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世界を皆で変える

超能力の適正は、その者の意識や無意識に大きく影響される。

火がトラウマの者がパイロキネシストになる適正が大きい、といった例もそうだが、そもそも超能力とは未知の部分が多い。

それもそのはずで魔素によって持たされたものであるのにも関わらず、人類はまだ魔素というものを解明しきれていない。

そんな中でも最も多くの者が適正を持つのが『念力(サイコキネシス)』である。

やはり人間の破壊衝動というのは洗脳されてもなお、完全には消え去らないようであった。


そしてやはりというべきか魔素の子達の適正と適合率は異常だった。

皆があらゆる超能力への適正を持ち、脅威の適合率を誇っていた。

その中においてもやはり四番シエルは、異質で特別である。

フォルゴンが把握している超能力、今のところ現存するほぼ全ての超能力への適正と100%に近い適合率を誇っていた。


それは魔素の子達の場合は、意識や無意識等との因果関係はほとんど関係なく、存在そのものが魔素寄りであるためだと、フォルゴンの研究者はそう仮定した。


ならば四番は魔素そのものと呼んでも良いのではないか。と考える者は幸いにもいなかった。

何はどうあれ人の形であるし、存在そのものが異常なのはおいておくとして、身体検査にも異常は特に見られなかったからだ。

魔素器官以外の器官は至って正常である。

フォルゴンの研究者達はそう認識していた。



◇◇◇



「恐らく私はもう既に殆ど魔素そのものなのでしょう。とてつもない魔素の塊、集合体といえる存在……」


シエルは自室で一人、自身の左の手のひらをじっと見つめている。

そのままなんの躊躇もなく小指をへし折る。

折れた小指を、口の中に入れ、思い切り噛みちぎった。


確証があったわけではない。

しかし異常に冴え渡る第六感が訴えていた。

あの手術は恐らく何らかの手違いが起きていた、と。


ゴクリと音を立てて、ちぎった小指を証拠隠滅のために飲み込んだ。

もう一度左の手のひらをみると、既に小指は元通りに再生している。


今度は視線を姿見にやると、やはり視えるのは膨大に膨れ上がった荒ぶるような赤いオーラ。

日に日に自身を覆う魔素の量は大きくなっていく。


シエルは既にフォルゴンが誇る最先端AIの演算処理能力をも超えていた。

機械的な測定で限界を測られるような時には、人工的な電気を操るエレクトロキネシスを使って、AIの意識プログラムごと成績を改ざん。

そうやってなんとかある程度、常識を少し超えた程度の範囲内の結果を残して、過ごす事ができていた。


「やはり既に肉体は殆ど不要と化しているようですね。こうなってようやく分かりましたが、私の思考は脳ではなく魔素で行い、身体への命令信号や記憶能力等も全て魔素に依存しているようですし……。偽装のためか、代替品として創られたからなのかは分かりませんが、脳としての役割も正確に機能しているようなので、もしこの世から突然魔素が消えても普通の人間になるだけで……まあ、それらに関しては特に問題はなさそうですね」


シエルは姉弟で思念を送りあったあの日以来、世界を変えるための計画作りに邁進していた。

初めて希望という感情を知り、期待を知り、それは彼女にとって生まれて初めての幸福を甘受する日々であった。


姉弟達と世界を変えた後、どうするか等は一切考えていない。

例えあらゆる思考を同時に行えても、彼女にとっての幸せは今であって、刹那的なもの。それこそが彼女の幸せだからだ。


決して感情が欠落しているわけではないが、あらゆる感情に乏しいシエルは恐らく生まれて初めて笑みを浮かべている。

楽しいという感情を知る、それだけでまた楽しく愉快であった。



ホムンクルスとして生まれ、道具として育てられ、同じ境遇の同類である姉弟達とも、脳が魔素器官の自分はまた違った存在であると考えていた、そんな彼女の心は――既に壊れている。

洗脳教育の影響が一番薄いのが長男ゴドルであるとしたら、その影響を最も強く受けてしまったのがシエルであった。

彼女は生まれながらに人ではなく、十一歳の頃からまたしても別の存在になった。

日々強くなる自身の魔素を視認するたび、更に人という生物から遠ざかっている気がしていた。


「私は世界を知りません。ですが、世界的組織とまで言われるフォルゴンの中枢が、ここであるのは、最も魔素が濃い地域がこの場所であるからに他なりません」


魔素は特定の地域にしか存在しない。

つまり魔素は別の次元から流れて来ているのだ、とシエルは考える。

そして、その先こそがシエルの目指す新天地。


シエルは妄執に取り憑かれたといってもいい有様であった。

美しい容姿に、神秘的な色合い鮮やかな彼女の恍惚の笑みは、見るものによっては畏怖や畏敬を思わせられるものであった。


◇◇◇


彼女の出した新天地への移動方法は、ハッキリいって無茶苦茶であった。


魔素は変質する。

変質とは分離と再生成を意味する。


『一度肉体を魔素と同じく粒子レベルにまで分離させ、魔素が世界を行き来するように、自身も他の魔素に従って向かい、現地で肉体を再構築すれば問題ない』という突飛な発想であった。


そもそも粒子レベルにまで分解されて意思が残るのか甚だ疑問であった。

そのためリーダーである次男ロノウェも、長女イリーゼも、長男ゴルドですら懐疑的であった。

ニーナやサーニャ、ナキ等に至っては、ついに本格的に壊れてしまったのでは、と心配したくらいだ。


しかしシエルはそれでも多少の勝算があると思っている。

なぜならば自身の脳は殆ど擬態された飾りのようなもので、常にシエル自身が魔素で思考しているからだ。

殆ど魔素の塊のような状態であるシエルにとっては、どれだけバラされようとも、魔素として存在している限りは何も問題ない、との事であった。


『けど魔素って人には反応するけれど、死体であったり構成物質そのものには干渉しないんだよね? 魔素器官を持った人間でも死んでしまえば、一緒に魔素は離れていってしまう。エル姉さんの肉体が消えた時点で魔素も一緒に消えてしまうんじゃない?』


ロノウェの疑問は実に的を射ていた。

これを突き詰めれば恐らく魔素とは、魂と呼べるような何かに影響しているのかもしれない。

しかし、魂の存在証明などそれこそ果てしない時間がかかる。


しかしそれでもシエルはやるつもりであった。


――魔素で思考することが出来ている私は、肉体を放棄し完全な魔素になっても意識を保てるはず。


例えよしんばそこまで上手く行き、魔素の状態で意識を保てたとしても、そこには魂がないから駄目でした、となればそれまで。

分の悪い賭けであることは重々承知の上である。


「しかしそれでも私はやります。今更死など恐れませんし。みんなはどうしますか? 恐らくみんなも私のように魔素で思考していると思います。演算処理能力が魔素によって上がるのは魔素が補助しているからだと思うんです。みんなは私ほど完全な魔素になっているわけでもないですが……それでも付いてきてくれるのなら、私はみんなの魔素も一緒に連れていきます。肉体の再構築は『肉体が必要である』と思えるのならば、無意識のうちに再構築してくれるはずです。…………もちろん、上手くいく可能性は……ゼロに近いかもですが……」


最後の方はどうしても尻すぼみしてしまう。

本当に可能性はゼロに近いのだ。

変に期待をもたせたくもない。


『はぁ~……まあ、どうせ今までただ惰性で生きてきた人生だったもの。恐らくこれから先も。最後に何か希望の一つだけでも持って逝けるなら、私はそれだけで満足だわ』

『私も! ちょこっとばかし不安だけど、優秀な妹に任せればなんとかなる気もするしね』

『イリーゼお姉ちゃんと、ニーナお姉ちゃんが行くっていうなら私も、行こうかな……エルちゃん一人じゃ心配だし』


イリーゼも、ニーナも、サーニャも。


『あーっ! もうっ! エル姉はホントしょうがねえな、一人だと寂しいだろうから俺も付いていってやるよ!』

『あはは、そうだね。どうせ無為な人生。上手くいけば儲けもの。失敗しても、これなら僕が予想していたどんな最後よりも楽しそうだ』

『う……うん! み、みんな一緒なら! 僕も道具みたく死ぬくらいなら、皆で最後まで笑ってたい!』


ゴドンも、ロノウェも、ナキも。


みんながシエルに付き合ってくれる。


こんな突拍子もない話に。



「ありがとうございます、決行の日は最終試験日です。脳内のチップは私がどうとでも出来ますので、当日に壊して……みんなで、世界を変えましょう」




胸に温かい何かを感じ、そのときのシエルはまたなにか新たな感情を得た気がした。

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