15話 忠告
どうやら静江は、イザベラがテレビに出た事を咎めに来たらしい。
とは言えテレビに映ったのもほんの僅かな時間だし、顔も隠していたのだから左程問題にはならないのでは無いだろうか?
(どっちかって言うと俺の方が目立ってた位だしな〜)
「えっと、お母さまはもともとテレビに出るつもりはなかったんです。それを私が……」
「経緯はどうあれ、最後は自分の意志で決めた事。そうね? イザベラ」
「はい、決めたのは私です。マーリンに責任は有りません」
「で、でもお母さま……」
なおも母を庇おうと、何か口にしようとするマーリンを静江が手で制し、同時にイザベラが無言で頷いて見せるとマーリンそれ以上何も言えず、ただ黙って頷くしか無かった。
「良い子だね」
「ええ、私の娘ですから」
静江は一口ハーブティーを含み口を湿らすと、マーリンに向かい話し始める。
「マーリン、あんたのお母さんはテレビに出る事を拒んでいた、そうだね?」
静江の質問にマーリンは黙って首を縦に振る。
「じゃあ何故出たく無かったのか、分かるかい?」
今度は首を横に振り、小首をかしげる。
「それはね、私がそう言う事を禁じたからさ。有る理由からね」
「りゆう?」
「そう、まあそれはおいおいね。じゃあもう一つ質問、お母さんがとても強い力を持った魔法使いって事は知ってるね?」
「はい! お母さまはせかい一の魔法使いです!」
マーリンの素直な言葉に静江はあっはっはと豪快に笑い、マーリンの頭をワシワシと撫でる。
「世界一とは良く言ったね、でもそれはあながち間違っちゃ居ない。でもより正確に言うなら、世界で五本の指に入る魔法使い、それがあんたのお母さんよ」
✳︎
世界には数多くの魔法使いが存在する。
その中でもトップクラスの実力を持つ魔法使い五人を、世間では「五賢者」と呼ばれ特別視されていた。
静江の言葉が本当なら、イザベラはその五賢者の一人と言うことになるのだ。
確かにイザベラは並外れた魔法使いで有ることは知っていたが、まさかそこまでとは思いもよらなかった。
「先生、その件について私ははっきり断った筈です」
「いくら本人にその気が無かろうと世間じゃ認めちゃくれないのさ、何せあんたは嘗ての五賢者『ソロモン』の弟子なんだからね」
『お婆さまが!』
『元五賢者!』
(元五賢者……ソロモン……クイーン・ソロモン!)
半分寝ながら受けていた座学だったが、その名前は近代魔術史の教科書で見た記憶が有る。
五賢者ソロモン、人々には尊敬と畏怖を込めてクイーン・ソロモンと呼ばれていた大魔法使い。
日本を代表する魔法使いで数々の功績や偉業を残して居たが、八年前に魔法名「ソロモン」と共に魔法執行権、所謂免許を返納し突如引退、人々の前から忽然と姿を消してしまった。
本名や素顔はプライバシー保護の観点から一切明かされておらず、生い立ちや今現在の生活も謎のままである。
こう言った事は何も静江だけが特別な訳では無い。
古来より魔法使いは名を明かす事を酷く嫌う、何故なら名は他の魔法使いから呪いの目標にされると言われていたからだ。
なので魔法使いの多くは「魔法名」と呼ばれる偽名を名乗っていたのだ。
古くから残る風習と言ってしまえばそれまでなのだが、現在ではプライバシーを守る為に使用する魔法使いが多いらしい。
静江の言葉が本当なら目の前に居るのは教科書に載る様な人物で、俺はまるで歴史上の偉人に出会った様な不思議な感覚にに陥っていた。
そしてイザベラがソロモンの跡を継ぐ新たな五賢者の一人ならば、いずれ彼女の名も教科書に載る事になるのだろう。
しかしイザベラは五賢者になる事を拒んだ様だった……
「私にそんな肩書きは重すぎます」
イザベラの言葉にフンっと一つ鼻を鳴らす静江。
「なーに、今更後を継げなんて言うつもりは無いさ。だからね、尚の事テレビに映ったのは不味かった。
良いかい? 世の中には自分の力を誇示する為に、他の魔法使いにちょっかいを掛ける馬鹿もいるってことさ。それが力の強い魔法使いになればなるほど、まあ有名税ってとこだね」
「私は五賢者を襲名したわけでは無いですから、そんな事になるとも思えませんが……」
「言ったろ? あんたが有名であろうが無かろうが、ソロモンの弟子である事に違いは無いって」
「でもそれを知っているのは私達以外に居ないのでは?」
「確かにそうなんだが……あんた『魔力紋』の事は知ってるね?」
「ええ、勿論」
「それがね、どうしても似ちまうんだよ。師匠と弟子とでは」
ここでマーリンがオズオズと手を上げ質問する。
「まりょくもん? って何ですか?」
「まだマーリンには説明していませんでしたね、魔力紋と言うのは魔法を使う際に身体から放出される魔力を特別な装置で読み取って、それを数値に起こしてグラフ化した時に現れる波形の事です」
「まあ元々はそうだったんだけど、ある程度力の有る魔法使いなら機械なんざ使わなくても見えちまうのさ。
で、私ら魔法使いが言う魔力紋ってのは、その見えちまう方の事だね」
「見えると何かもんだいがあるんですか?」
「まあ見えちまうのは仕方が無いんだよ、ただ魔力紋は結構個性が有ってね。言ってみりゃ指紋みたいなもん、だから知ってりゃある程度個人を特定出来るのさ」
「じゃあさっき先生が言ってた……」
「ししょうとでしは、まりょくもんがにる……」
「つまり見る人が見れば、イザベラが私の弟子だって分っちまったって事さね。
あんたが五賢者を継がないと決めた時、メディアへの露出を禁止したのはそう言う理由からさ」
そこまで話を聞いたイザベラとマーリンは、静江が何故テレビに出た事を咎めたのかを理解した。
つまりイザベラが嘗ての五賢者クイーン・ソロモンの弟子だと知られてしまった可能性が有るからだ。
もしイザベラが五賢者の仲間入りを断っていなければ話しも変わっていただろう。
五賢者ともなれば国が手厚く保護し、おかしな野心を抱く者を近付かせる様な事は有り得ない。
当然今の様な自由気ままに生きる事も許されなくなるのだが……
「ちゃんと説明しなかった私にも責任が有るよ、でも魔力紋の事をきちんと理解して無かったのはあんたの勉強不足だね。
だから今回の件に関してはおあいこって事にしとこうか」
「すみません、いらぬ保心配お掛けして」
「良いさ、あんたは娘も同然。母親が娘の心配するなんざ当たり前の事だよ」
そう言って白い歯を見せ、ニカリと笑う静江であった。
✳︎
「そうだ、マーリンにこれを渡しとこうかね。まあ御守りみたいなもんさ」
帰る間際にそう言うと、静江は一枚の名刺を取り出しマーリンに手渡す。
(なになに? 「文部科学・魔法省 文部魔法大臣 桜花場木 静江」……)
(大臣!)
「だいじん!」
「何か困った事が有ったら気軽に連絡しなさいな」
俺とマーリンが目を丸くして居ると、悪戯が見事成功した子供の様な顔でそんな事を口走る。
(いやいやいや、これ絶対気軽に連絡しちゃいけないやつだろ)
「ほえ〜お婆さまほんとうにすごい方だったんですね」
静江はマーリンの言葉を聞き、あっはっはと豪快に笑う。
「大臣何てのはただの肩書きだからね、私はあんたの“お婆さま”で居る方がずっと嬉しいのさ」
「大臣、そろそろお時間です」
静江の後で仕切りに時間を気にしていた黒スーツがそう声を掛けると、静江はフンっと鼻を鳴らす。
「あんたの事は皆んなに紹介済みなんだ。そんな畏まる必要無いよ、ダーリン」
ダーリンと呼ばれた黒スーツは一瞬こちらに躊躇った表情を向けるが、直ぐに静江に向き直る。
「okハニー、仕事の時間だ」
「そうだね、ボチボチ戻るとするかね。
そんな訳だから私達はこれでお暇するよ、邪魔したね」
「先生、またいらして下さい。でも次はヘリで無く車でお願いします」
「お婆さまおげんきで!」
「ああ、あんたらも達者でやんな。それはそうとダーリン、わたしゃ足が疲れちまったよ」
「そうか、それはいけないな」
静江の言葉にニヤリと笑って見せると、黒スーツは静江の身体を軽々と抱え上げる。
静江の方もそうされ慣れて居るのか自然に彼の首へ腕を回し、所謂お姫様抱っこでヘリに運ばれていった。
二人が機内へ姿を消し間も無くすると、ローターが回転を始め辺りにキュンキュンと言う断続的な音を轟かせ始める。
回転は徐々に速くなり断続的な音が連続的な音に変わると、重力から解き放たれた様にフワリと地面から離れ、そのまま高度を上げ空の彼方に消えて行った。
『何ともパワフルな人だったな』
『そうだね、しかも大臣って……何か凄いね』
『ああ……』
今日のマーリンは「凄い」しか言っていない気がするが、実際それ以外の形容が見当たらない。
色んな意味で「凄い」人なのに間違いは無かった。
(俺的にはあの黒スーツがお付きやボディーガードじゃ無く、静江の(内縁の)旦那と聞かされた時が一番度肝を抜かれたがな……)




