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世界を変える決意

箱庭には年齢によって大きな節目といものがある。

八歳にはエリートコースに移るか否か。

十一歳には進路調査機によって将来の道具としての適正を見いだされ、それに応じた魔素器官を移植される。

魔素を身体に馴染ませるため一年の訓練を終え、十二歳になると今度はどのような超能力が合っているのか進路調査機が算出し、ソレに見合った超能力訓練を行う。


体内の魔素器官の空き容量、身体に馴染んだ魔素、超能力の適正と適合率。

それらをAIが的確に監査し見定め、身体に馴染むペースも計算に入れて、適切な量の魔素を直接的に投与される。

例え大きな力を持つ超能力適正があろうとも、それを活かせるだけの魔素量が体内に定着していなければ意味がないのだ。


それから三年間は、自分に見合った超能力を伸ばす方向での訓練を行い、その後の最終試験にて商品たる道具となりうる。


◇◇◇


人間(・・)の子共達は私達と違ってバディを組まされていますよね? なにか意味があるのでしょうか」


白い部屋の一室。部屋の主が姉弟に向けて言葉を話すが、この場には部屋の主であるシエル以外存在していない。


『恐らく殺し合わせるんじゃないかな』


シエルの脳内に響くのは姉弟であるロノウェの声だった。


それを可能としているのが『精神感応(テレパス)』である。

例え遠く離れていようとも、自身の思念を届ける事が出来る超能力の一つだ。

言葉として聞こえているわけではなく、直接思念が流れ混んでくるため、口頭での言語コミュニケーションよりも早い会話を可能とする。

そして何より盗聴される危険が一切ないのが、この超能力の素晴らしいところでもある。


うーん、でもだよ? とニーナが言う。


『十五年も道具として磨いてきたのに、わざわざそんな事させるかな?』

『流石にエリートコース出身者の1stだったり、優秀者の2nd達はないだろうけど、一般道具生の3rdあたりはありえるんじゃないか? 洗脳完了以外にしろ、殺しの経験にしろ、死体からは溜め込んだ莫大な魔素が一気に発散されるからな。それらを優秀者達が吸収すると効率が良い』

『――ゴドルの言う事も一理あると思うわ。もし本当にそうだとしたらあまりにも馬鹿げた事ね』


イリーゼが人道的な意見をするが、本人はそこになんの感情も持っていない。

あるとすればただ『もったいない』という感情くらいだろう。


『も……もしかして僕達も……あったりするのかな……』

『ナキ、大丈夫です。私達の製造には多大なコストが掛かっています。それこそ1stなんて目じゃないくらいの。流石にそれを無駄に消費するような愚策は恐らく大人達も避ける事でしょう』


ナキの不安も、みな分かる。

一応姉弟達はあくまでも『完成品』ではなく『()()()』なのだ。

もし魔素の子達が殺し合わなければならない自体が起これば、誰もが躊躇するであろうし、そうなれば制御不能と判断されるうえ、大きな力を持った危険物として、廃棄される危険も高まる。


『で……でも、もし……もしもだよ? 本当にもしも私達がそう命令されたらどうする? 私はぜったいっ嫌だよ!』

『ニーナお姉ちゃん……それは私も、みんなも同じだよ。私は別にお姉ちゃん達やエルちゃんや弟達のためなら死んでも構わないと思っているけど。それでも、みんなに姉弟を殺すという重荷は背負わせたくないなあ……』


ポツリとつぶやくような思念がサーニャから届く。


次女のニーナは快活で陽気、まさに姉弟達のムードメーカーであるが、心の弱さという面で言えば、恐らく末子のナキより遥かにも気弱で、ネガティブ思考の持ち主であった。

普段明るく振る舞う事で、あらゆる恐怖を隠し、自らの精神をそうして守っている。

しかしニーナ自身、姉弟達のムードメーカーであるポジションの自分を存外気に入っているため、完全な仮面(ペルソナ)というわけでもない。


魔素の子達は皆どこか、そのようなジレンマを多かれ少なかれ抱え込んでいる。


『おいおい、いくら最終試験が近いからってよ。いくらなんでも弱気になりすぎだろ。いつも通りなんとかなるって』

『いつも通り……ってなに? 何処にそんな保証があるわけ? もしかしたらゴドルだって誰か姉弟のうち一人を殺せって命令されるかも知れないんだよ!』

『イ、イリーゼ姉ェ……わ、悪い。別に悪気があって言ったわけじゃ…………ただ、俺もちょっとだけナキやニーナ姉ぇの不安を和らげられればと思って……』

『あっ……いや、ううん。私も強い思念込めちゃってごめんね、ゴドル――…………本当は私も不安でしょうがないみたい………』


ゴドルとイリーゼのテレパスを最後に、しばらく、誰も思念を送っては来なかった。




「みなさん……」


シエルの思念が六人の元へと届く。


「もし世界を変えられる、と言ったらどうします?」


シエルのその問いにはあらゆる思念が届いた。主に呆れが大半だ。


『無理だよ、エル姉さん。僕達はたしかに強いかも知れない。けれど、それは所詮ただの個人の武力でしかないし、何より僕たちはかつての歴史の偉人達と違って、たった七人の子供の姉弟だ。軍もなければ、外の世界の知識も富も何もかもが足りない。それに何より僕たちの脳にはチップが埋められている』


ロノウェが優しく諭すような思念を向けてくる。

しかし、シエルが言いたい事はそうではなかった。


「違いますよロノウェ。私が言いたいのは、こっちの世界で死んで、別の世界に行きましょう。という提案です」

『……エ、エル姉さん、それは、どういうことだい?』


めずらしく狼狽したロノウェの思念にシエルは口角を少し上げる。


◇◇◇


――それは、数ヶ月前の事であった。


シエルはいよいよ睡眠を必要としなくなっていた。

食事も必要なければ排泄もしない。

だからこそ就寝時間はただ暇を持て余すかのように、ベッドへと横たわり、目をつむり、思考の深海へと沈んでいた。


そんな時、ふとシエルの頭に答えが浮かんだ。

シエルは勢いよくベッドから上半身を起き上がらせる。


その時〝浮かんだ答え〟は思考していたソレとはまったく別物の『むしろ考えた事すらなかったもの』への答えであった。


今までもたまにこういった事はあった。

術後以降はそれこそ頻繁に。

それは『クレア系統』に属する超能力の一種であった。


これもまた常人でも起きうる事である。

偉大な数学者が数十年掛けて解けなかった難問が、散歩をしていただけで答えにたどり着き、今までの苦労がまるで嘘であるかのようにスラリと解けるようになったり、偉大なミュージシャンが『突然降りてきた』と名曲を歴史に刻むように。


別次元からの情報を得る能力の総称、それを『霊視(クレアボヤンス)』と呼ぶ。


一般的にはいわゆる幽霊を視る力や、過去には透視等もクレア系統に含まれていたらしいが、フォルゴンの基準では、透視は透視能力として独立しており、霊的存在は未だオカルトの域を出てはいなかった。

恐らく別次元からの干渉を受信するというのが、この霊視(クレアボヤンス)という能力で、過去の人間は恐らく、それを霊的な物と解釈してそう名付けたのであろう。

フォルゴンでの『クレア系統』の能力は多岐に渡る。


霊的嗅覚(クレアセント)

・別次元からの匂いを嗅ぎ取り、その匂いから何らかのメッセージ性のある意図を読み解く事ができる。


霊聴(クレアオーディエンス)

・別次元からの音を聴き取れる。次元の違う存在とのテレパス交信を可能とする事が、フォルゴンでは期待されている。

ミュージシャンの『降りてきた』というのはこれに分類されるのだろう。


霊的味覚(クレアガスタンス)

・これは少し特殊で、同じ次元の遠く離れた場所での出来事が、別次元に渡り、そしてこの次元に戻り、味という形でメッセージを受信し、その離れた場所での状況が分かるようになる。


霊的知覚(クレアセンティエンス)

・別次元からの干渉を得て危険を察知する。

嫌な予感、胸騒ぎがする、ここにいては行けないと本能が告げている等、それは第六感に通ずるものが在る。

しかし霊的知覚(クレアセンティエンス)の発動時には、第六感には起こりえない、次元の歪みが確認されているため、別の能力、もしくは第六感が別次元へ干渉したものである、との説が濃厚。

そのため第六感とは、別次元をも知覚する事が可能なのではないかと研究されている。


そしてクレア系能力において最も重要で、一番特殊な超能力こそが『霊知(クレアコグニザンス)』である。

それは突然、次元を越えて何らかの情報がやってくる。

まさしく天啓とでも呼ぶべきもの。

その答えは疑う余地なく、なぜか〝正しい情報である〟と確信を持っていられる。

恐らく数学者の例はこの類いの物であろう。

クレア系能力者は極端に少なく、更にそれが起きるのは、殆ど気まぐれのようなものとも言えるからか、フォルゴンにおいてもクレア系能力の研究は全くと言っていいほど進んでいない。


しかしシエルはこれを、第六感の範囲が広まり、知覚能力が向上し、そうした結果別次元からの情報を知覚し、その本質を引っ張り出してきたと考えている。

シエルがそう思えるのも、自身が手術を受けて以来、能力が上がり続けた結果、頻繁にクレア系の能力が発動されるからだ。

もし今のシエルが本気でやろうとさえすれば、意図的にクレア系能力を使う事も可能だろう。

次元をも超える知覚能力をシエルは今や、有しているのである。


そうしてシエルが霊知(クレアコグニザンス)によって得た情報というのは、

ここの世界とはまったく違う、別の人々が住まう世界が確実に存在するという事であった。



箱庭という小さな世界しか知らないシエル。

その箱庭には絶望しかなかった。

外の世界を知らぬシエルにとっての外の世界というのは、箱庭の教育で学んだ血塗られた歴史や戦いの歴史、ましてや闇にさえ葬り去られた存在しない歴史さえも教材とされていた。

そんな狂気の世界しかシエルは知らない。


外とはここの箱庭と対して変わりが無い所なのだろう、と既にシエルはこの世界を見限っている。

そこにきて、もたらされた新たな情報は〝他に安寧の地が存在する〟ということ。


――――彼女の中に生まれて初めての希望が生まれた瞬間である。


それから毎日に渡って次元を超え、新たな世界へと渡る方法を模索した。

日に日にクレア系超能力の精度は上がっていき、その過程で視えた新たな世界は一瞬であったが、緑があり、たくさんの生命が存在し、人々が笑っている姿を確かに捉えられた。




――なんて素敵な〝世界〟なのでしょう……。






――――ああ……私は世界を変えたいです。

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