110:『シェイクボーダー』 ※
本話はヴィー視点となっております。
「サインを確認しました。これでこの船『パンプキンウィッチ』……真名『シェイクボーダー』は帝国軍諜報部隊所属、ヴィリジアニラ・エン・バニラゲンルート・P・バニラシド様の指揮下に入りました」
「はい」
「合わせて、『シェイクボーダー』の操縦士として、ジョハリス・コモン・サゴーキヨ・C・フラレタンボもヴィリジアニラ様の指揮下に入ります。問題はありませんね」
「問題ないっす」
その日、『パンプキンウィッチ』……いえ、『シェイクボーダー』の一室に、私、メモ、ジョハリスの三人が集まっていました。
そして、私の前には複数の書類が提示されており、私はそこへ名前を記します。
ただ、記すのは日常レベルのそれではなく、長い正式な名前です。
「これからよろしくお願いします。ジョハリスさん……いえ、ジョハリス」
「よろしくお願いするっす。ヴィリジアニラ様、いえ、ヴィー様」
「はい、よろしくお願いします」
正式な名前が必要になる理由は単純。
この船がそれだけ帝国内でも希少で、取り扱いに注意が必要な船だからです。
具体的に言えば、船体の色を自在に変化させられるmod、表向きの名前を自由に変えられる権限、高水準のシールド、材料と設計図さえあればおおよそのものを作れてしまう汎用デュプリケーター、各種レーダー対策などなど。
万が一にも悪用されれば、重大問題になる事は明らかであり、責任の所在を常に明らかにしておくことは必須でしょう。
そして、それを理解しているからこそ、今後の私の立ち回りには気を付ける必要があります。
万が一を避ける事はもちろんのこと、帝国民の安寧を守る立場だからこそ、帝国の法を順守しなければいけません。
気を付けて運用していきましょう。
「それでは早速で申し訳ありませんが、ニリアニポッツ星系までのフライトプラン構築をお願いします」
「日時欄はまだ空白でいいっすよね?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ、やってくるっす」
ジョハリスが部屋の外に出ていきます。
「さて、ヴィー様。もう一つ通達があります」
「……」
メモが真剣な顔で私に受信したメッセージを見せます。
「皇室からです。現時点を以って、ヴィリジアニラ・エン・バニラゲンルート・P・バニラシド様の皇位継承権を17位に上げるそうです」
「謹んで拝領させていただきます」
メッセージには、バニラ宇宙帝国を治めるバニラ皇家の紋章が記されており、それが正式な通達である事を示しています。
そして、この通達に断ると言う選択肢はありません。
皇帝からの命令だからです。
だから私はメッセージを受け取り、画面を閉じて……。
「はぁ……本気で要らない……」
本気の溜息を吐きつつ、机に突っ伏しました。
「お気持ち、お察しいたします。ヴィー様。メモとしても面倒事が増えそうで……今からでも受け取らなかった事にしたいです」
「しないくせに」
「しませんね。そんな事をしたら、メモはバックアップやスペアボディごと廃棄処分されてしまいますから。それはヴィー様としても困るでしょう?」
「困るわね。だから、これ以上の恨み言は言わないわ」
バニラ宇宙帝国の皇位継承権は皇帝に任命権が一任されています。
基準としては実力至上主義。
ただ、此処で言う実力には、肉体の頑丈さだけでなく、事務処理能力、判断能力、年齢、後援者の実力、これまでの功績、部下たちからの信頼などなど、その人物に関わるあらゆる事柄が含まれています。
では、私の実力は皇位継承権17位と言う、一般的に見れば十分高い地位に見合うかと言われると……見合うはずがない。
「最近のヴィー様の功績が大き過ぎるのでしょう。特に宇宙怪獣であるサタ様を配下にしているのは、他の皇位継承権持ちの方々と比べて、突出しています」
「そうね」
「ですので、皇帝陛下としても、ヴィー様の気持ちを無視して地位を上げずに済ませるわけにはいかなかったのでしょう。なにせ、バニラ宇宙帝国が始まって以来、初めての功績でしょうから」
「そうなんでしょうね……」
理由は分かっている。
サタの実力です。
サタの功績が、私の指揮下に居たという事で、私の功績になっているのです。
それはサタに降りかかるはずだった面倒事を約束通りに私が処理出来ていると言う点では誇らしい事なのですけれど……それでも皇位継承権17位は高すぎるので、要らないのが本音です。
「そんなに高い地位が嫌ならば、サタ様を放逐されたら如何ですか?」
「絶対に嫌」
メモの言葉に対する言葉は、私は自分でも不思議なくらいにすんなり出ました。
「理由をお聞きしても?」
「……。サタは一緒に居て楽なのよ。戦闘能力的な意味ではなくて、日常生活の気分と言う意味で」
「……。なるほど。では、ヴィー様が頑張るしかありませんね。今後、ヴィー様とサタ様の契約に割り込むことを考えるものが出てくる可能性は十分にありますので」
「分かっています。なので、そういう時には全力を尽くしますし、狙ってきそうな相手への対策は考えておきます」
「頑張ってくださいませ。ヴィー様」
でも、そう、うん。
サタ自身の意思で私から離れていくならまだしも、サタを他の誰かに取られるとか、絶対に許容は出来ません。
なので、サタと一緒に居るために必要な事はしっかりとやっていきましょう。
サタの為にも、私の為にも。
「では、サタ様、ジョハリス様と一緒にニリアニポッツ星系での行動を考えていきましょう」
「そうね。そうしましょう」
私は頭に付けている髪飾りを触れながら、部屋を後にしました。
12/02文章改稿