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最高傑作

魔素の子達は晴れて十一歳を迎える事が出来た。

それが喜ばしい事なのかは、今の段階では誰も分からない。


日々の訓練は、例え優秀な魔素の子達であっても、死を眼前にした経験など幾度とあった。

エリートコースの中でも順調に成績が伸びていたため、段階的に魔素の子への訓練はより厳しいものへとなっていたのだ。

その中には訓練と称して、まだマニュアル化されてもいない、新たな試みの実験も多分に含まれていた。

そんな過酷な日々を七人は生き抜いたのだ。

他の人間の子供たちは、既に当初の半数以上が死んでしまっている。

まるで使い捨てるように死んでは補充され、その中で極まった者のみだけが道具と成り得る。



人間の子供達と違って、魔素の子は皆生まれた時から既に体内に魔素器官を有している。

そんな魔素の子達へと更に後天的な魔素器官を埋め込むという強引な行動に出たのは、AIの演算結果によって『術後にはより一層、高度な次元で思考することが出来る』という結果が出ていたからだ。

優れたAIの出した答えに間違いはない。それが人々の常識であった。


それでも万が一のためという事なのか、失敗しても最も痛手が少ないと思われる、一番成績の悪い七番ナキが初めにAIによる正確無比な手術を受け、その経過を大人達はしばらく様子見した。

結果はやはりというべきか、ナキの成績は更に上がり、魔素の循環も効率良く行われていたため、魔素の子達は成績が下の者達から順に手術を行っていった。


箱庭にある数ある重要なAIのうちの一つ――通称『進路調査機』による十一年間の総決算とも呼べる適正調査によって、どういった殺人系統が向いているのかが決められる。

暗殺に向いた道具か、兵器として駆り出されるべき道具か、VIPの護衛として貸し出す道具か等、どのような用途に向いた人材なのかを、進路調査機が今までの訓練データを元に算出する。

そうして算出された結果を元に、それらの適正に最も適した高級な魔素器官を埋め込まれる。


消耗品であり、常に壊れるリスクのある道具には、量産型の魔素器官より、更に高性能な高級魔素器官の移植はもったいないという意見も多数あったが、それも少し前までの話。

魔素器官の配置場所、魔素器官の種類によっては伸びる能力が大幅に異なる、というAIによる統計がフォルゴンには多数集積されていた。

事実高級魔素器官を埋め込んだ道具達は良く長持ちし、フォルゴンの主力商品となっている。



適正は進路調査機の示した色によって知らされる。

黄は適正なし、緑は適正あり、青は推奨、赤はそれに特化している、という大雑把なくくりでの採点だ。

本当はもっと細かく計算されているのだろうが、所詮は消耗品。壊れる道具の分別はその程度でいい。

しかしこの年、革新的研究により生まれた魔素の子の一人に、進路調査機からは未だかつてない評価が下る。



――進路調査機の示した適正ALL RED(全てに特化)を叩き出したものがいた。



◇◇◇




真白い空間にベッドと、机とトイレ。

生活するにおいて必要最低限といったものしか置かれていない、簡素で狭い部屋。

体内で魔素が常に循環している魔素の子達の睡眠時間は、一時間程度。ほとんど必要ない。

最初の方こそは人と同じだけの睡眠時間を要したが、寝不足は判断能力を鈍らせ訓練に支障をきたすため、酷く鬱陶しいと思えた頃から、徐々に睡眠欲は薄くなり、睡眠時間も最低限で済むようになった。


その部屋の主である少女はベッドからぬるりと起き上がり、薄着姿のまま姿見の前に立つ。

鎖骨部分まで中途半端に伸ばされた適当な髪は深い黒色を帯び、青い双眸の目つきは鋭く、しかしその整った顔立ちは完璧な左右対称で歪みがなく、誰かがデザインしたと言われても納得できる、ひどく人工的なものにも感じられる。

事実、彼女は遺伝子組み換え技術によって、美しく生まれるべくして生み出されたデザインベビーなのだから当然とも言える。


鏡に映る自身の姿をボーっと眺める少女は箱庭において四番、もしくはシエルと呼ばれている。

決してキツめの顔立ちというわけではないが、表情の乏しさからは冷たい印象を受け、少女としての愛らしさと、少年のような精悍さを合わせたかのような容姿は、性別の垣根を越える中性的な美しさがあった。


彼女は手術を前にして、死を覚悟で挑む。

自身の姿を見納めとして凝視するのは、それが願いも希望も持たない彼女にとっての唯一であり、精一杯の生きているという表現方法なのだ。

人の手を借りず、完全にAI主導によって行われる手術の成功率は高いものであるし、事実他の姉弟達もみんな無事。

しかしだからといって自分が無事であると言える保証は何処にもない。


シエルには大事な日の前には決まって自身の姿を見納めとするルーティンがあった。

それは過去に『もし明日死ぬとしたら後悔することはあるか?』と姉弟の間で交わされた会話がキッカケであったと思う。

その問いに誰もが無理矢理に答えを捻り出した。


「美味しいごはんを食べる事」

「たくさん眠ること」

「恋をしてみたかったこと」


本当は誰もそんな事は思っていない。

その答えこそが普通なのだ、とただ自らを慰めるためだけの中身のない空虚な言葉だった。

誰もが洗脳教育と日々の訓練によって、自身の生にあまり頓着しておらず『それは生物としての通常ではない』と理解していたからこそ、普通を願った。

しかしそんな誰も彼もが嘯く中で、眉根を寄せて長い間考え込んでいた長男であるゴドルの発した答えだけは本心であった。


ゴドルは感情が表に現れやすい。

言葉は粗野でガキ大将気質、頭は良いはずなのになぜか愚直。

だが、姉弟の中では誰よりも根は優しく、それはつまるところ最も洗脳教育の影響が薄いという事を示している。

そんな彼曰く『姉弟の姿をもう見られなくなる事』だと答えた。

その答えに誰もが「なるほど」と納得していた。

シエルもそう思えたからこそ〝他の姉弟が大切に思う自身〟はシエルの中で唯一といっていい『大切なモノ』であるのだ。


それは酷く歪な宝物。

自身に価値を感じる事はなく、他者を通した自身にこそ価値をおいている。

結果は同じであれど、その過程はとてもまともなものではない。



ガチャリと重厚な自室の部屋の鍵を開ける音が聞こえ、瞬時に背筋を伸ばし直立する。

敬礼する必要もない、手を後ろで組む必要もない。

ここでは彼女達はみな道具なのだから。


「準備はいいか」

「はい、創造主様」


無機質な声色で答える。

私達は創られた道具。

故に魔素の子達は大人達を「創造主様」と呼ぶ。

それは大人達に命令されてのことではなく、魔素の子達の洗脳が順調だと思わせるために自主的に発している言葉。


他の子供達は先生、などと大人たちを呼んでいましたね。などとシエルは呆れ気味に考える。

このような者を敬わなければいけない事実を前にして、現実逃避気味に思考を楽観的なそれに切り替えていた。

それが心を極力摩耗させない為の生きるための(コツ)であった。


「では手術室へと向かう。ついてこい四番」

「はい、創造主様」


白衣の大人の後ろをついて長い通路を歩くと、ふと歩みが止められた。

何事かと思うが、それをこちらから聞いてはいけない。

その場合は洗脳不十分として、酷い叱責と再教育と言う名の拷問が待っている。


「四番、隣を歩け。後ろに立たれるのは気色が悪い」

「はっ、創造主様。わ、私の浅慮故に、偉大なる創造主様をご不快にさせてしまい……大変申し訳ございません」


そうして涙が出ない泣き顔をするシエル。


涙が出ると「貴様は道具なのだから、人の真似はするな」と折檻され、かといって無表情に謝っても、待っているのは「創造主への忠義が足りない」との理由でやはり折檻。


いつものことながら、この塩梅は中々難しい。

相手の気分によって合格水準が変わるのだから。

そのためシエルは対象を良く観察し、臨機応変に演技をしている。


どうやら今回は合格だったようで、シエルは大人の隣を黙って歩く。


魔素の子にはいわゆる第六感(シックスセンス)というものが備わっている。

聴覚、視覚、味覚、嗅覚、触覚の五感以外で、あらゆる物を知覚する。


第六感(シックスセンス)とは、知覚したものの本質を見極めるというものだ。

魔素を吸っていない純粋な人間であっても、『虫の知らせ』『何か嫌な予感がする』『誰かに見られている』というが、シエル達はそれをより広範囲に渡って高度な次元で察せられる。

だからこそ、シエルはこの大人の考えがよくわかった。

むしろ第六感などという超常の力を使わなくても分かる類いのものだ。

この大人は先程からシエルの横顔や肢体をチラチラと盗み見ている。


――――今日のお相手は男の人ですか…………術後の自分の体調が予測不可能なので面倒ですね。


もう慣れたもの、といったばかりにシエルは無感情に辟易とする。



シエルが手術室の台座の上に寝転ぶと、機械的な触手が注射を打ち込む。

睡眠欲はなく毒なども効かない身体であるはずなのにも関わらず、自身にとってソレは必要だと無意識下で認識しているためか、麻酔の効果はしっかりと現れる。


――ああ……久々の眠気です。そういえばこんな感覚でしたね……もうすっかり忘れていました……。気持ちいいですね……。


次第に瞼は閉じられ、シエルは微睡みの中、自身が粒子の粒となって空中を漂う光景を思った。



◇◇◇



手術に特化したAIが誤作動を起こす事などない。それが常識である。

しかし、この時台座の上で眠る人物は常識を越えて生まれた存在であった。


シエルは特殊な産まれであり、その中でも特に希少な、心臓と脳という人体に必要不可欠な二つの重要器官を魔素器官で補えて生まれた完全無欠の成功例である。

彼女は科学による思考誘導や洗脳教育等関係なく、他の姉弟達と比べても感情の発露も激しくはない。


それはただ単に生来持って生まれた気質。

その生来の彼女の気質は努力家で優秀。

一を知れば十にまで思考が発展する才覚を持つ。

恐らく魔素器官を埋め込まれず、他の孤児達と同じようにフォルゴンに連れてこられても、エリートコースを経て最終試験までを常に主席で終わらせるくらいの器量と才能はあったのであろう。


いわゆるギフテッド(天才)と呼ばれるべき存在が偶然にも、特異な存在として生まれてきたのである。

そんな奇跡に奇跡を積み重ねて出来上がったのが、シエルという戦闘兵器であった。

故に組織が出来てから150年、前身の組織も含めると350年という歴史の中でもズバ抜けた成績を保有している。


AIは想定の人間の基準値(他の魔素の子も含めた)を大幅に越えた存在を目の当たりにした。

高度な演算処理能力を誇るAIが想定していた、人間という能力の最大基準値を狂わせた。

しかしAIは仕事に忠実である。

AIに下された命令は『当人にあったレベルの手術を行なう』事なのだ。

だからこそAIは忠実に行動するべくして、必然的に彼女への手術は続行された。


――それは僅かに人であったシエルが人でなくなる瞬間。


そうしてシエルは誰に気づかれる事も、

本人すら気づく事もなく、

制限を越えた無茶な手術を人知れず受ける事となり、




――――体中の器官すべてを魔素器官とされた。



◇◇◇



シエルはその後、一ヶ月の眠りにつくことになるが、無茶な手術でもなんとか耐える事が出来た。

常人であれば物言わぬ屍となるところだが、実のところ純粋な魔素器官を生まれ持って生きてきた魔素の子達なら全員、この手術は耐えられる。

もう既に、皆それだけ体を魔素で完全に作り変えられているのだ。

だが、これはシエルという奇跡の体現者があってこそ引き起こされた異例の珍事である。


術後のAIは人間の基準値を再計算し、最大基準値を大幅に引き上げ、基準値を越えた場合に起きうる自身の誤作動にも既に自己対処済みである。

後にも先にもないであろう、正真正銘世界で初の魔素器官のみで生きている人間、シエル。


幸いにもフォルゴンの研究員は四番の異常に気づいていない。

魔素器官は既にシエルと完全に共存し、本来の器官の役目を完璧に果たしている。

本来ならばその器官の役目を放棄してしまっても、殆ど魔素の塊と化した彼女にとっては問題はない。

今はまだ何も知らぬ彼女ではあるが『あらゆる危険から逃れたい』という、死の希薄な彼女の無意識下での強い生存本能を察知した魔素は、眠り続ける彼女の意思をまるで汲み取るかのように、フォルゴンの研究員達にバレぬよう、彼女の中の魔素器官は一般的な身体へと擬態したのである。


◇◇◇


「これは一体……どういった事なのでしょうか……?」


目覚めたシエルは姿見を前にして、目を点にして呆けていた。

彼女にしては珍しく困惑しているようだった。

それもそのはずだ。

手術室に向かう際に散々凝視していた、自分の姿とは異なっていたからだ。


なにも容姿が変わったということもなく、身体的特徴も変わりはない。

しかし真っ黒だった髪は、まるで元々白銀の髪に頭頂部から黒いペンキを被ったかのように染まっており、白と黒のコントラストが交わる髪色はとても目立つ。

元々の青い瞳は、宝石の如く、見る角度を変える毎に輝く蒼い瞳に。

しかし瞳孔部分のみが紅く染まり、その容姿の美しさと、奇異な配色から一種の神秘性を感じさせるが、これはまさしく人間離れしているといってもいい。


「皆さんになんて説明しましょうか……」


けれど、どこかシエルは楽観的であった。

きっと姉弟達ならこんな奇異な見た目であろうとも、気味悪がったりなどしないはず。

長年慣れ親しんだ自身の姿がガラリと変わってしまったのにも関わらず、そんな事はシエルにとって些事であった。

シエルもゴドルの言葉の本質は、姿形の美醜についてではないと理解している。


「みなさんと次に会えるのはいつ頃になるのでしょうか……」


そう考えベッドに倒れ込むシエル。

明日はメディカルチェック。身体に問題がなければまた訓練。

そうすれば自ずと話す機会も訪れるだろう。


◇◇◇


メディカルチェック後、シエルの訓練の日々は多忙を極めた。

日毎に過酷になっていく訓練。

しかし体調はすこぶる調子が良く、日に日に身体能力は大幅に向上し、計算の処理速度も凄まじい勢いで伸びていく。

一種の万能感がそこにはあった。


そしてなぜだかあの手術以来、シエルには魔素が可視化して視えるようになっていた。

粒子であるはずの魔素は、オーラのような流動性で、紅く透けるように、そして視界の妨げにならない程度に視えている。


「これも無意識下の力が働いた結果でしょうか? 魔素はあらゆるものに変質する性質をもつ……。私の周りの魔素が全て変わったわけではなく、恐らく私自身がそう『視ている』のでしょう。無限にも等しい多様な形態を持つ魔素の、そのうちの一つの姿を捉えている、ということですかね……」


なぜだか最近あらゆる仮説が浮かんできては、それは恐らく間違っていないという確信すら持ててしまう。

あらゆる教育を受けたといっても、それは殆どが殺人に関すること。

研究畑の事など知らぬはずなのに、少し耳にした一の情報が、百にも千にも考えが発展していく。

それは留まる事を知らずに……。


◇◇◇


訓練をはじめて一ヶ月立つ頃には、シエルも最早これは常識の範疇を越えていると流石に気づいた。

術後の姉弟達とはまだ会えてはいないが、訓練結果の計測をしている大人達の驚愕の反応から、恐らくこの現象はシエルだけのものなのだろうと、それは容易に察せた。


この成長速度では、将来的に人体実験扱いもあり得るかも知れない。

もしくは危険物として破棄されるか……。

そう危惧したシエルは類稀なる好成績を残しつつ、危険視されない程度に力の抑えた日々の訓練をこなすようになった。


シエル自身にも予期せぬ事ではあったが、その手加減の訓練は同時に、自身の膨大な魔素のコントロールを緻密に扱える術を身につける訓練にも繋がっていた。




――――そうして更に一年が経った頃、彼女はフォルゴンの最高傑作と謳われるまでになっていた。

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