っていて疲れると言うか、楽しくないと言うか、そんな意味でだな。
うん、事前に表情筋の連動を切っていてよかった。
で、ヴィリジアニラに対して告げられた言葉を簡単にまとめるならばだ。
・ニリアニポッツ星系の諜報部隊は優秀なので、ヴィリジアニラの助力は不要
・ヴィリジアニラがむやみに動き回って、こちらの仕事を増やしたり、台無しにされる方が困る
・なので、何処へ行く気なのかと言う情報を提示し、こちらが許可した所以外には出ないで欲しい
・私の出世の邪魔をすんな
こんな所だろうか。
うーん、何と言うか、余裕が感じられないな。
向上心が強いのは構わないし、実際に実力もあるのだろう。
嫉妬はしても、仲間を害したり、捏造を企てたりと言った背任行為をする気が無いのも間違いないのだろう。
ただ、俺個人としてはそんなに焦ってどうするのと言う感じだなぁ、本当に。
「今後のやり取りはこちらのアドレスへ頼む。では、私はこれで失礼」
「お疲れ様です」
そんなわけで、言いたい放題言ったところで男性は去っていった。
男性の名前?
えーと、名乗りはしたけれど、聞き流していたから覚えてないな。
まあ、ニリアニポッツ支社本部の誰かさんとだけ認識してれば十分だろ。
「では、メモ、サタ、ジョハリス。帰りましょうか」
「分かりました。ヴィー様」
「分かった」
「ワカッタッスー」
ちなみにだが、ジョハリスが普段乗っている機体は俺たちと一緒に此処にいるが、機体を操作しているのはメモクシである。
ではジョハリス本人は何処に?
ジョハリスはスライムだ。
なのでまあ、スライムだからこそのルートを使って、現在別行動中である。
どうしてこんな事をするかって?
……。
ニリアニポッツ星系の諜報部隊の中に、犯罪組織の組織員が入り込んでいる疑惑があるからだ。
無能ではないけれど有能でもない、行動指針は分かり易い、そんな普通の人です。『バニラプレス』社の担当者さんは。