13話 取材
「分かりました、取材をお受けします……」
「やった! では明日から宜しくお願いします!」
げっそりとした顔のイザベラに対し、やっと勝ち取った取材許可に全身で歓喜を表す沢井。
この一週間毎日やって来ては何時間も粘り強く交渉を重ねた結果、ついにイザベラが折れる形で決着したのだから、思わずガッツポーズを取ってしまうのも致し方ないだろう。
流石に毎日顔を合わせていれば初日の様な緊張も解け、それに伴って人懐こい笑顔を露わにする様になり、話し方も適度に砕けた感じになって居た。
『ついにお母様が根負けした!』
『沢井すげーな……』
毎度来るたび嫌な顔をされ、時には怒鳴られながも諦めなかった沢井の根性勝ちなのだが、実は他にも理由が有る。
『ねえねえ! テレビだよ! 凄いよ! 何着ようかな〜』
そう、マーリンがテレビに出られるのを、誰よりも期待して居たからだ。
事有るごとにイザベラに対して期待の眼差しを向け、直接テレビに出たいとは言わず無言で訴えたり、会話の端々にテレビの話題を含ませたりと、様々な方法でイザベラが取材を受ける様に仕向けたのだ。
沢井からの懇願と愛娘からのダブル攻撃に毎日苛まれ、流石のイザベラも根負けして首を縦に振るしか無かったと言う訳だ。
「では取材を受けるに当たり細かな取り決めをしましょう、こちらへいらして下さい」
✳︎
その夜。
『ねえねえ、どれがいいと思う?』
『ご主人は何着てても可愛いよ』
手持ちの洋服を並べ浮かれるマーリンに適当な相槌を打ちながらボンヤリ眺めていると、鼻歌混じりに恐ろしい事を口走り始める。
『そうだ! ファウストもトリミングしてもらおうよ! そんでリボンとか着けてさ!』
(勘弁しろ! ってかリボンて何だ、俺は男だ!)
『やだ』
『えーやろうよ、絶対可愛いよ?』
『断固断る』
誰かこの浮かれポンチを何とかしてくれ、本気でそう思いゲンナリし始めた頃ドアからノックの音が響く。
「マーリン入るわよ」
「どうぞー」
マーリンの部屋に入って直ぐに、イザベラはその惨状に眉を顰める。
「何をやっているんですか、こんなに散らかして」
「しゅざいの時にきるふくをえらんでました!」
イザベラの問いに元気良く答えるマーリンだったが、その答えを聞いて溜息混じりに発せられた母の言葉に愕然とする事となる。
「取材の時はあなたを映さない様にお願いしてあります。なのでそんな事を気にする必要は有りません」
「……え?」
「それ以外にも住所が知られない様に家とその周辺にはモザイクを掛け、私自身も顔を隠すためサングラスとマスクをする事になっています。
そう言った諸々の条件を全て飲ませた上で、取材に応じる事を了承しました」
成る程、イザベラに「細かな取り決めを」と言われ私室に通された沢井が、帰る時はやたらと落胆している様に見えたのでおかしいとは思っていたのだ、しかしそう言う話しで有れば合点が行く。
住まいを分からない様にするのはまだしも、顔まで隠されてしまうのは「美人魔法使い」として大々的に取り上げようと思っていた沢井にとってかなりの痛手だろう。
それでも全く取材に応じて貰えないよりは、と条件を飲まざる終えなかったのだろう。
「なのであなたは気にせずもう寝なさい。明日は朝から取材ですが、それが終わったら直ぐ授業を始めますからね」
それだけ言うとイザベラは呆然とするマーリンを残し、部屋を後にする。
『うん、まあ何だ。気を落とすなご主人』
『……』
マーリンは俺の言葉に何も応えず、カタツムリの様に布団にくるまると相互共有を切って寝てしまった。
(やれやれ……)
✳︎
「おはよう御座いまーす。本日はよろしくお願いします!」
玄関先から昨日の落ち込みようは嘘の様に、朝っぱらからテンションマックスな沢井の声が聞こえてくる。
どうやら一晩で見事に気持ちを切り替えて来た様だ。
窓から外を見れば庭先に報道車が停められ、カメラマンとその他数名のスタッフが準備を始めていた。
撮影は庭先から少し離れた場所で行われるらしく、それは極力家とその周辺を映さない様にする為の配慮だろう。
つまり、沢井はきちんと約束を守っていると言う事だ。
俺はフンっと鼻を鳴らし部屋の中を振り返ると、ベッドの上のマーリンは未だカタツムリのまま、ピクリとも動かず起きる気配すら感じられ無い。
(まあ暫く放って置くか)
今は何を言っても無駄と思いその場を離れると、一路玄関へ向け歩を進める。
(離れた所から眺める位なら問題無いだろう)
俺としてはテレビに映る気など微塵も無いのだが、どうやって撮影されて居るか、つまり撮影の裏側と言うやつが気になり見学する事に決めたのだ。
外へ出てみると今まさにインタビューが始まる所だったようで、沢井がマスクとサングラスで顔を隠したイザベラにマイクを向け、真面目な顔で何やら話し掛けている。
沢井の背後からはカメラマンが、家庭用に比べやや大ぶりなビデオカメラで二人を撮影していた。
(へ〜思ったより小さいんだな)
テレビの撮影で使われるビデオカメラは、肩に担ぐ位大きな物を想像していた俺は、変な所に感心してしまった。
「それではイザベラさん、本日は宜しくお願いします。
イザベラさんは現在お仕事をお休みしていると伺いましたが、それはどう言った理由からでしょうか?」
「弟子の育成に集中したいからです」
「成る程、お弟子さんですか。そう言えばお弟子さんは確か実の娘さんとお聞きしました、魔法教育と子育ての両立は大変では有りませんか?」
「そう思った事は一度も有りません」
「そうですか。では、お仕事をお休みしているのも関わらず、土砂災害復旧に協力したのは何故でしょうか?」
「知人から直接頼まれましたので。それと弟子に私の仕事をしている姿を見せるのに、ちょうど良い機会と思ったからです」
「では次に……」
インタビューは当たり障りの無い内容で、悪く言ってしまえば盛り上がりに掛ける。
イザベラも沢井の質問に淡々と答えているだけで、表情が見えないのも相まって全く面白味も感じ無い。
テレビ的にこんなんで良いのか? と疑問も浮かんだが、きっと編集の力で何とかしてしまうのだろう。
質問内容にかなり気を遣っているのか、ある程度打ち解けた筈の沢井の表情も、仕事用の顔と言う事を差っ引いてもやや固く、持ち前のキャラクターを発揮出来ずに居るのは少し勿体無い気がした。
(あの人懐っこい笑顔は、沢井の良い持ち味に感じたんだけどな〜)
その後も暫くインタビューは続いたが、見ていてそれ程面白い物でも無いと感じた俺はマーリンの元に戻ろうと踵を返す。
「それでは……あっ、あの玄関先に居るネコは、お嬢さんの使い魔でしたよね? 確かファウストちゃん」
「……ええ」
(やべっ!)
コッソリその場を立ち去るつもりだったが、まんまと沢井に見つかってしまった。
沢井の言葉に振り返ったイザベラ、サングラスの奥の視線と目が合い思わず毛が逆立ってしまう。
今度は自分の事が話題になるのか? と思って居ると少し雰囲気が違った。
沢井は手でカメラを遮る様な仕草をすると、収録を一旦止めさせたのだ。
「少し休憩を挟んで良いですか?」
「構いませんが……」
仕事モードをオフにしたのか、硬い表情が僅かに解れ口調も合わせて柔らかくなる。
「それで、あの〜不躾なお願いで恐縮なのですが……」
「何です?」
チラリと俺の方を見た沢井が、モジモジしながら遠慮がちに口を開く。
「実は私動物、特に猫ちゃんが大好きで、実家でも飼っていたんですが今はペット不可のアパート暮らし……」
「はあ……」
「たまに猫カフェに行って気を紛らわせて居たんですが、就職してからは休みも少なく、おまけに時間も不規則で……」
「……」
「おかげですっかりニャンコ欠乏症です!」
「もう分かりました」
はあ〜と一つ溜息を吐いたイザベラは、おもむろにマスクとサングラスを外す。
「あっ! あの……」
「今は休憩中、カメラも回っていないんですよね? ならこんな物着けて居る理由は有りませんから。それより……」
イザベラと沢井、二人の視線が同時に俺を向く。もう嫌な予感しかしない。
「ファウスト、この方と少し遊んであげなさい」
✳︎
あの後沢井に散々(文字通り)可愛がられ、俺と戯れる沢井の表情がとても良かったと言うことになり、イザベラの了承を得た上でそのシーンはカメラを回す事になった。
そして今流れているニュース番組では、イザベラのインタビューシーンの後に、俺を好き勝手に撫で回し満面の笑みを浮かべる沢井が映し出され、地味だった内容に華を添えるみたいな形になってしまっていた。
後にその時の沢井がとても可愛かったと巷で話題になり、番組内に沢井がペットと戯れるコーナーが作られたりするのだが、それはまた別のお話し。
そんな事より……
「ファウストずるい!」
『いやそんな事言われても、俺だって好きで出た訳じゃ……』
(それにどう有ったってお前がテレビに出る事に、イザベラが首を縦に振るわけ無いじゃないか)
「なによじぶんだけちゃっかりテレビに出ちゃって! ずるいずるい! もうファウストなんてしらない!」
すっかり臍を曲げてしまったマーリンがまともに口を利いてくれるまで、まさか三日を費やす事になってしまうとは思いもよらず。
二度とテレビなんざ出るもんか! と、固く心に誓うので有った。




