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4話 魔力

『ファウストのせいなんだからね!』

『俺はアドバイスしただけだろ、ご主人は加減て物を知らないのか?』


 俺とマーリンは水浸しになってしまった部屋にモップを掛けながら、未だに繋がったままの相互共有(リンク)で反省会と言う名の責任のなすり付け合い真っ最中で有る。

 とは言えネコの俺に出来る事は殆ど無いので、精々邪魔にならない所で濡れた身体の毛繕い位しかやる事は無いのだが。


『ファウストのイメージが分かり易すぎたせいだもん!』


 プリプリと怒りながらもモップを掛ける手は緩めない辺り、マーリンの真面目な性格が出ていて好感が持てるのだが、言っている事は破茶滅茶だ。

 大体それ自体は悪い事じゃ無いだろうに。


『成る程、つまり使い魔として俺が優秀過ぎたって事だな?』

『……』


 マーリンの言葉に僅かながらカチンと来た俺は、売り言葉に買い言葉で少し嫌味な言葉を投げ付けてしまう。

 が、俺も良い大人な訳で「少し意地悪を言い過ぎたかな? 流石に大人気無かったか」と直ぐに反省し、頭の中で次に掛けるべき言葉を模索し始める。


(小さな子供相手に、何ムキになってるんだか。結果はどうあれ、一応それなりに魔法は具現化したのだから、寧ろ良くやったと褒めてやるべきだろうに……)


 優しい言葉の一つも掛けてやろうと、毛繕いを一旦やめてマーリンの方を見ると、モップにもたれ掛かるようにしてグッタリとした後姿が。

 よく見れば小さな肩が辛そうに上下しているのが見て取れる。


『マーリン、相互共有を切れ!』


 俺は慌てて叫ぶ。余りにも慌てていたので、いつもの『ご主人』では無く咄嗟に名前を呼んでしまう程だ。

 相互共有も魔法の一種、当然使っている間は僅かながら魔力を消費する。

 マーリンは先程の課題で、自分の限界まで魔力を使い切っているのだ。

 そんな状態で少しずつ魔力を使い続けた事で、本人も気が付か無い内にマーリンは軽度の魔力枯渇状態に陥っていた。

 俺の魔力を分けようにも、マーリンが暴走し魔力の大半を消費してくれたお陰でそれすら叶わない。

 魔法生物である使い魔にとって、魔力は命そのもの。

 つまり魔力を全て使い切ってしまうと、自分の身体すら維持出来なくなり消滅してしまう。

 さっきはギリギリの所で自己防衛(セービング)出来たので、魔力の全てを持って行かれる事は無かったが、実は割と命の危機だったのだ。

 イザベラが普段見せない様な怒りを露わにしたのは、そう言った理由からでも有る。

 そして逸早く危険を察知し、俺の自己防衛に力を貸してくれていた事にも何となく気が付いていた。


(クソ、何でもっと早く気が付かなかった!)


 下らない言い争いに夢中になり、自分達の状況を正確に理解していなかった。

 俺ですらそうなのに、小さなマーリンなら尚更だろう。

 大人の俺が、しっかり見ててやらなければいけないと言うのに。


(全く、これじゃあ使い魔失格だな………)


「ふぁうしゅと〜」


 床を睨み付け悔やんでいる俺の耳に、マーリンの弱々しい声が届く。

 相互共有では無く肉声で発せられた言葉に、ハッとして視線を向ければ青白い顔のマーリンがこちらを向いて俺を見ていた。


「ごめん……ね」


 今にも泣き出しそうな表情でそれだけ絞り出す様に呟くと、モップに縋ったままズルズルと崩れ落ち床に横たわる。

 どうやら気を失ってしまった様だが、幸いモップがつっかえ棒になり危険な倒れ方はせずに済んでくれた。


(マーリン待ってろ!)


 俺はイザベラを呼ぶため修練部屋から飛び出し、石造りの階段を駆け上る。

 気を失う直前にマーリンの放った謝罪の言葉。

 きっと自分の魔力枯渇から、先程危うく俺の命を奪いかけた事に気が付いたのだろう。


(聡明な子だな……)


✳︎


 座学に使う為開放されていたイザベラの私室兼研究室に、後脚を大きく滑らせながら四輪ドリフトで飛び込む。


「あらファウスト……マーリンに何か有ったの?」


 最初こそ余りの勢いに目を丸くしていたイザベラだったが、視線が俺の背後に移りそこに愛弟子の姿が無い事に気が付くと、眉をひそめ心配そうな声色に変え聞いてくる。

 

(しまったな、知らせに来たは良いが伝える手段が無い)


 相互共有は契約を交わした主人としか繋ぐ事は出来ず、いくら強力な魔力を持ったイザベラとは言え、ネコ語が分かるとも思えない……と、思いつつもイザベラの隠された能力に期待して説明を始める。


「マーリンが魔力枯渇で倒れた、俺の力じゃどうする事も出来ん」


 ニャウニャウとネコの鳴き声しか発しない俺の顔を黙って見つめていたイザベラであったが、ガタリと音を立て椅子から立ち上がると修練場目掛け駆け出して行った。


(伝わった……のか? いや、まさかな)


 一瞬イザベラならネコ語位理解しても可笑しくないとも思ったが、頭を振ってその考えを否定する。

 駆け出す時にイザベラの覗かせた表情は、厳しい師匠の物では無く娘を案じる母親のそれだったからだ。


✳︎


(おっと、こうしちゃいられん)


 遠のくイザベラの足音を聞きながら、自分もマーリンの元に向かおうと廊下に出た時、リビングに繋がる扉からふらりと現れた白い影が俺の前に立ち塞がる。


「なんだか騒がしいわね、おちおち惰眠も貪れないじゃないのよ……」


 そんな事を言いながら、くわーっと大きく口を開けアクビをしたかと思うと、頭を下げ腰を高々と突き上げノビをする白ネコの姿が。


「何だよヘルメス、今忙しいんだが?」

「ヘルメス“さん”だろ? このオタンチン!」


 俺がヘルメスと呼んだこの白ネコは、言わずもがなイザベラの使い魔で有る。

 短く真っ白な毛に包まれ、無駄な肉など無くスラリと伸びた身体。

 蒼く輝く瞳にスッと通った鼻筋。

 ネコ歴の浅い俺の目から見ても、なかなかの美ネコだと言う事は分かる。

 そんなヘルメスは、どんだけ暇なのかは知らないが、俺を見つける度こうして先輩風を吹かし絡んで来るのだ。

 まあ先輩なのは間違い無いし、普段なら適当に相手もしてやる所だが今はそれどころじゃ無い。

 一刻も早くマーリンの所に戻らないと……

 そんな俺の思いも他所に、等のヘルメスはノンキに顔をクシクシ洗い始める。

 

「何さ、私の事ジッと見つめたりして。確かに私は誰の目から見ても絶世の美ネコだから惚れるのも分かわ。だけどお生憎様、アンタは私の好みじゃ全然無いから望みを持たない方が良いわよ」

「誰が惚れるか。そんな事より急いでるんだ、悪いが俺は行くぜ」


 見当違いの事をほざきながら、フフンっと得意げな顔を晒しているヘルメスの横を通り過ぎ、駆け出そうと四肢に力を入れた瞬間、ゾワゾワとした感覚が背筋を駆け抜け、脱力してその場にへたり込んでしまう。

 背後を振り向けば、俺の尻尾を前足で踏み付けるヘルメスと目が合った。


「アンタまだ尻尾弱いの? 鍛えときなさいって言ったでしょ!」


(うるせー! こちとら生まれてこの方尻尾なんて物は付いてなかったんだ、最近やっと感覚に慣れてきたばっかだっつーの!)


 尻尾から伝わるビリビリとした何とも言えない感覚に堪え、若干涙目になりながらキッとヘルメスを睨み付ける。


「全く……そんなんじゃ、いざって時ご主人を守れないわよ? 弱点はなるべく早く克服しときなさい」


 ヘルメスの言う事は至極尤もなのだが、ニマニマ笑いを浮かべながら言われても全く素直に聞く気にはなれない。

 大体いざって時ってどんな時だよ……


「良いからその脚をどけろ、俺はご主人の所に行くんだから」


 どうせまた、二言三言嫌味でも言われると思っていたのだが、ヘルメスはフーと溜息を漏らすと意外にもあっさり脚を退けた。


「ハイハイ。アンタはホントご主人とベッタリね〜、少し過保護なんじゃ無い?」


(やっぱり嫌味は言われるのか)


「使い魔がご主人と一緒に居るのは当たり前だろ、その為に存在してるんだから。じゃあなヘルメス」


 今度こそ、その場を離れ脱兎の如く駆け出す俺の背中に、ヘルメスは一言「羨ましい……」と呟くと、寂しげな表情を浮かべ開いたままの扉から、イザベラの部屋へと消えて行った。

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