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世界を変えた日

最終試験を迎えた日、シエルは部屋の姿見に映る自身を脳裏に焼き付けた後、迎えに来た大人の後を着いて〝会場〟へと足を運ぶ。


会場はたとえ魔素器官を有した人間同士が本気を出そうとも、ヒビ一つ入らぬよう設計された強固な造りの、物一つない大きな真白い部屋であった。

二階部分と思われる位置には、兵器を求めてくる人間が品定めしやすいよう、透明のガラス板が、会場を囲むように取り付けられており観戦が可能となっているが、例え対戦車ミサイルを放とうとも、そのガラスが割れる心配はないほどの強度がある。


あらゆる上流階級の人間がその場に集まり、この最終試験である『兵器同士の本気の殺し合い』を催し物として楽しんでおり、その表情は皆等しく刺激を求めた嗜虐的な笑みで満たされていた。

ここまで生き残った道具に対し、3rdと呼ばれる一般兵器生をバディ同士で殺し合いを行わせるのには、洗脳教育の完了という意味合いももちろんあったが、この上流階級の人間達へのパフォーマンスという意味合いも多分に含まれている。


この日は3rdの道具は自身の術を知り尽くした相手との戦闘を得て経験を蓄え、魔素器官を有した人間が死んだ事により放たれる莫大な魔素で、この会場を濃密な魔素で満たし2nd、1stという、優秀な道具を更に強固な道具として完成させるための、重要な儀式の一つなのであった。


そんな中、魔素の子達と1st、2ndは会場内の隅で起立したまま、その一対一の戦闘を観戦していた。

莫大なコストをかけた魔素の子がこの儀式を行なう必要性は殆どなく、何より魔素の子と相対した道具は、例え優秀な物であっても必敗である。

ならば死者から放たれる魔素の吸収だけで問題ない、とフォルゴンの大人たちは考えた。


その事にナキとニーナはほっと安堵する。

この二人は世界を変えるため、殆ど自殺のようなものをしようとしているのにも拘わらず、姉弟の殺し合いだけはどうしてもずっと恐怖していた。


元々魔素の濃い地において、魔素器官により濃密化された魔素が、道具の死後解き放たれた会場は、莫大な魔素で満たされており、シエルは自身の予想を上回る程のその魔素の量を視覚で捉え、圧倒されていた。

そして何より、これで世界を変えるという目標へ至るための目算は高くなったと、つい笑みが溢れそうになる。


この会場の設計は魔素器官に似た技術を持ちいたのか、会場から魔素を外へと逃さないよう隔離させるように、機能しているようだった。

そしてこれだけの魔素が一気に放出され、空間には魔素の逃げ場として別の世界へと繋がる次元すらも新たに発生していたのだ。

これならばシエルが、わざわざクレア系能力で次元を開かずとも、問題はない。


あちらの世界から、こちらの世界へと流れ込んできた魔素。

開いた次元を自由に行き来するが、本来であれば魔素はあちら側からこちら側へと流れてきた存在。

それが今日この日、この場所においては、こちらの世界の魔素の濃度が一定を越えた飽和状態として、あちらへと流れ込む。


これはまたとない最大の機会であった。

3rdの最終試験が終わり、大人達がなにやら道具の説明をしている。

その隙にシエルは、姉弟の脳内チップを、透視とエレクトロキネシスのあわせ技によって破壊する。


――そして視界にいる子どもたち全員分の脳内チップのプログラムをこっそりとイジった。


それはシエル達、魔素の子を上位者として認識するよう思考を誘導する、フォルゴンの思考誘導プログラムよりも、より安定して強制力のあるものに書き換える。


『さあ、皆さん。命令です。今すぐ自身の魔素に意識の全てを委ねてください!』


テレパスによって会場内の子供達全員へと伝えようとしたシエルであるが、後少しで念願が成就すると思いの外高まった感情と、周囲の魔素の濃さにより、出力範囲は普段のそれよりも遥かに越え、会場全体へと発せられた。

それによって大人達の驚愕が見てとれた。


「な、なんだ? テレパスか?」

「何かの余興ですかな?」

「いやはや、この場全体にテレパスを送るとは、最高傑作という看板に偽りなし、という事でしょうな」


これも余興の一種と捉えた大人達は、依然余裕の態度だ。


――しかしこれからが本番です。さあ刮目してください。


姉弟達へと目を見やると無言の了承が伺えた。

シエルはその場における自身も含めた、人の構成物質を分離する。

それは恐ろしい程までに繊細で精密な、念力(サイコキネシス)による粒子レベルの破壊であった。


「な、何がおきた!」

「ど、道具共が消えておるぞ!!」


会場の子供達が次々と消えるようにして崩壊していく謎の現象に、大人達は悲鳴を上げて逃げ惑った。


手から、足から、自身の肉体が完全に消えるその瞬間まで意識を保てるよう、頭部を最後に残して視界内の存在を全て崩壊させる。

魔素の濃い者ならば、あるいは耐えられるかも知れない、という強制的かつ独善的な、周囲を巻き込んだ集団自殺である。


「ふふっ」


思わずシエルは笑ってしまう。

その事に自分でも驚いた。


大人達は高みから、自分たちを見世物のように自分たちを見下し笑っていた。

しかし、今はこちらがその狼狽ぷりを眺めている。


シエルの笑い声につられ、姉弟達もまた可笑しそうに笑う。

そして脳内のチップが高度に改ざんされたことで、一部の子供達もまた感情が湧いてきて笑い出す。

決して洗脳が完全に解かれたというわけではないのだろうが、今まで霞がかっていた思考は明瞭となり、思考の隅に置かれていた大人たちへの憎悪は、未だ知らぬ感情により笑いという行為で発散されたのであった。


眼下の手足から順に崩壊していく子どもたちが、自身らを見て笑うその様は異様であり、誰もが恐怖した。


「ああ、そうだ。せっかくです。あなた達もご招待してみましょう。まあ魔素器官がないので、無駄でしょうが」


窓ガラス越しの大人達も、眼下の子供達と同じく身体が徐々に崩れていく。


「な、何なのだこれは!」

「ひっ!! 手、私の手がッ!!」

「た、助けろ! 誰か私を助けろ!!」

「フォルゴン!! これはどういうことだ!! フォルゴン!!!!」


その行為が復讐という名の、酷く感情的かつ、無意味な殺人であるとシエルは理解していた。

だが自身の生ですら、無意味であると生きてきたシエルにとって、理由等はどうでもいい。

やりたいようにやる。

殺したかったので殺した。

それだけの事であり、しかしそれはシエルの中の何かを劇的に変えうるものだった。

それはあらゆる楔から解き放たれたような感情。


その感情の名を何と言ったか……。


「ああ、自由ですね――」





『それじゃあお先に失礼するよ』


既に肉体が完全に消失したはずのロノウェの思念が、シエルに飛んできたのに驚き、姉弟達へ視線を向けると、皆一様に微笑みを蓄えていた。

ここまでは完全に成功だった。


――だから、


『ええ、それではまた』


シエルもまた同じく笑い、最後に残った自身の肉体は完全に消失した。



肉体に留められていた魔素が一気に解き放たれて、また収束していく感覚を明瞭な思考でシエルは感じていた。

自身だと思われる魔素達は次第に収束していく。

しかしここで集まりきって肉体を再構築しても意味はない。

他の魔素が流れ込む先へと、自身も追従し、サイコキネシスによってその場に満ちた他の魔素達も連れ、次元の狭間のその先にある世界へと向かう。

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