11話 仕事
「昨日の台風で土砂崩れが発生し、この先の道路が寸断されました。
幸い怪我人は今の所居ない様ですが、山頂付近にライダーが数人取り残されて居るとの事です。
ですので道路上の土砂を早急に取り除き、その人達を無事帰還させるのが今回の仕事内容です。
道幅が狭く重機が入って来られない為、始めは人力で何とかしようと試みた様ですが、時間が掛かり過ぎるとの事で私に声が掛かりました」
(成る程土砂崩れか、確かに山頂と麓を繋ぐ道路はこの一本しか無かったな。しかし台風が来てるってのに、何でバイクになんざ乗ろうと思ったのか、バイク乗りってのはアホなのか?)
「台風の速度が途中で上がり上陸が予定より遥かに早まった事、そして勢力も予想に反して大きかった事、それらが原因で帰るに帰れなくなった様です。
ライダー達の安否確認は取れおり、昨晩は道の駅に有るお土産屋さんで台風を凌いだとの事です。
好意でお店を解放してくれた御店主に感謝ですね」
俺の考えを見透かしたかの様に、イザベラが補足説明をしてくる。
確かに朝の時点では、台風の上陸は早くとも夕方以降になると天気予報で言っていた気がする。
そもそも最初は太平洋側から沖縄を掠め、日本海側に抜ける進路だった。
そのままなら関東に左程影響は無いとされていたが、突然大きく進路を変え関東直撃コースに乗ったのだ。
「おか……ししょう、私はなにをすれば」
一瞬お母様と呼びそうになり、今は修行の一環として赴いている事を思い出したマーリンは慌てて言い換える。
「マーリン、免許を持たない魔法使いのルールを暗唱して下さい」
「はい、えっと……げんそくひとまえでは魔法をつかってはならない。魔法をつかうさいはめんきょしゅとく5年いじょうのかんとく者かんしのもとでしようする。これらにいつだつしたこういがみとめられた場合、かんとくしゃのめんきょはくだつおよび、魔法しよう者の魔法しっこうけんえいきゅうはっこう停止などのばっそくがあたえられる……」
「そうですね、ですからマーリンは……見ていて下さい。見る事も立派な修行ですよ」
事実上の戦力外通告だが、今のマーリンでは足手纏いにしかならないのもまた事実。
それでもあえて連れて来たのはイザベラの言う通り、見る事でマーリンが得るものも有ると考えての事だろう。
「……はい」
しかし連れて来られたからには、何かしら手伝える事が有ると思っていたマーリンはイマイチ納得が行っていない様子。
だが自分にはまだ偉大な母親と肩を並べる程の力が備わっていない事も当然分かっているので、納得出来なくとも従う他無いと言う事も十分理解していた。
マーリンはまだまだ未熟では有るが、決して馬鹿では無いのだ。
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「着きましたね、現場周辺の安全は確認されていますが何も無いとは限りません、十分に注意するように」
そう言うと車から降りたイザベラは、現場の状況を確認する為道を塞ぐ土砂へ近づいて行く。
俺とマーリンも車から降りるが、近付く事も出来ず後ろからただ黙って見守っていた。
現場は山の斜面と崖に挟まれた一車線路で、歩道も完備されていない細い道路は土砂と、それと一緒に流れて来た樹木とで完全にで埋まっていた。
高さは五メートル程、奥行きは見えないので良く分からないが、土砂の量からかなりの範囲で埋まっていると思われた。
「この程度なら一発で終わりますね、上の物だけ綺麗に消し去れば路面へのダメージも無いでしょう」
一通り確認の終わったイザベラが事も無げに呟きいよいよ魔法を使おうとしたその時、車の中に置きっぱなしだったスマホがブルブルと震える。
「ししょーおっぱ、りゅういちさんからお電話です!」
少し出鼻をくじかれる形になったイザベラは、軽く眉間に皺を寄せ振り返る。
「状況確認でしょうか? スピーカーにして電話に出て下さい」
「はい!」
マーリンがスマホを操作し、言われた通りスピーカー状態で通話に出ると、焦った隆一の声が流れ出した。
『イザベラさん! 現場にはもう到着しましたか!?』
「ええ、検分も終わって今から土砂を退けるところよ。この程度なら直ぐに終わり……」
『今取り残それているライダー達から連絡が有ったんですが、次の日仕事だからと昨晩の内に一人だけ帰路に付いた様なんです。ですがその方とその後連絡が付かないと言っていました。
あまり考えたくはないんですがもしかしたら……』
隆一の話を聞いたイザベラからさっと血の気が引く。
つまり今の話は、そのライダーが土砂崩れに巻き込まれ、この土砂の下に埋まっている可能性が有ると言うことだ。
昨日の深夜に起こったと思われるこの土砂崩れから、既に十時間近くが経過している。
もし本当にこれの下敷きになっているとしたら、ライダーの命は絶望的だろう。
(仕事なんかの為に命懸けで帰ったってのかよ……)
馬鹿な事をと思ったが、こっちに来る前の自分がもし同じ立場になったら……
きっと同じ行動に出ていたに違い無い、あの頃は完全に会社の言いなりだったし、職場の環境や上司の言葉で『仕事を休む事は重罪』と思い込まされていたからだ。
(こっちの世界でもブラック企業ってのは存在するんだろうな、きっと……)
いや、今はそんな場違いな事を考えてる場合じゃ無い。
一体どうするつもりだ? と現場を見ると、険しい顔で土砂を睨みつけていたイザベラが意を結した様に動き出し、何を思ったか土砂で出来た山を登り始めたのだ。
「おか……ししょーあぶないです!」
マーリンが叫んでも登るのをやめないイザベラは、何度か滑り落ちそうになりながらも何とか頂上まで這い上がると、四つん這いになり地面に手を触れる。
するとイザベラの触れた部分から拳大程の土が消え去った。
土を退けた訳では無く、パッと消え去ったのだ。
消えた土が何処へ行ったのかはイザベラにしか分からないが、やろうとしている事は分かる。
この中に人が居ると仮定した上で、こうやって少しずつ土砂を削り取って行くつもりだ。
生きていると信じて、中の人を傷つけない様慎重に。
気の遠くなるような作業が永遠と続く、その間俺やマーリンに出来ることは何一つ無い。
何とも歯痒いが、俺なんかよりずっと悔しい思いをしているのはマーリンだろう。
そう思いマーリンを見れば、笑顔を絶やさない普段のマーリンからは想像もつかないほど真剣な表情で母親の、いや師匠の姿を一時も目を離すまいと見続けていた。
見ていろと言われたからか、いや違う。
マーリンも今自分が出来ることを精一杯やっているのだった。
作業を始めて三時間が経過した。
秋とは言えまだまだ暑い日が続く季節、台風一過のおかげか雲一つない空からは容赦無く陽の光が降り注ぐ。
そんな中黙々と作業を続けるイザベラにも疲労の色が見え始める、水色のツナギは汗をすって青く変色し身体にピッタリと張り付き、ほつれた髪の毛を汗が伝い地面に滴り落ちている。
既に汚れていない部分が無い程泥まみれになろうと、恐るべき集中力で作業を止める事は無かった。
その甲斐あって元あった半分程にまで削り取られた土砂だったが、山は低くなればなる程裾は広がって行き、土砂に飲まれた人も底に近い方にいる可能性が高くなる。
つまりより広範囲を、今までより更に気を使いながら掘り進めなければならないのだ。
一瞬手を休め立ち上がると、自分の足元に広がる土砂に目を落とすイザベラ、その表情には絶望の色が見え隠れしている。
しかしチラリとこちらに視線を移しマーリンの顔を見ると、ニコリと笑って見せまた作業を再開した。
「お母さま……わたしもっとつよくなる、お母さまをてだすけできるくらいつよくなる」
自分に言い聞かせる様に呟いたマーリンの目には涙が溜まっていた。
しかしそれを零すまいと必死に前を向き、ただひたすらにイザベラを見守り続けた。
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「ええ、道路は開通したわ。……うん、ライダーの姿は無し……分かったわ、ええ……」
日が沈みかける頃、全ての土砂を撤去し終えたイザベラは隆一に一報を入れていた。
結局音信不通のライダーは発見出来ず、少なくともここで土砂崩れに飲み込まれた線だけは無くなっていた。
「ふぅ……、リュウ君が上のライダー達に連絡してくれるそうよ。私たちの仕事はここまでですね」
そこまで言うと車のシートに深く腰掛け、ふぅ……と一つ溜息を漏らすイザベラ。
しかし直ぐに表情を引き締めると、助手席のマーリンに向き直り口を開く。
「マーリン、これが私の仕事です。華も派手さも無い仕事ですが、マーリンはどう思いましたか?」
そう言われたマーリンは全身泥だらけのイザベラを前に、強い意志を宿した眼差しと共に自分の気持ちを告げ始める。
「ししょー、わたしかならずししょーの力になれるくらいの魔法使いになります! べんきょうもしゅぎょうも、もっともっとがんばります!」
マーリンの言葉を聞いたイザベラは、決意に満ちた眼差しの我が子をぎゅっと抱きしめる。
「そう、分かったわ。あなたなら必ず立派な魔法使いになれます、何せ私の娘なのですから」
「お母さま……」
師弟から親娘に戻った二人は暫くの間そうしていたが、やがて山の方から近付いて来るエンジン音とヘッドライトの光りに気が付き身体を離す。
その直後数台のオートバイが反対車線を通り過ぎて行くのが見えた、多分上に取り残され帰れなくなっていたライダー達だろう。
(無事帰れて良かったな)
そんな事を思いぼんやり眺めていると、最後尾の一台が少し離れた場所で路肩にオートバイを止め、ライダーがこちらに走ってやって来るのが見える。
ライダーは車の近く、ドアの直ぐ横まで来ると何か言いたそうに立ちすくんでいた。
何事かと窓を開けイザベラが顔を覗かすと、ライダーはガバッと頭を下げ「有難う御座いました」と礼を口にした。
ヘルメットで目元しか見えず、体型も上着で隠れてしまっているが声からすると女性らしい。
「役所の人に聞きました、魔法使いの方が土砂を除けてくれたって、後友達の事も必死に探してくれたって、それで是非お礼が言いたくて……」
「いえ、良いんですよ。貴方達も大変な一日だったでしょう、道中気を付けて帰って下さいね」
「はい! 本当に有難うございました」
最後にもう一度礼を言うと、再び自分のオートバイに駆け寄り走り去っていった。
ほんの僅かなやり取りでは合ったが、ライダーからの感謝の気持ちは十分に伝わって来た。
(確かに華も派手さも無いが、イザベラはライダー達にしてみりゃ間違い無くヒーローだな)
「さあ、私達も帰ってご飯にしましょう」
「はーい!」




