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3話 魔法

「このコップに水を溜めてみて下さい」

「分かりました、ししょー」


 魔法の実技練習に使われる通称『修練部屋』は、俺がこっちに召喚された時にも使われた部屋だった。

 地下に作られた修練部屋は、床から壁天井に至るまで全てが石造りの堅牢な部屋で扉は金属製、更に魔法で強化されておりちょっとやそっとで破壊される事は先ず無い。

 修練部屋と呼ばれては居るが、元々は危険を伴う魔法を行使する際や、暴走の恐れが有る場合に使われる部屋なのだ。

 初めての実技練習で何が起きるか分からない、そんなマーリンが修行に使うのは後者の理由に当たるわけだ。

 如何に小さな効果しかもたらさない魔法であっても、手違いで暴走した場合思いもよらない効果を発揮する場合が有る。

 そんな時に被害を最小限に抑える為の部屋なのだ。

 部屋の中には俺とマーリン、それにイザベラのみ。

 最悪の事態が起きたとしても、ここでなら二人と一匹が消し飛ぶだけで済むと言う寸法だった。


「では準備が出来たら初めて下さい」


 木で出来た簡素な丸テーブルの上にガラス製のコップを置くと、マーリンの後ろにまわり静かにその小さな身体を見守るイザベラ。

 コクリと一つ頷いたマーリンは目を瞑ると、両手をコップの方に突き出し静かに集中を始める。

 魔法を使うのに呪文は唱えない。

 いや、正確には唱える者も居る様だが、必ずしも必要では無い。

 魔法を発動させ効果を発揮させる方法、それは全てイメージなのだ。

 例えば今回の課題、コップに水を満たすにはどうすれば良いか。

 ある者はコップの上に雨雲が有ればと考えるかも知れない、またある者は蛇口が有れば良いと、近くに有る水道管から水を引こうと考えるかも知れない。

 つまり同じ結果になるが道筋が違う、それは全て個人のイメージによるものなのだ。

 自分の中のイメージをより明確にする為、呪文と言う言葉と結びつけたり身振り手振りを加えたり、中には杖や水晶玉等の道具を使ったりする者も居る。

 つまり魔法の使い方は人それぞれ、千差万別なのだ。

 マーリンの場合は、師であるイザベラが呪文や道具を使わないので、それを真似る形になっているが先にも言った通り魔法の使い方は人それぞれなので、師弟であっても同じになるとは限らない。

 特にイザベラは魔法使いとしてもかなり異例な方なので、マーリンがそれを完全に模倣するのは実質不可能と言える。

 そんな事も有りマーリンは目下、自分なりのやり方を試行錯誤中と言った所だった。

 コップに手を差し出した形で暫く固まっていたマーリンだったが、ようやくイメージが湧いて来たのか指先を僅かに動かし始める。

 何も無い空中で右手の人差し指と親指を、まるで何かを摘む様に動かす。

 そして摘んだ何かを、今度はお椀の様に窪ませた左の手の平に乗せる仕草を続ける。

 それを何度か繰り返した後、コップの上に左手を掲げそっと手の平を傾けると、空だったコップの壁に数滴の無色透明な液体が姿を現し底へ向かって滴り落ちる。

 コップの底を僅かに湿らせる程度では有るが、確かにマーリンの魔法は成功しイメージが現象として具現化したのだ。

 側から見ていると出来の悪い手品位にしか見えないが、これはれっきとした魔法である。

 これを……まあ、数百回も繰り返せばイザベラからの課題はクリアー出来るだろう。

 しかしたった一回魔法を行使しただけで、マーリンの顔には既に疲労の色が浮かんでいた。


(魔力切れだな、俺の出番かな?)


 マーリンの横顔を伺っていると、はぅ……と小さな呻き声を漏らし、案の定泣きそうな顔で俺に視線を投げかけて来る。


(了解、ご主人)


 俺はマーリンに近付くと脚に頭を擦り付ける。


「ファウスト、手をかしてね」


 マーリンがそう呟いた途端、俺の頭の中に彼女の考えや視界が流れ込んで来た。

 これは相互共有(リンク)と呼ばれる魔法の一種で、術者と使い魔の脳を直結しお互いの思考や五感を共有する事が出来る。

 魔法使いとその使い魔の間にだけ認められた、特別な魔法だ。


(成る程、空気中の水分を摘み取って水を生成してたのか、イメージとしては正しいがこれじゃあいつ終わるか分からないな……)


 魔法は実技一割、座学九割と言われている。

 様々な現象には理由が有り、それを理解しイメージに落とし込む。

 なので術者には科学、化学、数学、物理学、天文学、生物学、地学等々兎に角有りとあらゆる知識が必要になるのだ。

 だがしかし中には理屈などすっ飛ばして直感的に魔法を行使出来る、所謂『天才』と呼ばれる者が現在知られる中で若干一名だけ存在する。

 そう、イザベラが正にそれなのだ。

 その天才イザベラだが、人に教えるのは相当苦労しているらしい。

 何せ結果をイメージするだけで、いきなり現象を具現化させる事が出来るのだから教えるも何も無いのだ。

 当然魔法の原理は知識として知っていてるが、自分がやら無い事をマーリンにどう教えて良いか毎日悩んでいる様子だった。

 凡人には理解出来ない、天才ゆえの苦悩と言うやつだ。

 イザベラの事はさて置き、今は課題に集中しよう。

 空気中に水分が存在している事は知識で知っている、しかしその大きさが極小さな物と言うことも理解している。

 つまり折角の知識を常識が邪魔をし、結果効率が悪くなっているのだ。


『ご主人、考え方は間違って無いが効率が悪過ぎる』

『え〜じゃあどうすれば良いのよ〜』


 相互共有をしている間だけ、術者と使い魔は会話が出来る。

 もちろん口に出して話している訳では無い『こいつ直接脳内に!』ってやつだ。

 そしてマーリンの話し方も普段の舌足らずは鳴りを潜め、流暢に話すものだから僅かながらでは有るが違和感を感じずには居られない。


『空気中の水分をもっと大きい物とイメージするんだ、そうすれば早く水を具現化出来る』

『そんな事言っても、目に見えない水なんてイメージ出来ないよ……』


(確かに、普通空気中の水分なんざ目に見えないもんだ。

 それを更に大きな物としてイメージするのは、今のマーリンには少々難易度が高いかも知れない)


『じゃあ俺のイメージを送るから参考にしてくれ』


 使い魔がいくらイメージしようとも、直接魔法を使う事は出来ない。

 何故ならそういう風に造られているから。

 だがイメージを術者に送り込んで見せる事は出来る。

 俺はよりイメージしやすい様に、空気中の小さな水分が一箇所に集まり大きな水の塊になるイメージを送り込む。


『お〜これならイメージ出来るかも!』

『良し、じゃあ早速試してくれ。足りない魔力は俺の方で補うから』


 最初に発動させた魔法で、早くもマーリンの魔力は底を尽き掛けていた。

 魔力が無くなってしまえば、いくらイメージしようがそれを具現化する事は出来ない。

 知識は座学で補えるが、魔力は日々の鍛錬と身体の成長で僅かずつ増えて行くものだ。

 しかしそれを待っていては魔法の修行がなかなか進まない。

 そんな時の為に、魔法使いには使い魔が必要になると言う訳だ。

 助言し足りない魔力を補う、これが魔法使いと使い魔の関係。

 つまり使い魔とは、外付けのコンピューター兼バッテリーと言った所だろう。


『ところでファウスト……前から思ってたけど、貴方の話し方って結構生意気よね』


(うっせ、中身はいい大人なんだからしょうがねーだろ)


『ご主人、今はそれより課題に集中だ』

『りょーかーい』


 マーリンが再び両手を前へ突き出し集中を始める。

 マーリンのイメージが俺にも見える、さっきまでとは違い目に見えない程の小さな水分では無く、拳大の大きな水の塊が手の平に溜まっていく。


(なかなか上手くイメージ出来てるみたいだな、その量なら一発で課題をクリアー出来そうだ……)


 後はそれを具現化するだけ……と思って眺めていたが、マーリンのイメージはそれだけでは留まらず。

 小さな身体の周囲から同じ大きさの水の塊が数多く現れ、次々と彼女の手に集まり始めたかと思うと、瞬く間にその小さな手には到底収まらない程の巨大な塊とかし、マーリンの頭上に浮かんでいた。


『いや待てご主人! それはデカ過ぎ……』


 慌てて声を掛けるが、その途端俺の中から大量の魔力がマーリンによって引っ張り出され、目の前が一瞬暗くなる。

 余りに大量の魔力を一気に失った為、危うく意識が飛びそうになる意識を気合いで引きずり戻し、魔力を限界まで吸い出そうとするマーリンに抗う。


「いっけーっ!」


 ドッバシャーン!!!


 マーリンの掛け声と共に、魔法は効果を表し見事具現化を果たした。

 コップ一杯どころか風呂桶一杯分有るのでは? と思う程の大量の水を、豪快な音と共にぶちまけると言う形で。

 テーブルの上に乗っていたコップは水の勢いに負け吹き飛ばされると、空のまま虚しく床に転がった。


「マーリン……」


 頭を抱えたイザベラがため息混じりの声を上げる。


「課題は失敗です。午後の座学では魔力制御についてみっちりやるので覚悟しておく様に。後、この部屋の後片付けもキチンとやっておくように」


 だいぶんご立腹なのか、普段よりもかなり強い口調でそう言い残し部屋を後にするイザベラを見送る。

 後にはずぶ濡れの俺とマーリンが残されるのであった。

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