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紅い瞳

(――あり得ない)


快く護衛の任を許可してくれた少女二人組。

その事にホッとして改めて彼女達を〝意識して見た〟瞬間から、彼の冷や汗は止まらない。

エードゥアルトは最初(はじめ)こそは、絶体絶命の最中、突如現れたシエルという少女の美しさと、その身体能力に呆気に取られていたが、冷静になった今の状況で〝目〟を使い、ようやくソレに気づいた。


(あの身に纏う精霊力(マナ)の量は一体なんだ……)


精霊力(マナ)〟とは、シエル達の元いた世界でいう〝魔素〟の事である。

それを今、彼は正確に視覚で捉えていた。


エードゥアルトは特異体質のギフト持ち(ギフテッド)――精霊に愛された者が特定の部位に力を宿す、通称『フェアリーギフト』を持っていた。

なかでも最も高位のフェアリーギフトである〝精霊眼(せいれいがん)〟の所有者である。


精霊手(せいれいしゅ)や、精霊足(せいれいそく)等といった、数ある高位のフェアリーギフトの中でも、最上と謳われる精霊眼(せいれいがん)

その紅い瞳は、意識すれば対象の精霊力(マナ)を視認する事が出来る。


(やはり天使様なのだろうか……しかしそれにしてもこの精霊力(マナ)の量はあり得ない…………)


黒髪の少女――アミーと名乗った彼女は、内包する精霊力(マナ)の総量からして恐らく、類まれなる才能を持った聖人様なのだろう、とエードゥアルトはあたりをつける。

もしくはヴィシュトル王家以外の世に出ていない神人という線もある。

流石に天使様や使徒様御本人という事はないだろう。しかしそれほどのマナを内包している。


それだけでも驚愕に値する事であるのだが、しかしシエルと名乗る少女だけは、あらゆる国々の聖人や、数少ない天使様や使徒様を見てきたエードゥアルトをもってしても、異常と断言していい量の精霊力(マナ)を有していた。


このような規模のマナを纏う存在をエードゥアルトは知らない。

いや、それに良く似た存在をいくつかエードゥアルトは知っていた。

知っていたが、あり得るはずがないと、脳がその答えを拒否し、それ以上の疑問を浮かばないようにした。


何であれ、彼女達がもし天使様であるのならば僥倖であった。

問題はなぜ彼女たちが自身の存在を伏せているか、だ。

もし顕現したばかりの天使様だというのならば色々と考えなければいけない。

だが、ここ数百年天使様や悪魔の顕現はないとされている。

確率的に最もありえるのは、他国の天使様と聖人様の組み合わせでのお忍びでの行動といったところであろう。

それならばあの天使様に対する謙った聖人様の態度も頷ける。


元近衛騎士団長であるザイデルも、エードゥアルトの妹であるテレーゼも少女達の正体に気づいてはいない。

ならば自分の成すべき事は彼女達をただ信じて、その正体を無闇に明かさないことだ、とエードゥアルトは固く決心する。

何か理由あって正体を隠しているのならば、それを不遠慮に言いふらすと不興を買いかねない。

多少の危険も孕んではいるが、今のエードゥアルト達の状況では、彼女達との邂逅はそれを補っても余りある程の幸運であるのは事実なのだった。


もし万が一にも仮に、顕現されたばかりの天使様であるとするならば、それは最上の結果なのだが、同時にかなり不安定な状態のはずである。

堕天使(フォールン)化する事だけは、何としても避けねばならなく、元よりそのつもりだったが、より友好的に接するのみだとエードゥアルト考える。



――そんなエードゥアルトの複雑な心情を、先頭を歩くシエルは完全に把握していた。



突然、エードゥアルトが激しい動悸をおこしたものだから何事かと驚いたが、特に体調が悪いようには見えなかった。

王太子として、常に憮然とした態度を心がけ、内心を読ませない表情を作る事はエードゥアルトの得意とするところだ。

しかし、シエルはそんな僅かな表情筋の機微さえも完全に見抜いていた。


何か怪しまれる行動を犯したかと、シエルは即座にサイコメトリーという超能力を使い、エードゥアルトの心の内を読み取る。

すると面白い情報がボロボロと零れ落ちてきた。


神人や聖人や天使、果ては悪魔や堕天使(フォールン)等といった単語も彼女の好奇心をそそったが、何よりエードゥアルトの瞳が自身と同じ権能を持つという事が、シエルにはどんな事柄よりも興味深く思えた。


自分にしか見えないはずの世界を、同じように見ているであろう人物と出会えたという事。

感覚質(クオリア)という主観での視覚情報であろうとも、他の者が視えない物質が視えるという点で同じであるという事実は変わらない。


その時、シエルの心の隅に常にあった焦燥感が、僅かにだが消えるような感覚を一瞬覚えた。


――それは安心という感情。


しかし当の本人シエルにはその言葉と、今の感情を結びつけることは出来ない。


彼女の根底に常にあるのは、疎外感。


――――〝寂しい〟という単純で、しかしとてつもなく巨大な感情であった。


それを自覚できぬうちは、安心という感情もまた同じく自覚する事は出来ないのだ。


◇◇◇


「この森を抜けた先には何箇所か小さな村があるのですが、やはり森の周囲は第二王子派のものたちに囲まれていることでしょう」


憎々しいという表情も隠さずザイデルは話す。


「なるほど、では森の周囲を気づかれないように突破して村にいけばひとまずは安全ということですか?」


普通に考えれば、その村にも第二王子派の手のものはいるだろうけど、とシエルは予想しながらも返事を待つ。


「完全に安全とは言えませんが、この森を抜けた先は一面草原です。まず間違いなく森からの脱出は不可能と見て、村にはまず確実に兵を割いてはいないでしょう。第二王子派は数が多いわけではないので、余分な兵を村の監視に置くことはまずありえないでしょうな」

「なるほど?」


城から逃げ出したのにも関わらず、第二王子派の方が劣勢のような言い回しに違和感を覚える。

まだなにか知らない事情にその当たりが関わっているのだろう。






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