104:フィーカンド缶比べ
「ふんふふーん♪」
「楽しそうっすね」
「此処までで期待が持てる事は分かっていますから」
「あ、ヴィリジアニラ様もそっちっすか」
「そう言う事です。食事中の警戒はメモがしますのでご安心を」
フィーカンド社のお客様向け食堂では、数種類の主食とサラダと飲み物、そしてフィーカンド社製の缶詰が常時100種類近く注文する事が可能になっている。
その缶詰にはサバ味噌煮缶やマグロのフレーク缶と言った定番商品から、フラレタンボ星系独自の魚介類を用いた缶詰まで存在している。
さて、何を選ぶべきか。
俺の腹的には全ての缶詰を食べることも別に不可能ではないのだが……金銭、時間、注目などの観点から考えて、品数は抑えるべきだろう。
とりあえず主食は白米、サラダは普通の葉物、飲み物は水として……うん、この四つにしておこう。
「え、四つっすか……」
「私たちは二つ……いえ、三つを分け合いましょうか」
「あ、それは良いっすね」
と言うわけで選択完了。
ボウルシップオイスターの水煮、サキヨウオの油漬け、エンフィアンコウの肝煮、魚卵のシロップ漬け、この四品だ。
ちなみに、ヴィリジアニラたちも普通の缶二つに、少し変なのを一つ選んでいる。
「では、いただきます」
俺は目の前の缶詰に集中し始める。
まず食べるのはボウルシップオイスターの水煮。
ボウルシップオイスターはドクセンオイスターとも呼ばれ、海水の水球の底部にボウルのような形のコロニーを形成、他の魚や貝の侵入を阻みつつ、水球内で繁殖したプランクトンをコロニーの仲間たちで独占して成長するカキの一種であるらしい。
その性質から、コロニー内の位置によって身の味や品質がかなり変わるのだが、こいつは中層くらいの一般的な個体だそうだ。
さて、肝心の味は……美味い。
貝特有のほのかな甘み、微かな塩気、蓄えていたうま味が、歯ごたえのある身を噛み締める度に口の中で噴き出して、鼻腔へと心地よい磯の香りを届けてくれる。
だが、これほどの美味しさはボウルシップオイスターだからではなく、フィーカンド社の缶詰だからこそだろう、
じっくりと、強靭な筋肉が柔らかくなるまで、長時間煮続けて、その状態を保つように缶に封入したからこそだ。
うーん、箸が進む。
「こっちもいいな」
続けてサキヨウオの油漬け。
サキヨウオはイワーニ自然保護公園にも居た、水球の動きを読み切り、次々に泳ぎ移っていた魚である。
最大の特徴は周辺視野と立体視野を確保するためなのか、目が四つある事であり、目にいい成分がこれでもかと含まれているらしい。
そんなサキヨウオの頭は刻んで油に混ぜつつ、身を漬けて、茹でたものがこの缶詰だ。
味は……多少独特の臭みや油っぽさはあり、目が覚めるような刺激も少しあるな。
だがこのくらいならば癖の範疇と言うか、人によってはむしろ好みの範囲だろう。
それ以外は特に変わったところはないか。
うーん、これは単品で食べるよりも、中の油ごとスープとかに入れると良い感じかもしれないな。
「さて高級品だ」
三品目、エンフィアンコウの肝煮。
エンフィアンコウは惑星フラレタンボ1の深海に生息する魚で、漁獲量が限られている魚でもある。
特徴としては、海底に住み、水球から水球へと這って移動する関係で、肺呼吸が可能であり、水球の外で長時間の活動が可能な事だろうか。
なので、ただのアンコウではなく、エンフィ……amphibian……両生類と言う名前が付いているようだ。
で、肝心の味は……あー、これは……俺は酒が好みではないのだけれど、酒と合わせたら非常に美味しい味がしてる。
肝を煮溶かして作ったソースに、よく煮た白身を絡めて、缶に封入したらしいのだけれど、非常に味が濃く、一口分でも白米が何口も食べられる。
そんな濃い味付けなのだけれど、その塩気、甘味、苦味、うま味が合わさって、雑味がなく、本当に美味い。
ああ、気分が釣り上げられる……。
「最後だな」
「サタ、シロップ漬けについてはデザートとして少し貰っても?」
「いいぞ」
最後、魚卵のシロップ漬け。
魚卵の親である魚は、フラレタンボ星系特有の種ではあり、肉の臭みが殆ど無い魚のようだ。
そんな魚の卵を甘いシロップに漬けたものであるらしい。
で、食べてみたわけだが……。
これはおかずではなくデザートとして味わうのが正しいな。
魚特有の生臭さを上手く消した上で、上質な砂糖で漬け込まれたのであろう魚卵は宝石のように煌いた見た目をしている。
それを口に運んで噛めば、僅かな抵抗があった後にプチっと潰れて、甘い中身が口の中に広がっていく。
微かに漂うフルーツの香りも合わせると、そういう果物を食べているような感覚になるな。
仮におかずとして味わうのなら……主食を米ではなくクラッカーにして、上にチーズを乗せ、更にその上にこれを乗せるとかどうだろうか。
上手く調整すれば、中々に美味しそうだ。
「「ごちそうさまでした」」
「ごちそうさまっす」
と言うわけで完食。
どの缶詰も非常に美味しく、満足がいくものだった。
あ、サキヨウオの油漬けについては値段も手ごろなので、売店で幾つか買っておこう。
原材料的に一部の研究にも使えそうだしな。
そうして俺たちは満足したままフィーカンド社を後にした。