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七人の姉妹

兵器派遣組織フォルゴンの兵器育成場である『箱庭』での日々は、訓練と教育と、少しの食と少しの睡眠である。


物心つく前には洗脳手術により思考誘導され、人の手による洗脳教育によって完全な道具となった子供達。

大人を欺きそれらを回避することが出来たものの、日々の生活に精神を摩耗する事となった魔素の子達。

それは、どちらが幸せなのかは分からない。


魔素の子達は当然の事ながら全員が、八歳になる頃にはエリートコースに移動した。


通称『進路調査機』と呼ばれるAIにより、今までの訓練記録からの演算によってどんな殺人道具となるか見いだされるのは十一歳になる頃。

進路調査機によって適正が見いだされると、人の手を借りない正確無比なAIによる人体改造手術を受ける事になる。

それはいわゆる魔素という特殊なエネルギーを体内に蓄え、体中に循環させる機能を持つ〝魔素器官〟を埋め込むための手術。


魔素が大気中に存在する箱庭において、更に魔素を効率的に取り込む事によって、単純な肉体能力の向上と論理的思考能力が跳ね上がるため、そこから徐々に魔素を体に馴染ませ、更に一年後には個々人に向いた超能力適正と、魔素の適合率をAIに算出させる。


以降は超能力を使った訓練を行い、十五歳になる頃には『最終試験』と呼ばれる試験を終え、ようやく道具としての完成へと至る。


万が一にも洗脳から外れる可能性もあり得るため、一般的な幸せや自由と言う名の常識は、外への希望を持たせぬため必要最低限。

十五歳の最終試験を終えた物のみにしか正確な常識を教えられる事はなく、それまでの常識は殺しの世界での常識や歴史が殆どである。

それらの外の世界での教育を終えると、あらゆる殺しの場に借り出される道具となり真なる完成品と呼ばれる。


◇◇◇


「あーあー、サバイバル訓練が唯一の息抜きなんてな。俺ら姉弟以外の子らは結構な数の死人も出てるらしいぜ」


五番と呼ばれる長男ゴドルは少し粗野な性格。

しかし仮にも魔素の子。

所謂ガキ大将のような振る舞いと言動を見せるが、フォルゴンにいる研究員を遥かに凌ぐ頭脳を持っている。


「サバイバル訓練だけは、映像だけで音声を拾うまでもないみたいだしね」


六番と呼ばれる次男ロノウェはゴドルとは対照的に、少し大人びていて理知的な性格。

そのため魔素の子らの中では自然とリーダー的な立ち位置となっている。


「来年になると十一歳……進路調査機に適正を調べられて、身体を弄くり回されなきゃならないのよね……」


はあ、と嘆息する長女である一番イリーゼ。


「しかも再来年の十二歳にはまーた検査だよ!」


アハハと快活に笑うのが次女である二番のニーナ。


「私達もう魔素器官があるのに、また埋め込まれないと駄目なの……?」

「僕達の中で、一番成績の悪い子、僕が最初に試すんだって…………」


三番と呼ばれる三女サーニャに、七番である末の三男ナキは少し気弱な性格が似通っている。


「ニーナとの差は殆どないので、ナキも頑張れば最下位を抜けられるかもしれませんよ」


四番である彼女は感情表現が一番乏しく、かといって訓練時を除き、常に無表情というわけでもない。

あまり感情が顔に出ないだけだ。


彼女はみなからはシエルと呼ばれている。

しかしこれは決してフォルゴンの人間に付けられた名前ではない。

昔、六番であるロノウェが大人たちを参考にして「人間らしく僕たちにも固有名詞をつけよう」ということで決めた姉弟達だけでの呼び名である。


しかしその人間らしさを、保とうとする命名もすらも、自信達の番号の頭文字から文字っている。


「エルは弟達を可愛がるあまり、私とシト姉をわりとぞんざいに扱う傾向があるよねー」


次女ニーナがシエルの背後にさっと回り込み、シエルの両頬をウニウニと摘む。


唯一四番のシエルだけは、姉弟達からは愛称ということで『エル』と呼ばれており、番号の名残はない。

皆の名前を考えたのはロノウェだが、シエルはなんとなく自分の名前に番号の面影がある事が気に食わなく、『エルと呼んで』と自分から訴えた経緯がある。


「エ……エルは優しいよ?」


三女であるサーニャは特にシエルと仲が良い。

何かと気を使う世話好きのサーニャの性格が、あまり感情を表に出さないシエルとの相性が良い。


長女イリーゼ、長男ゴドルはわりと気の強い性格だからか、表情に出ないまでも実はわりと気性の荒いシエルとは時折軽く言い争う事もある。

しかし決して仲が悪いわけではない。


それは姉弟という自身の役割を踏まえたうえでの茶番――演技のようなものだった。


「まあ、エル姉はいつも一番だもんなー。二番手のロノウェでさえ大差がついてるしよー」

「私は皆より少し特殊だからかも知れませんね?」


ゴドルの何気ない一言に返したシエルは、急な場の静寂に首を傾げながらも、特に気にした様子もなく、サバイバル訓練時に仕留めた焼いた熊肉を頬張る。


シエルの言った『少し特殊』は決して、自身が特別優れているという意味ではなく、むしろ逆の意味合いが強い。

つまり『自身は脳が魔素器官で出来ており常人のそれとは異なる』という、酷く自虐的な言葉なのだった。


魔素の子たちは体内の重要器官の一部が、生まれた頃より魔素器官であるが、その中でもシエルだけが、いまだ未知の部分が多くを占める脳という人体の神秘を、魔素器官として生み出された成功例なのであった。


せっかく大人もおらず、森で狩った熊の肉という、普段では絶対に食べられないような高級食材を囲んでいるという、人生において滅多にない楽しげな一幕に、空気も読まずに爆弾を落としたシエル。

彼女が少し空気の読めない発言をすることは、ままある事だった。


以前そんなシエルを指してゴドルが『やっぱりエル姉は脳みそまで魔素器官で出来てるからそんな空気が読めないんだよ!』と言い争いの末、売り言葉に買い言葉で、つい口に出してしまった時には流石にゴドルもハっとし、すぐに謝ったが、姉弟全員に袋叩きにされるという結末で終えた事は記憶に新しい。

しかしこの姉弟達にとっては、そんな険悪な一幕でさえ何事にも代えがたい大切な思い出の一つなのであった。


「エルのせいでとんでもない空気になったじゃないの……」


はあ、と頭が痛いとばかりにイリーゼは嘆息する。


「なにか私がおかしな事を言ってしまったのでしょうか?」


コテンと首を傾げ何が原因だったのかと眉を歪め、むむむっと先程の会話内容を反芻して、原因を考えるもシエルはそれに気がつく事が出来ない様子であった。

他の面々はそんなシエルの言葉に苦笑いで返して、その場のお茶を濁す事に徹底する。


そんな陰気な空気の中ムードメーカーのニーナが手をパンと一度叩いて、場の空気を入れ替えるように快活に笑い出す。


「まあ、順位に関してはなるようになるさ! きっと! それに外の世界に出られたらあの約束(・・・・)も叶えられるかも知れないし、さ」


彼女のいう約束とは『自由になれるチャンスがあれば、他の姉弟の事は一切考えずに動け』というものであった。

姉弟七人は、皆で一つという思いが強い。

誰かが願いを叶えてくれれば、それだけで喜ばしい。


世界でたった七人しかいない存在。

人間であると言えるのかも不確かな存在。

血の繋がりのない姉弟である皆こそが、信頼できる唯一無二の存在。


姉弟達が箱庭という兵器の育成場において精神を辛うじて保てていられるのは、他の姉弟の存在あってこそ。

あらゆる洗脳教育の弊害で皆が自身の死ですら希薄になっているため、他者を慮るというのは唯一の人間性を保てる感情であり、皆が皆、他の姉弟がいるからこそ、辛うじて生きていられるという一種の共依存関係に陥っていた。


シエルもその例に漏れず、他の姉弟達を大切に思っている。

しかし約束に関しては別であった。


――自由ってなんでしょう? そんなに良いものなのですか? 分からない私は、やはり姉弟達の中でも異質なのでしょうか……?


彼女は完全に世界を見限っていた。

外の世界も、こことさして変わりのない所なのだという諦めからくる諦観。

箱庭こそが彼女の世界で全てであるからこそ、彼女は外の世界を知らない。


しかしそんな外も、フォルゴンの座学で聞いた限りでは箱庭と変わりはないだろうと考える。

シエル以外の姉弟達も似たように考えてはいたが、姉弟達はそこに一縷の希望を持っていた。


一縷の希望……。


――それを持ち続けているか、いないかの違い。ただ、それだけである。


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