103:5年経っても大丈夫
「こちらでは缶詰の試食を行っておりまーす。フィーカンド社の保存技術が如何に優れているのかを、ご覧くださいませー」
さて、工場を進むことしばらく。
おおよその工程を見終わり、次は食堂へと言うところで、缶詰の試食が出来るだけのスペースに遭遇した。
「メモ。どういうものなのですか?」
「こちらでは二方向でフィーカンド社の保存技術の凄さを示すパフォーマンスが行われているようです。具体的には経年劣化に対する耐性と、各種腐食に対する耐性ですね。なお、客が食べられるのは事故防止もあって、前者のみです」
見れば、今日出来上がったばかりであるらしい缶詰の横に、製造から五年経過したらしい缶詰が置かれている。
また、更にその横には、腐食性の液体に漬けられているらしい缶詰の姿もある。
なるほど、フィーカンド社の缶詰の賞味期限はものにもよるが十年は確実にある。
その半分である五年、中身に異常がないのであれば、保存技術のパフォーマンスとしては十分だろう。
また、腐食性の液体に漬けてあっても缶と中身にダメージがないのであれば、だいたいの環境で保存していても大丈夫と言えるだろう。
なお、加熱によって中身が駄目になるのを防いだり、物理的破損を受け付けないようにしたりするのは、それはそれで問題があるため、缶に持たせるには相応しくない性能である事は忘れてはいけない。
「二つの缶詰の中身はほぼ同一、と言う事で良いんですよね?」
「はい。当時と今では製法が微妙に変わっていたり、原材料の個体差などもありますので、完全な同一とはいきませんが、使っている魚の種類や基本的な調理は変わっておりません」
「なるほど。では、試させてもらっても?」
「勿論!」
さて、試しに食べてみるか。
と言うわけで、俺は二つの缶詰を食べてみる。
まずは本日出来上がったばかりであるらしいサバの味噌煮。
うん、味が良く染み込んでいて、骨まで問題なく食べられ、とても美味しい缶詰だ。
もう少し具体的に述べるなら、程よく濃い目な塩気、微かな甘み、香り立つ味噌、噛み締めるごとに噴き出す魚の旨味とそれらを引き立てる先述の三つの味。
よく煮込まれた骨の食感はアクセントとなり、栄養価も申し分ない。
あー、主食の炭水化物……出来れば炊き立ての白米が欲しくなる。
続けて五年前に製造されたらしいサバの味噌煮。
これは……驚いたな。
原料であるサバの差、味噌の差、調理方法の差と言った、意図した変化の差は読み取れる。
だが、経年劣化の類は俺の舌でも感じ取れない。
まるで今出来上がったような缶詰だ。
勿論、今と昔ならば、今の方が味としては洗練されているのだが、五年と言う月日は感じない。
これはこれで美味しいぞ。
「え、マジで五年前?」
「はい、五年前のものです」
「本当の本当に?」
「え、ええ……。その、私が入社前に製造された品ですので、製造現場には立ち会っていませんが、こちらのパフォーマンスは30年ほど前から継続して行われており、パフォーマンスの為に長期保存する缶詰を用意してあるんです。その、必要でしたら、どのような環境で保存されているかの映像データなども用意できますが……」
「サタ。驚いたのは分かりますが、それぐらいで」
「サタ様。引かれてますよ」
「え、あ、うん。すみませんでした。いや、本当に差が分からなくてな……」
思わず問い詰めてしまった。
ただ、試食担当の女性の反応と、メモクシの本当ですよと言う目配せからして、本当に五年前に製造された缶詰であったらしい。
マジかー、マジなのかー。
「……。本当にサタの舌で差が分からなかったのですか?」
「分からなかった。しかも経年劣化を抑えるようなmodも含まれてない」
「ヴィー様、サタ様。先ほど念のために確認しましたが、本当に五年前の缶詰のようです。データの確認も、缶詰の間違いがないことも確かめました」
「凄いっす。ウチ、こんなに凄い事をしている会社だとは知らなかったっす」
で、試食の場所から少し話されたところで、小声で発した俺とメモクシの言葉にヴィリジアニラが驚きの表情を微かに見せる。
でも、mod無しのただの技術で五年の経年劣化を抑えているのは事実である。
また、メモクシに聞いたところ、サバの味噌煮缶の保存環境は暗所で揺れが少ないところではあるものの、温度変化については空調設備がないのでそれなりにあるらしい。
つまりは一般家庭での常温保存と同じ状態とのこと。
なので結論としてはこうなる。
「フィーカンド社凄い」
「本当ですね」
「ちなみに現代帝国の一般的な缶詰の賞味期限は5年ほど。mod使用なら半永続的ですが別にエネルギー消費あり。一流企業でもフィーカンド社と同程度となっています」
「なんだか誇らしくなってきたっす」
フィーカンド社は帝国全体でもちゃんと通じる企業という事だ。
それも、その技術を少なくとも30年以上繋いできている真っ当な会社でもある。
ちなみにだが、modでの鮮度維持や破損防止が出来る現代でも缶詰の需要はある。
と言うのも、電気水道ガスmodが使用できない状況下と言うのは少なからずあるし、缶詰だからこそできる味と言うのもある。
運送や保存にかかる手間やコストが少ないというのはもちろん利点。
他にも俺が思いもしないだけで、缶詰だからこその利点、メリット、需要がある事だろう。
確か『パンプキンウィッチ』にも、緊急時の食料として数日分が積まれていたはずだしな。
……。
後で、フィーカンド社の缶詰があるか、確かめておこう。
「では、ヴィー様、サタ様、ジョハリス様。時間も程よいところですし、食堂へ行きましょう」
「そうですね」
「ああ」
「分かったっす」
では、食堂で他の缶詰も食べてみるとしよう。
なお、賞味期限10年と言うのは指定された環境できちんと保存した場合に確実に大丈夫な年数になります。なので、環境をもっときちんと整えれば、20年ぐらいまでは大丈夫と考えてもいいのが、フィーカンド社の缶詰です。