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14話 師匠

 今目の前には非現実的な光景が広がっていた。

 異世界に来て魔法使いの使い魔をやるより非現実的な事が有るのか? と言われそうだが「それはそれ、これはこれ」で有る。


「全く、ここは相変わらずの田舎だね。おかげで里帰りするにもこんな物を使わなきゃならない」


 キュンキュンとけたたましい音を立てながら、未だに巨大なローターブレードを回転させる全長十三メートル程の巨大な鉄の塊。

 所謂ヘリコプターと呼ばれる空飛ぶ乗り物。

 勿論ヘリコプター自体珍しい物では無いがそれが目の前に、しかも空港でも何でも無い民家の真前に降り立っているのが異質なのだ。

 そしてそのヘリコプターから姿を現したのは、和服に身を包んだ老齢の女性だった。

 結い上げられた真っ白な髪の毛が印象的で、その髪をローターの起こす風で舞い上げられない様に軽く手で押さえながら颯爽と降りてくる様は、まるでハリウッドセレブか何かを思わせた。 

 そんな彼女は、お付きと思われる黒いスーツ姿の男性が差し出した手を面倒臭そうに払い除け、自力で地面へと降り立って見せる。

 そして先ほどのセリフで有る。

 バタバタと言うヘリの近付いてくる音を聞き真っ先に家を飛び出したイザベラは、謎の老女に呆れた様な眼差しを向けていた。


「おやイザベラ、出迎えご苦労さん」

「全く人騒がせな、どうしてそう近所迷惑な登場の仕方をするんですか」

「近所迷惑も何も周りに家なんか無いじゃないの、何のために私がここいら一体を買い取ったと思ってるのさ」

「少なくともヘリポートとして使う為じゃ有りません!」


 どうやらイザベラはこの人物の事を知っている様子、しかもそのやり取りからそれなりに親しい間柄に見えた。


「えっと、お母さま。こちらの方は……」


 イザベラの後を追うように家から出てきたマーリンが母にそう尋ねると、イザベラが答えるより先に謎の老女が反応した。


「おや、あんたが噂のマーリンだね。成る程、イザベラの小さい頃によく似ているね」


 そう言ってマジマジとマーリンを眺めていたが、突然マーリンの身体をガバッと両手で包み込む。


「ん〜めんこいね〜イザベラも昔は可愛かったのに、それが今じゃあちこち無駄にデカくなって、可愛げも無くなっちまってさ、しかもぐちぐちと叱言ばかり言って、老い先短い老人に優しく無いったらありゃしない」


 マーリンに頬擦りしながらイザベラに対する不満を次々と捲し立て、終いにはヨヨヨとあからさまな嘘泣きまで始める。


「無駄にデカくなって悪かったですね! 大体誰が老い先短いんですか、今まで風邪すら引いた事のない人がよく言いますよ!」


 途中まで黙って聞いていたイザベラも流石に我慢の限界とばかりに言い返すが、その時老女の胸元からマーリンの苦しそうな呻き声が辺りに響く。


「むーむー!」

「ああ、こりゃ悪かったね、私としたことが。大丈夫だったかい?」


 思い切り抱きつかれていたせいで、危うく窒息しそうになっていたマーリンを慌てて解放する老女。


「ぷはっ! くるひかった。それでえっと……お婆さまはいったい……お母さまとはどういうかんけいですか?」

「ああ、自己紹介がまだだったね。私の名前は桜花場木静江(おうかばきしずえ)、元魔法使いであんたのお母さんの師匠さ」


✳︎


「ふーやっと人心地付いたね。お茶の腕だけ(・・)は落ちて無い様で安心したよ」

「一言余計です」


 あの後リビングに場所を移した俺達は、イザベラの入れたハーブティーで一息入れていた。


「ふん、何せ私があんたに教えられたのは、お茶の淹れ方位だからね」

「何を言ってるんですか……」

「魔法に関しちゃ教えなくたって勝手に出来る様になっちまったからね、全く教え甲斐の無い弟子だったよ」

「そんな、先生には感謝してます」

「どーだか」


 口では何だかんだ言いながらも、イザベラの入れたお茶を満足そうに味わう静江はどこか幸せそうに見える。

 イザベラがそれに気がついて居るかどうかは分からないが……

 

「それで、わざわざどんなご要件で?」

「里帰りだって言っただろ、あんた聞いてなかったのかい?」

「そんな思い切り私用であんな物(ヘリコプター)を持ち出さないで下さい! 大体そんなに暇な立場じゃ無いでしょう!?」

「何だい、魔法で空でも飛んで来いってかい? お生憎様、免許はとうの昔に返納しちまったからね」

「絶海の孤島じゃ無いんですから車でいらして下さい!」

「それこそ時間が無いんだよ」


 ああ言えばこう言う、イザベラが何を言っても暖簾(のれん)に腕押しで全く意に返すそぶりも無い。

 逆にイザベラは叫び過ぎたのか、ゼーゼーと肩で息を切らす始末。

 まあ側から見れば、気心の知れた二人が戯れ合っている風にしか見えないのだが。

 そんな事より俺とマーリンは、ある言葉に引っ掛かっていた。


『立場?』

『何だろ、何か凄い人なのかな?』


 マーリンの言う「凄い人」に間違いは無いだろう。

 里帰りと言う言葉が本当か嘘かは謎だが、何にしろ私用でヘリを飛ばしてしまう程の人物なのだ。


(おまけに……)


 チラリとリビングの入り口に目をやると、黒い塊が視界に飛び込んで来る。

 静江がヘリを降りる際、手を貸そうとしていた黒スーツの男。

 ボディーガード? SP? 何なのかは分からないが、多分そう言った類の人物なのだろう。

 そんなよく分からない黒スーツが、現在リビングの入り口で手を後ろに組み仁王立ちして居るのだ。

 余りにも落ち着かないので一緒にお茶でもと誘ったが、静江に「気にする事ないよ、木彫りの熊かなんかだとでも思っといてくれれば良いから」と言われる始末。

 確かに190センチは有ろうかと言う巨体に、スーツを内側から張り裂かんばかりの見事な筋肉等、静江の言う熊と言う表現は的を得ているが、むしろ熊を素手で殴り飛ばしそうにすら見える。

 色の濃いサングラスで隠された目を拝む事は出来ないが、サングラスの下から頬にかけて伸びる傷跡らしき物を見る限り、堅気の人間とは到底思えない。

 道でこの男に会えば間違い無く避けて通るし、身内にいたとしてもお近づきになりたいとは決して思わないだろう。

 そんなのが微動だにせず、一瞬の隙も無く部屋を監視し続けて居るのに「気にするな」の一言で片付けられても無理が過ぎると言う物だ。

 俺達の視線に気が付いた静江は黒スーツに向き直ると、眉を上げ男を睨み付ける。


「ほら、あんたがそんな怖い顔して突っ立ってるから子供達が怯えてるよ! いつも言ってるだろ、知らない人の前では取り敢えず笑顔で居ろって」


(いや正直この男が笑っても、恐怖か命の危機位しか感じないだろ)


「すまないね〜無愛想で。何せ人見知りなもんでね、どうしてもこう言う場では表情が固くなっちまうんだよ」


(人見知りって……ぜってーそんな玉じゃないだろ!)


「それにね……」


 静江がマーリンに顔を近付けると、周りにも聞こえる位の小声で耳打ちする。


「実はああ見えて、サングラス取ると結構可愛い目してんのよ」


 茶目っ気タップリに放たれた静江の言葉は当然男に聞こえており、今まで微動だにしなかった男の眉が微妙に下がり少し困った様な表情に変化したのだ。

 不思議なもので、今まで「コイツ本当は未来からやって来た人間そっくりの殺人ロボットじゃね?」等と思っていたのだが、僅かでも表情が変わると途端に人間味を増し、その困った様な表情が可愛くもさえ見えて来る……と言うのは言い過ぎかも知れないが、見た目程ヤバイ人種じゃ無いのでは? 程度に印象を変える事には成功していた。


「で、本当のところは何をしに来たんですか?」


 息の整ったイザベラが再度同じ質問を静江にぶつける、しかも真剣な表情でだ。

 流石の静江も観念したのか、肩を一つ竦めると口を開いた。


「なーに大したこっちゃ無いよ、最近少しばかり浮かれてる馬鹿弟子にちょいと釘を刺しに来ただけさね」

「どう言う事です? 私は浮かれてなど……」

「あんたこの前テレビに出てたね? 顔隠してても見る人間が見れば分かる、そう言う事だよ」

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