102:フィーカンド社
「本日はフィーカンド社本社工場へようこそ。一般見学者と同等の扱いで良いという事で、私はこれで失礼させていただきますが、どうぞ心行くまでお楽しみくださいませ」
「ありがとうございます。ゆっくりと楽しませていただきますね」
さて、本日の俺たち……俺、ヴィリジアニラ、メモクシ、ジョハリスはフィーカンド社の工場へお邪魔させてもらっている。
と言うわけで、お茶会で会った人物に出迎えだけしてもらい、俺たちは工場の中へと入る。
なお、工場案内についてはいつものようにメモクシへ事前にデータを渡し、適宜解説してもらう形である。
毎度のことだが、このお付きのアンドロイドにデータを渡して解説してもらうという形、専属のアンドロイドを持てるような富裕層限定とは言え、誰にとっても便利な仕組みだよな。
会社は正確なデータさえ準備すれば、余計な人員を割く必要がなくなる。
客は自分の趣味嗜好、知識に合わせた解説を受けられる。
データを貰うアンドロイドや護衛にしても、自分たちが望むような形で動きやすい。
と言う感じで。
「ではヴィー様。解説を始めます。フィーカンド社は惑星フラレタンボの魚介系缶詰のシェア一位を誇る企業で、本社工場である此処はフィーカンド社の工場を中心に街が作られていると言っても過言ではありません」
「みたいだな。街全体で一つの工場って感じだ」
「いい匂いがするっす」
「食品を扱う工場らしく、清潔さが保たれていますね」
フィーカンド社の本社工場は缶詰の中身を作っている工場が一番目立つが、それ以外にも缶詰を作る工場、物の出し入れに関わる空港、事務作業を行うビルなどが建っている。
とりあえず本体の目で見る限りでは騒ぎは起きていない。
そして、ジョハリスの言う通り、缶詰の中身を作っている工程の過程で漏れ出たであろう料理のいい匂いが工場全体で漂っているように思える。
「本社工場でメインに製造されているのは、サバやサンマ、マグロと言った一般的魚類の缶詰ですね。これらはフラレタンボ星系内でほぼ全てが消費され、星系外には殆ど出ていきません」
「それはそうでしょうね。星系外にまで出すなら、その星系特有の動植物を元にしたものってのが一般的ですから」
「ある程度以上に鋭い味覚の持ち主なら、星系ごとに微妙に味が違うのも分かるんだが、それはまあ一般的ではないからな」
「へー、そうなんっすか。同じ名前の生物なのに味が違うって不思議っすね」
ジョハリスは知らなかったようだが、そうなのだ。
少し詳しく言うとだ。
それぞれの星系内で育っている生物と言うのは、実は三種類に分けられる。
一つ目は惑星開拓の際に自然繁殖するように外部から持ち込まれた生物で、生物の由来を別の星系に持つがそれぞれの星系で適応したもの。
二つ目は元々その惑星に居た生物だが、味や生態、見た目と言ったものが既存のよく知られた生物に似ているのでそういう名前を付けられた、名前の由来だけ別の惑星にあるもの。
三つ目は既存の生物に似たものが居ない、その惑星や星系独自の生物。
と言う感じだ。
なので、同じサンマと言う名前が付けられていても、フラレタンボ星系のサンマとヒラトラツグミ星系のサンマでは、よく味を確かめると別だったりするし、遺伝子やmodまで見れば全く別の生物だったりするのだ。
そして、本当に味覚が鋭いのなら、別星系で育ったサンマとオリジナルのサンマが別の味であることも、また確かめられる。
だから、それぞれの星系や惑星ごとの料理が生まれるし、それらは味わい深いのだ。
「ところで本社工場があるという事は支社工場も?」
「あるようです。使う素材の鮮度などを考慮した結果、惑星フラレタンボの各地に小規模の工場があるようですね。中には使う魚介の獲れる量が少ないため、年に千缶にも満たない量しか作っていない工場もあるようです」
「へー、なのに工場が回っているという事は……美味いのか」
「美味いようですね。メモには分かりませんが」
「ああ。輸出用の惑星フラレタンボ1独自の生物を使った高級缶詰っすね。ウチは聞いたことがあるっす」
「そのようですね。一般缶詰の100倍以上の値段がするようですが、それでも品薄になっているような品のようです」
俺たちの前では流れ作業で魚が捌かれて行っている。
だが、作業をしているのは人間が主体で、機械は補助的だ。
聞くところによれば、こういう部分はやはり人間主体の方が早く、安く、質もよくなるらしい。
余談だが、フラレタンボ星系の漁船は、水面に船体を付ける海船ではなく、modによって高度の維持を行いつつ移動する浮遊船が一般的であるらしい。
そして、浮遊船で目的の水球の頭上まで移動し、水球ごと魚を捕獲し網でこし取っていくような漁法が基本だそうだ。
「ちなみにその缶詰、本社工場で買ったりは……」
「出来ませんね。作る度に買い上げ先が概ね決まってしまい、僅かな残りも本社に残しておかないといけない分になってしまうそうですから」
「そうかー」
「しかし、他の星系固有生物の缶詰であれば、普通に売られているそうですし、食堂で食べることも出来るそうです。もちろん、缶詰によく合う主食も用意されているとのことです」
「そうですか。では今日の昼食はそちらで決定ですね」
「だな」
「これは……役得っすね!」
と言うわけで今日の昼食がどうなるかは決定した。
決定したが、缶詰の製造工程自体も見ていて楽しいものなので、俺たちはペースを変えずに工場の見学用通路を時折立ち止まりつつ、歩くのだった。